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青髭攻略してやろうぜ!  作者: ものもらい
本編2:【美少女と熊さん】
32/42

19.転がされる石と転がす珠と、私


※拍手文変更しました!





「あー!くっそ、馬がまさかの突然死をしなければ!!とっくに合流してんのに!!」

「吃驚だねえ」

「おい、もっと早く走らせろ!」

「これ以上やったら馬が潰れるよ―――ねえべーちゃん、」

「あ?」

「……やっぱり、うん、……目を離した隙に泡吹いて死亡って、おかしいよね」

「ああ―――毒を盛ったって?でも馬に?…こっちはあの馬鹿の足止めさえできればいいんだぜ?」

「それだよ、それ。誰かが俺たちの足止めをしたかったのだとしたら……?」

「そうだとして、イリアは人目の多い安全なルートしか通させない。護衛も多く付かせてんだぞ。城だって、お前に劣るとしても俺の所も厳重に―――」

「隙ならできるよ」

「!」



「"奥様が無事に帰還した"その、少しの乱れこそ、隙じゃないか」











行きはあんなに長く感じられた道も、帰りは早いような気がします。


お嬢さんは馬車の隅で兎のように震えながら、イリア夫人に乞いました。



「ひ。とりで。……おりさせてください……」

「だぁーめ!私の背中に張り付いていていいですから、ね?大丈夫、男はお爺さんしか迎えてませんよ」

「無理です無理ですっ。わたし―――あっ」



イリア夫人に引っ張られ、お嬢さんはびくびくと、俯きながら足置きに小さな靴を下ろしました。


「お帰りなさいませ、奥様、リーゼロッテ様」


侍女長の声にそろっとお嬢さんが夫人の背から顔を出すと、執事長はさっと姿を隠す途中でした。


「何もありませんでしたか?」

「……アナトールと二名が具合が悪いようで。少し手配を変えさせた程度でございます」

「そう―――あっ」


ちりりん、と軽やかな音がして、綺麗な白が扉からするりと現れて。

「にゃーん、にゃーん」と頻りに鳴きながら夫人にすり寄りました。


「ふふ、ただいま。べーちゃん」

「にゃーん」

「ふあっ」


抱き上げると、猫ちゃんは夫人の背にくっついていたお嬢さんの髪に鼻先をもふっと突っ込みました。

ぺろぺろと舐めてくる姿に癒されて、お嬢さんは思わずぷにぷにの肉球を握ってしまいます。……ああ、可愛い。


「お昼はもう済ませてしまいましたか?」

「ええ。でも喉が渇いたのでお茶をお願いします。―――ね、リーゼさん?」

「はっ」


慌てて肉球の魅惑から離れると、お嬢さんは頭を何度も上下に動かしました。


伯爵と子爵の危ない道程を走る馬車はちょうど深夜を越えて到着することが出来るらしいので、お嬢さんは何かが変わる前の穏やかな時間を、そっと楽しみました。



―――まさか、再会の前に、あんな惨劇が訪れるとは知らずに………。











お嬢さんの母、いえ、義母はぶるぶると震える手をテーブルに叩きつけました。


その音に慌てて飛び立つ鳩の色は純白。……けれど、首の飾りは紅玉ルビーの―――。



「私の可愛い可愛い末娘アニー……!なんて可哀相な。あの罪深いリーゼロッテに殺されたなどと……!!」



老いたその目に憎悪の全てを滾らせて、義母は「ああ、私のアニー!!」と叫んで手紙を破りました。


長女は何とも言えぬままに扉の前で狼狽えていると、「殺してやる!」と義母は金切り声で誓うのです。


「職にあぶれたならず者を集めて妹そっくりのお綺麗な顔を切り裂いてやる!!お前の体も人生も滅茶苦茶にしてやるからな―――!!」



長女は、実母のその醜く悲しい姿が見ていられなくて、黙って部屋を飛び出しました。


「アニー……ああ、私の人生そのものの娘……」



―――これは、夫人がお嬢さんと再会できて一時間後の話。


実は義母の可愛い娘は、ぞっとするほど美しい娘に罵詈雑言を浴びせており、出されて呑気に口に入れた茶菓子の毒はまだ彼女の身を蝕んでいないのです。……











―――赤は好き。生きている色だから。


マリアは侯爵が昨年買い与えた赤の金糸雀カナリアを、そっと細い指に乗せました。

仕置き部屋で音のするものは暖炉の火と鳥だけで、その静けさが彼女は好きなのです。



「ねえ、グレットさま。私ね、上手くなったんです。……グレット様の、字」


「ふふ、どんどんお揃いになるの。……ね?」



小首を傾げて黒檀の髪が頬にかかると、金糸雀も真似て首を傾げます。

可愛らしい鉄格子の向こうは夕日に染まっていて、マリアはその唇に微笑を浮かべていました。



「いつ、帰って来られるのかしら」



その呟きに、金糸雀は答えます。可愛らしい声で、人には聞き取れぬ返事を。

マリアは「そうね、そうよね」と頷くと一時間、じっと外の朱を見つめていました。


やがて闇が迫り―――ぱたぱたと飛んでいた金糸雀は、慌ただしい足音に驚いてマリアの髪に隠れてしまいます。


ノックも無しに扉を開けたのは侯爵で、一番に発したのは「何か食したか」でした。



「いいえ、何も?」

「そ、か……実はな、この混乱に乗じてか毒殺が流行っているようで……俺が目を付けていた男爵の娘の、あ、いや。男爵が……もともとフラついた蝙蝠のような家だったが…」

「大変ですね。それで、グレット様のお知り合いの女性は?今頃さぞ不安でしょう」

「お前の方が大切だ」



マリアの毒を孕んだ声に、侯爵は真っ直ぐに迷いもなく告げました。

彼女は一瞬驚いたようで、ややあってから微笑みます。


「……うれしい、です」

「―――…そ、か」


言った本人も、後からになって照れてきたようです。

わざとらしい咳をした後、侯爵は「あいつは条件の悪い所に嫁ぐだろう」と特に考えずに教えました。

正直、侯爵も手を出したくせに好きじゃなかった部類の女性でしたから―――マリアは金糸雀を撫でると、



「籠の外は怖いね」



ピィ、と鳴く金糸雀を両手に乗せたマリア。何だかとても幼いもののようで、侯爵はぐしゃぐしゃと彼女の黒檀の髪を乱しました。


「ああ、だから中は安全にしたい。しばらく銀食器だが、いいな?」

「はい」

「……その、関係のあった女の半分とも、ちゃんと正式に縁を切って来た。…悪かった」

「いいえ。…うれしい、です?」

「はっ、お前もやっぱり女だなぁ……とりあえずちょっと怖いからこの件に"嬉しい"は使うな」

「分かりました」


やっと"ちゃんとした夫婦"に一歩近づいたような気がして、侯爵は危険な状況ながらにも今この時を嬉しく思うのです。


(―――俺が蹴落として殺してきた奴には悪いが、さっさと死んではやれないな)


金糸雀を鳥籠に戻し、マリアを仕置き部屋から連れ出します。

明日には使用人のチェックも入れるとか、俺の部屋が汚くても文句を言うなとか。手を引いてあれこれと言う侯爵に「はい」と返事をする彼女の顔は、とても幸せそうで。


「―――そういえば、お前の実家から付いて来たあの使用人は?」

「暇を出して休ませました」

「ふーん…お前も、主人らしい気配りが出来るようになったか」


えらいな、の一言が嬉しくて、マリアの白すぎる頬に僅かの朱が浮かびました。


侯爵は侯爵でその健全な反応に安心して、自室の扉を開けます。

部屋はたくさんの書類以外は特に変わった様子もなく。マリアがふらふらと辺りを歩くのが危なっかしくて、侯爵は彼女から鳥籠を取り上げました。



「そんな面白いもんでもないだろ。散策は後にしてまず座れ。ほら、」


ソファに招くと、マリアは大人しく従って。

照れ隠しに侯爵が「あ、明日は残りの女と今回の件の調整で忙しいから――」と静かな間が訪れないようにと喋り続けると、マリアは唐突に抱きついて、


「行かないでください」

「は―――」

「他の女性に、会わないでください」

「……い、いや、今回のは、俺としても筋を通したい。それで俺はお前とちゃんと…」


マリアは、そっと侯爵の唇に人差し指を当てました。

そして上目づかいで、無垢な微笑を作り、



「いいえ、明日には、みんな。"会えなくなってますもの"。」



だから、マリアの傍にいて。



―――彼女が甘えて頬に口づけたのは、お嬢さんと夫人が城に辿り着く二日前のことでした。








時間の流れとしては、


お嬢さん実家シーン⇒マリアちゃん計画通りシーン⇒ぬこただいま!……に、なります。


熊さんと伯爵シーンはお任せです。

……マリアちゃんを登場させようとすると書き過ぎちゃうのが駄目だなあ……。


なお、グレット侯爵さんがマリアさんをあんま疑わないのは「単純馬鹿いいひとすぎる」からです……。

マリアちゃんは病んでるけど、それはマリアちゃんの家がおかしくて心が成長できていない幼さからだ、と彼は思っており、だからこそマリアちゃんは矯正がまだ効くと思ってますが効きません。もう遅い。


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