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終わらない冬遠い春

 柔らかい日差しを浴びて、庭の桜がわずかに輝いているようにも見える日。もう数日もこんな暖かい日が続けば、近いうちに桜も咲くだろう。

 

 縁側では灯毬が連れてきた三匹の狐のうち、一匹が丸まっている。白の毛並みも艶やかなこの狐は、白葉という名だった。

 愛用している刀の手入れをする、波紋模様の洋装姿の夕詩。その隣で日向ぼっこをしているからかもふもふとした背中を上下させて、穏やかに眠っているらしい。

 

 その白い耳の片方がぴるんと動いたのと同時に、呼び鈴の音がした。

 来客には、手が空いている者が出る取り決めになっている。傍らに刀を置き、夕詩は正門へと向かって往く。

 

 門で待っていたのは、一分一秒も惜しいとばかりに落ち着きのない様子の男性だった。辺りを見回し、門の向こうから『立春』を覗こうとし、看板を確認する。

 あまり寄合に依頼をしない類いの人間だ。それも妖退治とあっては、他よりさらに敷居が高くなる。

 

「何かご用ですか」

 

 夕詩はかつて最大手の寄合『八百万』に所属していた。身寄りのなかった夕詩を育て、雇ったそこで客に対する敬語をみっちりと仕込まれているのだ。普段の態度からは考えにくいが、より人数の少ない『立春』では客と接する機会が増えるため、随分上達した。

 

「あ、ああ」

「では、中へどうぞ」

「いや、結構だ。依頼をしたいんだが、構わないか?」

「少々お待ち下さい」

 

 依頼を請けるのならば、管理人との話し合いが必須だ。夕詩の独断で話をつける訳にはいかない。

 

「悪いが待っている暇などない。道すがら話させてくれ」

「それは……、どちらにしろ管理人の判断が必要ですから」

 

 そうして夕詩が呼んだ春雪は、あっさりと「では依頼を請けよう」と言った。

 

 これといって特徴のない、山が囲む道を往く。両端の木が上の風景を遮り、薄曇りの空はほとんど見えない。

 

 新人研修を兼ねるため、『立春』は全員が出払うこととなったが珍しくはない。妖退治は複数で行うのが定石である上、所属する者も少ない『立春』ではこのようなことが頻繁にあるのだった。

 特に今回は灯毬の初陣であるため、万が一の可能性も考慮しての判断だ。お陰で大所帯となった一同は、そこで改めて依頼の内容を聞いた。

 

「うちの村に、春が来ない。単純に雪深いという訳ではない。特に村を囲むように、外側は吹雪で閉ざされている。何とか通り抜け、あなた方に依頼をしに来た次第だ」

「貴殿らは、それが妖の仕業だと?」

「その通りだ。他にうちの村ばかりが不自然に雪に閉ざされている理由など、考え難い」

「成る程。では依頼の内容は原因の調査と、もし原因が妖であれば退治をする、ということで良いのだろうか」

「ああ。話が早くて助かる」

 

 依頼人の話が端的であったため、依頼内容の確認は手早く済んだ。事前にある程度話を纏めてきたのだろう。春雪の後ろで、夕詩は考え込む。

 今他に気にかけるべきことは、この件での灯毬たちの行動だ。今後、組んで仕事をこなす可能性も少なくない。

 その時の戦い方を知るため、夕詩は歩く速度を落とし咲羅と灯毬の近くへ移動する。仲間との連携には、まず仲間を知ることが必須だ。

 

 気さくな咲羅は、早速灯毬とも打ち解けているらしい。話が弾んでいる。たまに巻き込まれる琥珀が、少しだけ迷惑そうに一言二言返していた。

 

「夕詩、どうしたの? あ、もしかして灯毬ちゃんの戦い方知りたいのね?」

「まあな」

「だってさ。灯毬ちゃん、教えてよ。わたしも知りたい」

「言葉でだと、難しい。一緒に戦えば、わかると思う」

 

 人に好意的に接するのが不得意な夕詩には、間に咲羅が入るくらいが丁度良い。

 そんな夕詩の肩に、何か柔らかいものが飛び乗った。灯毬の連れている黒い狐だ。

 

「よう、お前夕詩って言ったよな。おれは黒莉、武器は刀なんだぜ」

「あんたが? 狐なのに、使えんのか?」

「戦闘の時は、灯毬に憑くからな。使えるぜ。同じ武器使う仲間なんだ、仲良くしようぜ!」

 

 気分が高揚してか、黒莉のしっぽがぼふぼふと夕詩の背を叩く。それを見た咲羅が楽しげに笑った。

 どこか困ったような表情の夕詩に、可愛らしい狐の黒莉という組み合わせが似合わないのだろう。意外なことに、振り向いた琥珀までもが一瞬だが笑みを浮かべた。

 

 最初は日陰にだけ残っていた雪が、冬のように道に積もっている。徐々に風も強くなり、村に近付くごとに視界が悪くなっていく。

 

「ふむ、結界のつもりのようだな。対象は人ではないようだが、確かにここを越えるのは厄介だ」

「抵抗を感じますね。対妖らしいですよ。僕ならば、通過出来ないこともないでしょうが」

 

 どうやら吹雪の結界は、ある程度力の弱い妖に対するものらしい。故に琥珀のように力を持つモノならば、突破することも出来るだろう。しかし吹雪であれば、人でも通過が難しい。

 

「少々手荒だが、破るか。ここは咲羅が適任であろうな」

「うん、春雪さん。任せて。……東風桜こちざくら!」

 

 咲羅の手の動きに従い、風向きが変わる。吹き荒れていた雪が薄紅色の花になり、冷たさは春の気配を孕む。咲羅の術が結界を書き換え、冬の吹雪は春を告げる風になったのだ。

 風が止むと、辺りの雪はすっかり消え去っている。さながら春一番が吹いた後のようだった。

 

「噂に違わず見事な手腕だな。吹雪さえ抜けてしまえば、村はすぐそこだ」

 

 依頼人――話の中、時藤ときふじと名乗った――が言った通り、それからさほど経たないうちに村に着いた。

 立ち並ぶ民家の数は多くない。田や畑があり、空き家らしきものもあるため、さらにさびれて見える村だった。

 

「みんな、おいで。狐憑きは怖がられるから」

 

 灯毬が狐たちを呼ぶと、その姿は彼女の中へ消えた。調節が出来るのか耳と尾は出ていない。

 琥珀もまた、縦長の瞳孔かつ黄金色という異質な瞳を隠すため、書生服に合わせたいつもの学生帽を目深に被る。

 

 入口では数人の村人が、好奇心半分警戒半分といった様子で『立春』の面々を窺っていた。

 

「此方の方々は、最近の件のため原因究明に来て下さった妖退治屋だ。迎え入れる準備をしておいてくれ」

 

 他の村人に指示が出来ることからして、時藤はこの村でかなりの立場の者らしい。指示を受けて動いた者たち以外が、時藤の存在にわずかながら警戒を解いて近寄って来た。

 

「こんなに若い人や子供が、妖退治屋だと?」

「女の子まで連れて、本当に大丈夫なのか?」

「私達の寄合はまだ発足したばかりだが、期待には応えよう。連れも見かけによらず腕利きだ」

 

 二十代半ばながら、落ち着いた雰囲気を持つ春雪の言葉には説得力があった。整った顔立ちで頼もしげな表情を浮かべれば、特に女性から黄色い声が上がった。

 

「先日近隣の集落で、鬼が現れたとの騒ぎもあっただろう。これを退けたのが彼らだ。皆も、その評判は聞き及んでいるはずだ」

 

 時藤の後押しに残る村人たちも警戒を解きかけた途端、一陣の強い風が吹いた。

 押さえようとした手をすり抜けて、琥珀の帽子が飛んでいく。あらわになった、その瞳を見た者たちの動きが凍りついた。一瞬の沈黙の後、悲鳴が上がる。

 

「そ、そいつの目!」

「まさか、妖……!?」

 

 単に珍しい色味というだけでなく、琥珀の瞳はあまりにも異質だ。猫のような縦長の瞳孔に、黄金色は満月の如くわずかだが確かに輝いている。

 慣れきったことなのだろう。目を伏せた琥珀は、何の感情の色も見せない無表情だ。そんな琥珀を庇うように、咲羅が前に出た。

 

「琥珀は、確かに方相氏という妖です。でもけして、悪しきモノではありません! かつての節分で、鬼退治の役目を担っていた存在なんです!」

 

 咲羅の言葉にも警戒は解けきらなかったが、流石に可愛らしい少女に必死に説得されれば、武器を持ち出すようなことはなかった。だが、申し訳なさそうに時藤が告げる。

 

「すまないな。例え頭では理解しても、そう簡単に妖を受け入れることなど出来ないのだろう。彼にはあまり人目につかないようにして貰えるか」

「でも、琥珀は大事な仲間で……っ!」

「咲羅」

 

 宥めるように春雪に名を呼ばれ、咲羅は続く言葉を飲み込む。反論できない悔しさが、握りしめられた手に滲んでいる。

 帽子を探してきたらしい灯毬が琥珀に渡すと、耐えかねたように咲羅は彼に抱きついた。

 いくら勝ち気な性格でも、咲羅は元箱入りのお嬢様だ。悪意や敵意といった感情を向けられるのには慣れていない。

 

「これが普通の反応です。今更何とも思いませんよ。……ほら、離して下さい」

「…………」

「咲羅」

 

 帽子を被り直した琥珀が、夕詩の方に目を向ける。しかしそこで助けを求められても、どうすれば良いかなど夕詩にもわからない。

 

「ガキみてえなことしてないで、とっとと調査に往くぞ。咲羅」

「そういうふうに言わなくてもいいじゃない、夕詩の意地悪」

 

 夕詩が挑発すれば、咲羅はいつも反射的に言い返す。そのことで、感情が上書きされてしまえば良い。

 顔を上げた咲羅は桜色の瞳に滲んだ涙を拭い、夕詩の後に続く。

 

「……ありがとう、夕詩」

 

 春の風に乗って、小さな言葉だけが夕詩の元へ届いたのであった。

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