9.第二都市ファイアーフロートへ①
アルビィナの中央広場に来たあたしは、ま
ず馬車乗り場を探した。少し見渡すと街道と
面した場所に、それらしきところがある。
そこでは何人かが馬車待ちをしているのだ
ろうと思われる列を作っていた。
「ここって馬車待ち?」
あたしはその列の一番後ろに並んでいた、
同年代の少女に声をかけた。
振り返ったその顔を見て、あたしは絶対に
かけてはいけない人物に声をかけてしまった
ことを知った。
「ええ、そうよ……、あら?あなたは確か昨日の…」
「え、リ、リュゼ?なんで?」
そう、あたしに尾行を付け、今回の騒動の
きっかけを作った魔法少女。とはいってもま
だ疑惑の段階ではあるが。今日は私服なのだ
ろう、後ろ姿では全くわからなかった。
「わたしはジェニー様が出陣される無血戦争を観戦しに、バロッツァ闘技場に向かう所だけど?」
そうだ。たしかに酒場のマスターがそんな
事を言っていた。リュゼも参加するものとば
かり思っていたが、どうやら違うようだ。
「あなたは出ないの?」
「べ、別にわたしが今回の無血戦争の、出陣メンバー5人に選ばれなかったわけじゃないから勘違いしないでね」
リュゼは眉をひそませ口を尖らせた。
か、かわいい。さすがは大手の魔法少女事務局
の魔法少女だけはある。
表情一発の破壊力は、なかなかのものを持
っていた。
「じゃあなぜ?」
メンバーに選ばれなかったわけではないの
に、参加しない理由は何なのか。あたしは気
になって尋ねた。
「あら残念、馬車が来てしまったわ。まあ簡単に言うと、ジェニー様はお一人で出陣されるからメンバーが必要ないのよ」
あたしは部屋にこもって研究三昧だったか
ら、無血戦争の事はよく知らない。だが彼女
の話からすると、魔法少女5人で一つのチー
ムを作って戦うようだ。それをジェニーは1
人で戦うらしい。
もっと詳しく聞きたかったが、馬車が来て
しまった。まあ、この話はマリーネからでも
聞くことは出来るだろう。
「じゃ、お先に失礼。………シュタイン家のルナ。速馬車って便利よね、科学者さん。あ、そうそう、マリーネに会ったら伝えておいて。魔法少女を引退したならあたしのマネージャーにしてあげるからって」
「な⁈やっぱり分かってたのね!ちょっと、マリーネが引退ってどういう事よ!」
速馬車に乗ったリュゼの姿は、その時には
すでに豆粒ほどになっており、あたしの叫び
は虚しくアルビィナ中央広場に響き渡った。
あたしは頭が真っ白になり、ぼーっと馬車
を待っていた。色々な事が頭の中を駆け巡り
始める。科学者と魔法少女が仲良くするのが
そんなに悪いこと⁈
いや、そんなはずはない。たしかに学院な
らばイジメの対象にはなるかもしれないが、
せいぜいその程度だろう。魔法少女は十代が
就ける中では上級職だ。それを引退に追い込
むなんてーーーやはりライバル潰しに利用し
たのだ。
おじいちゃんの言うように事務局の指示な
のか、リュゼの単独行動なのか。
とにかくリュゼが何をして、マリーネに何
が起きているのか確かめなければ。
あたしは懐具合も気にせず、次に来た速馬
車に飛び乗った。これならばウォーターミル
を経由せず、直接ファイアーフロートまで行
ける。2日は時間を短縮出来るはずだ。
「お嬢さん、どちらまで?」
「あ、えっと。ファイアーフロートの魔法少女事務局メルキュールまで!御者さん急いでるの!飛ばして」
「あ、ああ。あんたはもしかして魔法少女かい?」
「あたしは科学者よ!魔法少女なんかじゃない!」
あたしは自分で思った以上に声を荒げてし
まった。御者は関係ないのに、とんだとばっ
ちりだった。しかし、あたしの迫力に押され
たのか、特に何も言わず馬車を走らせ始めた
。
「わ、速い!速馬車ってこんなに速いのね⁈」
あたしは速馬車の想像以上のスピードに、
終始感心しきりだった。科学者が自分達の発
明に驚くなんて、とは言わないで欲しい。何
度も言うが科学者はその貢献度に反して、自
らがまるで恩恵を得られていないのだ。それ
は科学が魔法と祖を同じくする魔術でありな
がら、劣等魔術と魔法界に位置づけられたこ
とに起因する。全てにおいて科学界は魔法界
に、ある意味牛耳られているのだ。
「アルビィナの魔法学院の無血戦争、科学科は絶対に勝てないんだろうな」
馬車に揺られながら、あたしはふと涙がこ
ぼれた。
「あれ?なんだろう………、もう怒りを通り越して悲しくなってきちゃった」
魔法界の闇が生み出した犠牲者は、もはや
科学者だけではないはずだ。マリーネしかり、
アルビィナの無血戦争で
科学科に付く魔法少女だってそうだろう。
「科学科側に付いた魔法少女なんて、勝っても負けても非難されるんだろうな」
そんなことは容易に想像がつく。あたしで
も知っている上級魔法少女ジェニー。彼女に
勝てば科学に肩入れしたと言われ、負ければ
魔法少女としての能力を問われる。しかし彼
女はおそらく別格なのだろう。無血戦争を1
人で戦うのもそれゆえだろうが、ギルドのパ
フォーマンスにジェニーすら利用されている
のではと思えてくる。
「お嬢さん、今日はここまでだね。簡易宿舎があるから休むといい。急いでいるんだろうが馬は休ませないと壊れちまう」
気が付くとすでに日が落ちていた。速馬車
だからかなり走ったのだろう。辺りは簡易宿
舎以外なにも無い荒野だった。
………ちょっぴり怖い。
あたしは急いで馬車に飛び乗ったことを、
少し後悔してしまった。
「あ、ありがとう。じゃあ、また明日」
しかし簡易宿舎に入ると、その不安は吹き
飛んだ。流石に第二都市ファイアーフロート
の中継地だけはある。簡易とは名ばかりで、
中の作りはかなりの規模だった。安心したら
急にお腹が空いてきた。あたしは部屋を一つ
確保すると、まずはレストランに向かった。
「え?ちょ、ちょっと、ルナ?あなた、何でこんな所にいるの⁈」
レストランに入るや、突然耳慣れた声が聞
こえてきた。今度は嫌な声ではない。間違い
なくあたしが求めていた者の声だった。
「マリーネ!やった、追いついたんだ。ん?でも昨日アルビィナを出て、今まだここにいるんだ」
「うん、ウォーターミルに寄ってたから……、そんなことよりルナの方こそ何で?」
あたしは少し黙ってしまったが、とりあえ
ず席につくようマリーネを促し、これまでのい
きさつを話し始めた。