依頼人の裏事情
私は男に抱えられたまま上空に居た。
男の足元はるか下には都市のようなもの。
「貴方はラノベというものを読んだことがありますか?」
「・・・一応」
「では、この状況が理解できますね?」
眼下の明らかに日本ではない城壁に囲まれた西洋風の都市。電柱や電線の類いは一切無く、道を往くのは馬車か馬。丘の上には見たことの無い城。視線をずらせば遠くの山の辺りを飛び交うドラゴンぽい何か。
口に出したくない。すごく口に出したくない!
けど・・・。
「異世界転移」
「現実認識が早くて助かります」
そりゃあ暴れたら死ぬだろうな。この高さから落ちたらミンチだ。
そして上空に浮かんだり異世界と行き来が出来るこの男の胡散臭さは爆上がりだ。
「あんたは何者だ」
「そうですねぇ。1、神。2、魔王。3、昏き闇の深淵より甦りし永遠なる光。どれがいいですか?」
3の存在感のせいで1と2が普通に聞こえる。
「正解は3番です」
「・・・・・で? 光は私にどんな支援をして何をやらせるつもりだ?」
「うわぁ冷静だねぇ。理想的。怯えも無いから僕が猫を被る必要も無いか」
砕けた口調になった男が笑う気配がした途端、また空気の匂いが変わり、石造りの部屋の中に居た。
窓の外は見渡す限り森。窓枠にガラスは無いが、硬質ではない透明な何かはある。室内の灯りは火でも電気でもない。
磨かれた石のテーブルセット。椅子には革製のクッション。そのクッションの上に私を下ろし、男は長い前髪をかき上げた。
指が通った場所から黒かった髪が金色に輝き、長さも肩辺りから身長くらいまで伸びる。
髪と同じ色の細い吊り眉の下の睫毛の濃い紫紺の垂れ目。両目とも泣きぼくろの位置にキラキラした粒が花の形に並び、通った鼻筋と引き締まった頬も完璧な造形だ。
今までどんな動画でも見た経験の無い至高の美貌ではあるけれど、溢れ出して押し寄せて来る性悪感や瞳に浮かぶ人間では有り得ない酷薄さが、真似をしようとしたら難易度をかなり上げそうだ。
「僕の真似は人間には無理だよ」
思考も読むのか。色々取り繕っても無駄になりそうだな。
「そうだね。無駄無駄」
「・・・で?」
「あぁ、支援だっけ。チート能力を授けるとかは一切無いよ。そもそもチート能力を持つ存在を僕が直接手を下さずに無力化するのが君の仕事だし。矮小な存在をどうこうするのに僕が力を行使すると世界が歪んで面倒なんだよ」
「チート能力無しでチート能力保持者を無力化しろと?」
「君の元々持ってる能力と経験が既にチートみたいなもんでしょ」
まぁ否定はしないけど。
ここがいわゆる剣と魔法の世界だったら、剣はともかく魔法のチート能力者なんか対抗できる気はしない。
「派手な魔法は無理だけど、この世界の知識階級の人間なら訓練すれば補助系の魔法は使えるのが常識だから、準備期間中に訓練して」
いきなり放り出されるわけではなく、一応準備期間はあるのか。
「そりゃねぇ。僕も女の子に無体を働きたいわけじゃないし。ちゃんと仕上がってから使うよ」
「・・・私が無力化に失敗してもあんたは手を出さないのか?」
わざとされた妙な言い回しを気にしないことにして、方針の確認をする。
「出さないねぇ。もう、あんな面倒な後始末は御免だし」
「世界が歪むと言ったが、何が起きるんだ?」
「二十年ちょっと前に、私欲のために種族を一つ滅ぼして戦禍の切っ掛けになった王子がいてね。そいつの魂を摘み出して力と記憶を奪って異世界に捨てたんだよね」
ツッコミどころが色々あるけど、とにかく嫌な予感がするぞ。
「チートみたいな能力持ってた王子を一人この世界から排除したら、この世界全体に存在する力の総量を取り戻すために、そいつほどではないけど十分迷惑なチート能力者が誕生し始めてさぁ。魂を捨てた先の異世界で王子が転生したら、魂が過密状態だったその世界でも問題が起きちゃって、責任取れとかうるさく言われるし、もう散々」
「異世界で起きた問題とは何だ?」
「えー、それ聞く? 聞いちゃう? 王子が転生した同時刻にさぁ、男女の双子が産まれるはずだったんだよね。でも魂過密だったから女の子の方が三年間魂を保管されて遅れて産まれてさぁ」
「・・・・・」
「三年間保管場所で待機してたから、その女の子の魂は産まれた時にはチートみたいな能力持ってたんだよねぇ。そのおかげで中々悲惨な人生送る羽目になって、また僕の責任問題を突かれてさ」
こいつか。
こいつのせいか。使いようによっては強大過ぎる力で誰も信用出来ず搾取され続けてきたのは!
「それに力と記憶を奪っても汚れたままだった王子の魂は転生してもロクデナシに育ったから、各方面で恨みを買うし犯罪行為を繰り返すしで、そいつの姿を真似て正体を隠している件の女の子が代わりに殺されそうになってね」
「は?」
「見過ごせないし責任取らなきゃだから、僕が直々に君を買い取りに行ったんだよ」
「って、え? 翡翠って」
「君が姿を借りたホストの翡翠は、この世界で大罪を犯した元王子だよ」
一人称私の王子系ホストだと思ったら前世王子か!
なんでよりによってそんなのの姿を借りたんだ私は。て言うか王子、種族滅ぼすとかどんな力よ。
「君には偶然の神の加護があるから、そのせいで翡翠が目に付いたんじゃない?」
テーブルに突っ伏した私の後頭部を指で突付きながらナントカの光が言う。偶然の神って何よ。
「あっちの世界の神の一柱。加護があると、あらゆる偶然が起こりやすい。結果の吉凶は本人の努力次第」
うわぁ。無い方が絶対に平和なやつだ。
「加護の力はこっちの世界でもちゃんと発揮されるから安心してね。むしろ他に同じ加護を持つ者がいない世界だから偶然無双かも?」
結果の吉凶不明で無双状態に起こる偶然。不安マシマシにしかならない。
げっそりと溜め息をつく私に、何故か光は嬉しそうに正面の席に腰を下ろして言った。
「ようやく感情を見せてくれたね。僕も一応責任は感じているんだよ。本当に。君の能力では元の世界では生きづらいだろう。二十二年間で取り返しがつかないくらい心が死んでしまわなくてよかった。後始末に手間取り保護が遅れて苦しい思いをさせたけど、これからは僕の保護の下で、この世界に君の居場所を作って欲しい。君の居場所。それが任務完遂時の君への報酬だ」
本当に、何でもお見通しなんだな。
気まずく視線を逸らした私に、光は威圧も酷薄さも消して微笑んでいた。




