17.鳥籠を愛す彼女の、
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俺は、兄弟の中でも気の強いよく噛みついてくる男だった。
母は正妻であったが気弱で、欲深な妾どもの子は俺の父に取り入ろうとしていた。父は媚を売られるのが大好きで、醜悪であった。
俺は母の人生を肯定したかった。母こそが正しく父の妻であり、俺を育ててくれた。自慢の人だと。……まあ、その母は病気で死んだが。
葬儀の後、俺はある侯爵の後ろ盾を貰ってから父を屠った。見事当主の座を奪い、他の兄弟も妾も適当な罪をあげて殺した。グレーフェンベルクと違い、父殺しの罪や諸々のことを兄弟に被せられるというのは楽でいい。
母は現当主を産み、慈しんでくれた尊い人。もう誰にも無視はさせない。墓前に咲く野薔薇に、妙な達成感を感じた。
―――ここからはもう、俺の人生。俺らしく生きていく。
不要な人間は全部切り、家が安定してきた頃、俺は後ろ盾である侯爵に招かれた。
侯爵曰く、婚姻で両家の関係を深めたいらしい。俺は驚いた―――この家に娘がいたのか!
城の奥に閉じ込められていた令嬢。どんな人だろうか。侯爵似であったら嫌だが、まあその時はその時である。
そわそわとしながら待ち、やっと侯爵に呼ばれた娘が現れた時、俺はぞっとしたものだ。
黒檀の髪は神秘的だった。白い陶器のような肌は病的で、表情らしいものは無い。人形のようだった。
言ってはいけないが、棺の中が似合いそうな娘だった―――それが、マリアへの第一印象。
口紅の赤が似合う歳ではなかった。大人らしく無理をさせているせいで、幼さに変な艶を与えている。俺はこれが公爵の趣味かと思うと反吐が出た。
とりあえず若いの二人で庭を歩くも、会話は無い。このくらいの歳だと、まだ恋に夢見ていたいものだろうと様子を窺うが、その顔に嫌悪も嘆きもない。
どこまでも「無」。……もともと負けん気が強いというか、何というか分からないが、俺は唐突にこの娘を困らせたくなった。勝手に花を手折ると、幼い手に乗せた。
「……くれる、のですか」
初めて聞いたのは確認の声だった。俺は耳に此処良い声に吃驚して、ただ頷く。
てっきり、もっと冷たい声なのだろうと、思っていた。
けれど彼女の声は、ただの無垢な少女のそれだった。
*
「この、愚図め!!」
「あうっ」
マリアの白い頬に、朱が浮かびます。
彼女の倒れたすぐそこでは太った娘の死体があり、甘い香りの満ちる異常状態の部屋の中で侯爵は怒鳴り散らします。
「駆け引きも知らない、城に籠って着飾られるだけが仕事の分際で!男の仕事に口を出すどころか全部パーにしやがって!!」
「あっ、」
黒檀の髪を掴んで立ち上がらせ、もう一度頬を叩きます。
マリアは、勝手に貰ってやった家の(そこの)娘を殺す…ならまだしも、憎きグレーフェンベルクと繋がりを得て、勝手に勢力争いから手を引くなどと約束したのです。
反故にすればいいとはいえ、あの家が黙ってそれを受け入れる訳もなく。付け入る隙すら与えたくないのに。
しかもグレーフェンベルク・モントノワール両家のカードとして攫ったお嬢さんまで返したのです。侯爵の計画は全て無駄になりました。
(くそ、だがあの家に婚姻関係を結んだと証言させて取り戻す!こうなったら、母の苦しみだけでも味あわせてやる……!)
居場所のなかった侯爵の母。美しいモントノワール夫人を巡り、破れた夫の暴言に何度泣いたことか。
それに似た苦しみを与えてやる、と侯爵は強く手を握りました。奪い取り、二度と綺麗な花嫁衣装が着れない身にしてくれる。得られるものなど無いのかもしれないけれど、気が済まない。―――侯爵はすぐさま行動に移そうと踵を返したところで、ふらつきました。
(…なんだ?)
二歩目。上半身を崩しました。床に情けなく倒れ込んで、侯爵は震える己の手に慄きます。
「具合はいかがですか」
自分の背後で見下ろしているのだろうマリアに、侯爵はぞくりとしました。
ここまで家を滅茶苦茶にするような行動をとったのです。そして暴力を振りかざす男が倒れたときたら……。
「ま、り、あ……何をした」
「…良い匂いの香でしょう?」
甘い匂い。……激怒していた故に気を払わなかったそれに、侯爵は唇を噛みました。
マリアは倒れ込む侯爵の傍らに座ると、そっと手を伸ばします。絞殺か、と怯えたのも束の間―――、
「苦しくは、ないですか」
侯爵の頭を、胸に押し付けて。
少しだけ早い心臓の音に、侯爵は訝しげにマリアを見上げました。
「お願いです、」
きゅ、と。抱きしめて。
「私を置いて、どこかに行かないでください」
―――マリアは言います。彼女にとって金は価値が無いのだと。
私はあなたに価値を見出した。だから、他にはいらない。
父の命令とあなたの言いつけが違うのに、どう従えばいいのか分からない。
本当は誰にも会わずにいて欲しい。でも、女の多さが男の良さだと言うから、邪魔してると父に言われたから。
だけど、どうせ、同じ"怒られる"なら。
「派手に壊したって、一緒でしょ…?」
侯爵は、「ああ、我慢の限界超えたんだな、」と悟りました。
マリアはドレスを捲り、太ももに隠していたナイフを取り出して、抱きしめている侯爵に突きつけます。
「この家が潰れてもいいんです。ううん、潰れちゃえ。そしたら、誰もいなくなるもの。どの女も近寄らない。生きるのに困って、あなたが金を稼げと言うなら、この体で稼いできます。だから、だから……」
ナイフの先は揺れていて、侯爵の頬に滴が落ちました。
「わたしだけを、あなたの鳥籠に、いれて………すてないで……」
侯爵は、初めて彼女が泣いているのを見ました。
「マリア、」と名を呼ぶと、しゃくりあげて泣いていたマリアはナイフを侯爵の首にチラつかせて、「言って」と。
「その場限りの言葉でいいの。ほんとうじゃなくていいの……私だけって言って。捨てないって、…っ……言ってぇ……」
そう言うと、マリアは耐えきれずにナイフを落としてしまいました。
ひっく、ひっくと泣きじゃくるうちに香の効果は無くなり、楽になっていく体を確認して侯爵は溜息を吐きまして。
マリアの手から逃れると、更に泣き出した彼女の、目尻に。
「捨てないよ」
ナイフを遠くに蹴ると、侯爵はしばらく戸惑った後にマリアの頭を撫でました。
「……お前の気を引こうとした俺が馬鹿だった。体も心も傷つけた―――ごめん。お前は良い子だから、ずっと耐えてくれたんだよな。ごめん…」
「……っ、…」
「このケジメはつける。…こんな男なんか信用できないだろうけど。……改めて、よろしくな」
「ぐ、れっと、さま……」
「泣くなよ、俺の妻だろ」
涙を拭うと、マリアはこくんと頷いて「ありがとう、ございます…」と初めて侯爵に抱きつきました。
夫の胸に顔を埋めるマリアは、未だ涙を浮かべた瞳で侯爵を見つめ、
「マリアの、我儘を聞いてくれますか…?」
「何だ」
「ずっと、私だけのグレット様で、いてください」
初めての我儘に、侯爵は噴出しました。
「マリア、お前はどうしてこうも可愛いことを言うかな」
*
「―――ま、お前のおかげでやることが増えたからな。お前の我儘を叶えるのも、少し待っててくれ」
「わたしは……ずっと、待ってます」
お嬢さんの妹の遺体が運ばれていく横で、マリアは侯爵に抱きついて微笑みます。
……彼女がこうして微笑むようになったのも、侯爵と結婚してからです。
「だがお前も一応の罰を受けねばな。仕置き部屋で待っていろ。……暖房を点けろよ」
「了解いたしました」
「あとお前の部屋―――場所を変えねばな。しばらく客室……いや、」
「…?」
「俺の部屋で過ごさせよう。ドレスも死臭がついて気分が悪いだろうから、後で仕立て屋も呼んでおく」
マリアを仕置き部屋まで連れて行くと、憑き物の落ちたような顔で、侯爵は「お前は何も心配するな」と頭を撫でて仕事に戻ってしまいました。
マリアは大人しく殺風景で暗い仕置き部屋の隅に座り込むと、撫でられた箇所に触れて嬉しそうに顔を綻ばせ、
「ずっと、グレット様と一緒だ……」
その呟き声に、暖炉に火を付けていた侍女は少しだけ和んだ目で主を見ましたが、次の言葉で薪をくべる手が止まってしまいます。
「"あれ"、やっぱり私の部屋で殺して正解だったわ」
グレット様、お部屋に招いてくれないんだもの。新しいお部屋はいらないから、ずっとグレット様の部屋がいいな。
―――幼げな独り言に、侍女は震える手で薪を注ぎます。……この侍女こそが命令通りに茶菓子に毒を盛り、お嬢さんの妹を殺したのでした。
「あとはグレーフェンベルクがどれだけ壊れるか、か……ふふ、滅茶苦茶になってしまえばいいのに」
そしたら、もっと褒められるかなあ。
*
たのしみだわ!
追記:
グレットくん、ある世界にはヤンデレ妻に上手いこと調教されたA氏がいてだな……ぐふんぐふん。




