最終章~ビッグブルー
空って―――
こんなに広くて――――
こんなに、綺麗で――――
青かったんだな・・・。
芝生に寝っ転がり、ボーッと俺はそんなあたりまえなことを、しみじみと実感していた。
目の前に広がる空の美しさに、なんだか澱のように心の水底に厚くこびりついていた卑屈な気持ちが、息をするたびに浄化され澄んでいくような感じがした。
考えてみたら、ここずっと。
綾乃ちゃんに失恋してから、俯いてばっかだった。
空なんか見て綺麗だなんて思いもしなかった。
人間の心って不思議だ。
ささくれだった時は、視界さえもささくれだって綺麗なものだって目にも心にも入らない。
「失恋に効く薬は、次の新しい恋だっ!」
ふいに、タローの声が頭の中で響いた。
新しい・・・恋なのだろうか。
確かにミオの事は、イイと思っている。
いや・・・素直に、目茶目茶イイと思っている。
毎日会えることが嬉しくてたまらない。
顔の可愛さはもちろんだけど、ただ顔が可愛いだけでは俺はイイとは思わない。
自分本位だったり、人を思いやれないようなヤツは無理だ。
ミオは優しいし、思いやりもある。
それに、ミオと話していても緊張しないし、素の自分でいられる。
なによりも、楽しいし・・・。
トラウマのことだって、俺が守ってやりたいって思う。
綾乃ちゃんに対しても可愛いくて思いやりがあって・・・とは思っていたけど。
やっぱ、年上で教えてもらう事が多かったから、綾乃ちゃんには守ってやりたいって気持ちよりも、早く追いついて綾乃ちゃんにつりあう男になりたいって気持ちが強くて。
丈治さんを見るたびに、全然かなわねぇって落ち込んだりした。
それでも、綾乃ちゃんのことすげぇ好きだったんだけど・・・。
「トモ君、鼻血止まった?ハンカチ濡らしてきたから、顔拭いてあげるよ。あ・・・鼻に詰めたティッシュ、このティッシュで包んでいいよ。一回出したら?」
空を見上げていた俺の視界に、そう言いながらミオが映り込んだ。
俺を見つめるその目には、ただ心配な色が浮かんでいて。
告白されている途中で、鼻血ブーになった俺をダセェなんてこれっぽちも思っていないことが分かった。
外見ではなくて、内面を見てくれるミオ・・・。
俺はミオが言う通り素直にティッシュを受け取り、見えないように鼻に詰めたティッシュを抜いてサッと丸めた。
汚れるから、と遠慮する俺にミオは洗えば平気だからと濡らしたハンカチで俺の鼻の周りをそっと拭いてくれた。
「ん・・・綺麗になったよ。」
チラリと見れば、ミオのハンカチは酸化した色の血液がついていた。
だけど、何でもないようににっこりと笑うミオ。
そんなミオを、俺はたまらなく好きだと思った。
「ありがとな。」
だけど、すぐに好きだと脈絡もなく言えるほど俺は度胸もなくて、とりあえず礼をいったのだけど。
笑顔だったミオの鼻が、急に膨らんだ。
「お礼よりも、さっきの私の一世一代の告白に答えてほしいんだけど!!」
詰め寄るミオに、俺は素直に自分の気持ちを伝えることにした。
ミオがさっき言っていたのは・・・ずっと見ていたのは、じいちゃんばあちゃんに優しくしていた、良い面だけの俺で―――
実際はそんなヒーローじゃない。
もっと、ヘタレで、不様で、情けない男だ。
だけど、こんな格好悪い俺を貶すことなく心配して優しくしてくれるミオだから、本当の俺をもっと知ってもらって受け入れてもらいたいって思った。
それは、綾乃ちゃんにつりあいたいって思って、背伸びをしていた俺ではなく。
まんまの俺だ。
だから―――
「俺さ・・・1ヶ月前に、大失恋したんだ。しかも、初恋。」
もしかしたら恋の達人のタローならば、こんな状況でこんなカミングアウトは最悪だ、と言うかもしれない。
でも、あの失恋があるからこそ、今の俺があるわけで。
だから、正直に言った。
そんな俺の言葉にミオは少し眉をひそめたけれど、すぐにうんうんと小さく頷いた。
「そっかー・・・ここ最近、物凄く元気がないっていうか・・・覇気がないって思ってたけど、失恋だったんだ・・・・そっか・・・初恋かぁ・・・・そっかぁ・・・・。」
納得したようにミオが話し出したが、その声が段々と小さくなる。
俺はそんなミオに慌てて口を開いた。
「『失恋に効く薬は、次の新しい恋』!!」
空に向かって、俺は大きな声を出した。
「え?」
突然の俺の大きな声に、ミオがキョトンとした顔で俺を見た。
俺は、ムクリと起き上がって、ミオに正面から向き合った。
「って、さっき話にでたタローがさ、そいつが落ち込んでる俺にそう言ったんだよ・・・だけど、失恋してすぐに恋なんかできるわけない・・・いや、俺もう一生他の人好きになれないって思ったんだけど・・・なんか・・・ミオと会ってから・・・まだ会ったばっかなのによ・・・もう失恋したことが遥か彼方に飛んでいっちまったような・・・ミオといたら楽しくて・・・何でこんな楽しいんだろうって思ってたら・・・タローが言ってたとおりだなって思えてきて・・・。」
「え・・・それって・・・。」
ミオが目を見開いて、俺の顔を覗き込んできた。
あまりに近くて、ドキンドキンと心臓が口から飛び出しそうだ。
いや、これから言おうとしているからか・・・。
だけど、やっぱ俺はヘタレで・・・。
子どもの頃から嫌と言うほど偏見で見られ誤解されてきたことが不意に思い出され、ミオに迷惑をかけてしまうんじゃないかと、心にブレーキがかかる。
それに、こうやって話をするのもまだそんなに日がたっていない・・・もう少し時間をかけたほうがいいのかもしれない。
口を開きかけて、一度閉じ・・・そして俺は少し考えながらミオに向かって話し出した。
「ミオ、俺が帰り送るようになっていろんなヤツにそれ見られてるけど、嫌なこと言われてないか?俺と一緒にいることで、ミオまで誤解されてないか?」
一番心配なことが、思わず口をついて出た。
だけど、俺の心配をよそに、ミオがキツイ口調でそれを否定した。
「そんなこと、ない!例えこれからあったとしても人が何て言おうと、私はトモ君と一緒にいたいの!」
「いや・・・だけど、誤解されるって、キツイぞ?」
「もっとキツイ思い、トラウマでしてるよ、私!だけど、そのトラウマ、癒せるのはトモ君だけなんだよ?」
「え?」
確かに、サチさんから聞いたミオのトラウマは、ミオにとっては壮絶なほどキツイものに違いない。
だけど、それが俺で癒せるって・・・どういう事だ?
怪訝な顔でミオを見た俺に、ミオはふふっと笑った。
「私ね・・・カウンセリングを受けているときにね・・・というより、カウンセリング受けるためにクリニックに行って部屋で待っているときに、ヒーリング効果を狙ってなのか、ずっとクラシック音楽とモニターに海の影像が流れていてね・・・海っていうか、ビッグブルーの影像なんだけど。」
「ビッグブルー?」
「そう、シロナガスクジラの別称。シロナガスクジラって長いじゃない?その映像の題名も『ビッグブルー』だったし、ついそう呼んじゃうんだけど。で、私何故かそのビッグブルーに影像越しなんだけど、魅せられちゃって・・・急角度で水面から飛び出して着水する『ブリーチング』も好きだし、海面から大きな尻尾を出したり、豪快に泳ぐ姿も、お腹が白くて綺麗なところも・・・もうたまらなく見ていて気持ちが良くて・・・ビクビクしてた気持ちが、そのビッグブルーの影像を見るうちに、開放されていくような気持ちになって。早速『ビッグブルー』のそのDVDを探して買って、家でも見るようになって・・・それで急激に症状がよくなったっていうか。で、色々あって、こっちの高校に入学して、駅でトモ君見つけて・・・あ、『ビッグブルー』だ!って思ったの。」
「・・・・・。」
普段からデカイと言われているが、クジラと言われたことは初めてだ。
固まったまま黙っている俺を気にすることもなく、ミオは話しを続けた。
「トモ君を見る度・・・トモ君の優しいところを見る度に、映像見るようになんだか気持ちが解放されたし・・・さりげない、駅でのトモ君の行動がビッグブルーが海で泳ぐ姿のように気持ちがよくて・・・で、この間あのチャラキモ男に絡まれた時に助けてもらって、手をつないでもらったら、震えが止まって・・・やっぱり、トモ君は私の『ビッグブルー』だって思ったの。だから―――-」
RRRRRR―――
ヘタレな俺は、突然鳴った着信音に助けられた。
設定変更をしていない、着信音は俺のもので。
本当に助かった!
一気に自分の気持ちをまくし立てるミオに言葉を挟めず、だけどミオに押される形ではなく、きちんと自分から気持ちを伝えたかった俺としては、ミオが言葉を止めたところで今度は俺が一気にまくし立てた。
「俺の事、ちゃんと見てくれてすげぇ嬉しい。俺も、ミオが好きだ。俺が、ミオを守る。ミオ、つきあってくれ。」
「・・・・はいっ!!」
ミオが嬉しそうに、頷いた。
その笑顔が滅茶苦茶可愛い。
たまらなくなって、頭を撫でようと手を伸ばしかけたのだけど、鳴りやまない着信音をミオが気にして出てと言ったので、ポケットからスマホを取り出した。
「タローだ。悪い、ちょっと電話でるな?」
ミオにことわって、スマホをタップした。
「はい、もしも---『トモリンーーー!!きいてくれよぉぉぉ!!!』
話し出した途端、タローの悲痛な叫び声で、俺は思わず側面のボタンで通話音量を最小にした。
タローの声はもともとデカい。
しかも、嫌なことがあったのか、きっと声を抑えるという気遣いもしないでこのまま話し続けるだろうから。
「・・・一体、どうしたんだ?」
せっかく、ミオと思いが通じ合った直後の最高の状況なのに、タローの叫び声は嬉しくない。
早々に切ろうと腹を決めて、スマホを握りなおした。
その途端。
『どうも、こうもないよっ。兄ちゃんが結婚する杏理さんの従妹の由美ちゃんが、滅茶苦茶可愛くてさっ、お、俺っ一目ぼれしたんだけどっ・・・俺の事、タイプじゃないって、バッサリ・・・あっちこっち遊びに行って散々振り回した挙句に、ソレ言うんだぞっ!?こ、こっちはいい感じだから最終日の今日、告ったのに・・・俺の心をもてあそんだんだぁあぁぁぁぁぁ~・・・・』
「タロー・・・大丈夫か?」
『だ、大丈夫なわけないだろっ・・・・・・・っても、お前も大失恋したんだもんなぁ・・・俺の気持わかるよなぁ。』
「・・・・・・・・タロー・・・あのな――『ああっ、いいっ!悪い・・・お前まだ綾乃ちゃんの事思ってるのに、俺思い出させるようなこと言っちゃって。お前だってつらいよな?・・・そうだ、俺ら2人そろって失恋だもんなぁ・・・当分女はいいよな?俺、お前が失恋してくれててよかった。日本戻っても、失恋したの俺だけじゃないもんな?なんか、早くお前に会いたいぞーーー!会って、ちょっと格好悪いけど、2人で失恋パーティーでもしようぜ!よし、元気になった!トモリンにお土産買ってあるからなー!明後日、そっちに帰ったら電話するから、楽しみにしておけよっ。あー、トモリンに早く会いてぇ~・・・じゃあな、明後日な~』
「・・・・・・・・・。」
気が付くと、通話は終わっていた。
マズい。
非情に、マズいかもしれない。
タロー、俺に彼女ができたって知ったら、拗ねるだろうな・・・。
カシャッ---
タローにミオとのことをどう伝えるべきかと、切れたスマホを握りしめながら考えていたら、シャッター音が聞こえてきた。
その音にミオを見ると、満面の笑みを浮かべながらスマホを覗き込んでいた。
「何だ?」
「ごめん、トモ君をスマホの待ち受け画面にしていい?」
「待ち受けって・・・。」
恥ずかしいし、しかもこんな目つきの悪い顔を待ち受けにしてどうすんだと思ったが、あまりにも設定し直しているミオの笑顔が可愛くて、ダメだとは言えず黙り込んだ。
もしかしたら、ミオはホラーとかオカルト系・・・バイオレンス系の映画が好きなのだろうか。
それなら何となくうなずける。
そう思い、そのまま尋ねたが・・・思いっきりミオに噴き出された。
「ホ、ホラー!?・・・オカルトッ!?・・・アハハ、何でそんな発想になるの!?・・・あ、さっき鼻血出したから?スプラッタとか?・・・・アハハ・・・ッ・・・。」
「・・・・・・・・。」
鼻血は言っていない。
しかも、バイオレンス系についての否定はないし。
ツボにはまったのか、まだ笑っているし・・・。
ミオの笑顔は可愛いが、なんだかだんだんムカついてきた。
だから、聞いてやった。
少し口を尖らせながら。
「じゃあ、前の待ち受け画像は何だったんだ?」
俺の質問に、何故かミオが一瞬真顔になった。
それから、さっきまでの笑い顔とは違う種類の、嬉しそうな顔を俺に向けた。
それが、あまりにも綺麗で・・・俺は一瞬にして今までのムカつきも忘れ、ミオに微笑み返していた。
そして。
もっともっと、もっと、嬉しそうにミオが笑って答えた。
「ビッグブルー。」
【完】
「ビッグブルー」これにて完成です
ここまで読んでくださりありがとうございました<(_ _)>
旭谷友則君は、『ロイヤルブルー』を書いている時に、偶然生まれたキャラです。
タロー君とセットで(笑)
思いついた途端、2人のかなり個性的なビジュアルが脳内に浮かび、絶対にこの2人のラブストーリーは無理だろうな・・・とも思っていたのですが
綾乃ちゃんに失恋した友則君があまりにも不憫で・・・チョイとワケアリなミオちゃんを登場させました
しかも今度はミオちゃんが友則君を好き!という、男子からしたらウハウハな展開で・・・
友則君って、今回はヘタレでしたが、きっと良い旦那さんになると思うんですよね
気は優しくて力持ち・・・しかも、純情で真面目
ちょっと強面ですが、そこは個人のタイプなので・・・
将来絶対にイイ旦那さんになるぞ、という高校生を描いてみたくなり・・・純情男子高校生を描いてみたくなり・・・このお話が完成したわけです
ここまで、お付き合いくださりありがとうございました
次は「スカイブルー2」を投稿したいと思っています