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FC武田  作者: 松度 幸枝
3/30

葬式

居酒屋の個室、一同が集まっているところに、しげが手を上げて入っていく

キンが気付いて、声をかける

キン 「おせーぞー。」

続いて

武田 「オー来た、来た。」

アツシ「あ、お疲れ様でーす。」


しげ、軽く頭を下げながら

しげ 「いやー、すまん、すまん。」


しげ、そう言いながら、椅子に座る

それから、瞑想するように目を瞑り、深い溜息をつく

しげ 「あー…。」


キン、大体の事態を察して

キン 「遅れたのは、またスロットかよ。」


しげ、虚ろな視線を皆に向けて

しげ 「隣がね…。」


武田、怪訝な顔で

武田 「隣?」


しげ、声のない笑いを立てて

しげ 「最初に座った台で、2千円でBigを当てたの。」

   「けど、上乗せなしで、すぐ終わったんだわ。」


アツシ、実感を込めて

アツシ「最近のは、上乗せがないとキツイですよね…。」


しげ、声を出さず、「ねぇ」と言う

しげ 「まあ、それはよくあるとこだし。まあ、いいかって思ってたの。」

   「んで、Big終了後、200回転までは回そうって決めてたん。」


アツシ、うんうんと頷き

アツシ「意外と、終了後、すぐに来ることありますからねぇ。」


しげ、目を泳がせて

しげ 「150回転くらいまで回しても、強チェリーも来ないし…。スイカも弱スイカしか来ないし…。」


キン、よく分からず

キン 「強チェリー? 弱スイカ?」


しげ、手を振りながら

しげ 「いや、気にするな。とにかく当たる気配が、全然なかったってことね。」

   「そんな時、フッと隣の台を見るとさ、なんか当たりそうな感じがして…。」


武田、話の全容が分かってきて

武田 「それで、隣に移ったわけ?」


しげ、無言で頷く


武田、言葉を続ける

武田 「それで、元々自分が打ってた台が、その後大爆発とか?」


しげ、両手で顔を覆って

しげ 「その通りです。」

   「一気に3箱も…。」


キン、憐れむように

キン 「で? 何回転目で、次の奴は当たりを引いたの?」


しげ、ポツリと

しげ 「…196回転目。」


キン、武田、アツシ、爆笑して

3人 「ばーか!」



キン、何事もなかったかのように、話をすすめる

キン 「では、本日の、FC武田の定例会を始めます。」


武田、話を遮るように

武田 「だから!」


キン、武田を完全に無視して

キン 「では、本日の議題ですが…。」

   「『武田教のお葬式』を考えてみたいと思います。」


アツシ、ん~っと考えながら

アツシ「お葬式ですか…。」

   「一から儀式のやり方を考えていくとなると、大変ですね。」


キン、片ひじをつき、その手に顎を乗せて

キン 「そうなんだよ。」

   「だから、それをみんなで考えていこうと思ってね。」


しげ、武田の方を向いて

しげ 「やっぱさ、焼香とかなんやらって、何らかの意味があってやってるんだよね?」


武田、腕を組んで、重々しく頷く

武田 「それは、当然。」

しばらく無言のあと

「…俺は、よく知らんが…。」


キン、しげ、アツシ、大声で

3人 「知らんのかい!」


アツシ、眉をよせて

アツシ「しかし、独自の葬儀方法を編み出して、うちの信者が葬儀を取り仕切る…。」

   「そういうのを、近所の人達が見たら、いかにも新興宗教ですって宣伝してる感じになりませんかね?」


キン、口元に手を当てて

キン 「あ~それはマズイな~…。」

   「公安にでも目を付けられたら、終わりだしな。」


武田、半眼になって

武田 「公安って…。どれだけ怪しいものを創ろうと…。」


しげ、口元に人差し指をあてて、少し考えたあとで

しげ 「あのね、うちの亡くなったじーちゃんの事なんだが…。」


しげに全員の視線が集まる

しげ、それを見ながら

しげ 「どこの家庭にも、マイルールってあるよね。」


小首を傾げる3人

3人 「はあ…。」


かまわずに、しげ、話を続ける

しげ 「んで、うちのじーちゃん家のルールの1つに…。」

「必ず、朝はトーストとコーヒーってのがあったの。」


武田、ホオと口を動かして

武田 「えらく、ハイカラな人だったんだな。」


しげ、頷きながら

しげ 「まあ、朝食だけは…。」


キン、面白そうに

キン 「朝食だけ?」


また、しげ、頷きながら

しげ 「俺ら孫には、それはそれは、優しいじーちゃんだったんだがな。」

   「うちのかーちゃんとか、息子である叔父さんとかには、厳しくて…。」

   「完全な、昭和の頑固オヤジ…波平さんか一徹さんみたいだったって。」


キン、思わず吹き出す

キン 「波平さんが、ちゃぶ台でトーストを食べるのか。」


しげ、苦笑いで

しげ 「そうだよ…。」

   「春になったら、母親たちは、ポーンと外に放り出されて…。」

   「野山を駆け巡って、オヤジのために木苺を摘んでこさせられたらしい。」

   「んで、ばーちゃんが、それを煮込んでジャムを作るの。」


武田、空を見つめて

武田 「どこの国の家庭だよ…。」


しげ、武田の方を向いて、手をひらひらさせて

しげ 「いや~…これには続きがあってね。」

   「厳しいオヤジに対する反発心か、もしくは、日本人としてのアイデンティティーに目覚めたのか…。」

   「叔父さんの家庭は、朝食、必ずご飯と味噌汁派になっちゃった。」


アツシ、ニヤっと笑って

アツシ「それ、絶対、反動ですね。」


しげ、アツシに向かって『ねぇ』と相図打ちしたあと、皆を見回して

しげ 「まあ、とにかく、そんなじーちゃんも90を越えた頃、身体悪くして、介護施設に入ったのよ。」


武田、テーブルの上で手を組んで、少し小首を傾げながら

武田 「どこを悪くしたんだ?」


しげ、ジョッキのビールを一口飲んで

しげ 「腰をね、圧迫骨折したんだわ。」


アツシ、口を一文字にして

アツシ「その歳だと、もう医者が治療するの、怖がりますからねぇ。」


しげ、人差し指を立てて

しげ 「そう、それよ。だから、車椅子の乗り降りくらいはできるけど、ほぼ寝たきりになってさ。」

   「ばーちゃんもいい歳だし、完全に老老介護よ。」


キン、腕組みしながら

キン 「介護って、結構大変らしいしなぁ。」

   「んで、どんなタイプの施設だったの?」


しげ、ビールの残りを飲み干しながら

しげ 「そこはね、プライベートは個室で過ごし、食事は皆が集まって広間でするってスタイルだったのよ。」

   「まあ、毎日、個室にはばーちゃんが見舞いに行ってたし…、生活の面では、そこまで苦労なかったみたい。」


アツシ、しげと目を合わせて

アツシ「生活面では…って限定するからには、その他で不満があったってことですよね?」


しげ、片ひじをつき、その上に顎を乗せて

しげ 「やっぱ、食事がね…。」


アツシ、『あっ』と声をあげて

アツシ「皆で食べるということは…。」


しげ、頭を乗せたまま、アツシの方を向き

しげ 「そう、基本的に、みんな同じものを食べるわけ。」

   「老人達の集まりだから…朝食はパンって感じでもないし…。」

   「それに、嚥下食っていうのかな?」


アツシ、包丁で刻む真似をする

アツシ「あの細かーく刻んであるやつですか?」


しげ、小さく頷いて

しげ 「そう、それ。」

   「しかも、それにトロミまでかけてるの。」


しげ以外の3人、全員が腕組みをして


キン 「それは不味そうな…いや、美味しくはなさそうな…。」


しげ、スプーンを口にもっていく素振りで

しげ 「毎日、つまらなさそうに食べてたよ。」


一同、お互いに目を見合わせる


しげ、体勢を上げ、両手を腰に当てて

しげ 「まあ、俺は、そんなじーちゃんの最晩年を見てきたわけよ。」

   「だからね…。」


タメを作ったしげに、皆が注目する


しげ、得意げに

しげ 「だから、俺は、じーちゃんの葬式ん時、お棺の中に食パンを入れたんだわ。」


しげ以外の3人の目が点になったあと、武田、苦笑して

武田 「周りには、じーちゃんに宛てた手紙とかが入ってただろ?」


しげ、事も無げに

しげ 「入ってたよ。」


キン、頭の上で手を組んで

キン 「じーちゃんとの最後の別れ、思いを込めた手紙の横に、食パンが並ぶ。」

   「ある意味、シュールだな。」


しげ、心外なと言いたげに

しげ 「いやいや、じーちゃんの事をよく知ってるイトコ達…つまり孫の世代までには、概ね、好評だったよ。」

   「『焼き場で焼かれたら、こんがり焼けて、いい感じになるやろ』って泣き笑いしてたし。」


しげ、少し間を空けて

しげ 「ま、曾孫たちには『???』だったけどさ。」


しげ、身を少し乗りだし

しげ 「とにかく、葬式ってのは、様式とか関係なく、その人らしい見送り方をしてあげればいいんじゃない。」

   「だから、FC武田でも、決まったものを定めることはないと思うよ。」


キン、組んでいた手をパッと解いて、驚いたように

キン 「おぉ、話が武田教に戻ったよ。」


武田、考えている人のポーズになり

武田 「やっぱ、そこに、話が戻るか~…。」


アツシ、少し天を仰いでから

アツシ「ん~…では、こうしときますか。」

   「武田教では、決まった形式は取らない。各個人、その家の伝統でやって良い。ただし、武田教に入信している者は、そのことを胸に、故人らしい見送り方を考えねばならない。」


キンが、ハンドベルを取り出し鳴らそうとするが、その瞬間、店員が入ってきて、

店員 「ラストオーダーの時間ですが、何かご注文ありますか~?」


キン、恥ずかしそうにハンドベルを隠す


武田、キンの方を向いて呟く

武田 「あ、やっぱ、恥ずかしいんだ。」


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