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空の結び目  作者: 夕花


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- 55 -

 車が走り出してしばらくすると、窓の外に色の強い建物や大きな看板が増えてきた。


 車を降りると、環が目を細めた。


「暑い」


「日が当たるとまだ暑いね」


 千綴も頷き、周囲へ目を向ける。同じ通りの中に、服の店も雑貨の店も、目を引く看板も並んでいる。どこか一つを見ている間にも、視界の端へ別の色が入ってきた。


「まずアメリカンデポだよね」


 綾乃が言う。


「ああ。そこから回ろう」


 ヴァシリオスが答え、四人で店へ向かった。


 扉を抜けると、外とは違う密度で商品が目に入った。


 千綴が壁際のメタルサインへ目を向け、そのまま近くの棚へ視線を移す。小物の向こうには服も並んでいた。


 どこから見ようかと迷うより先に、綾乃が足を止めた。


「これ、玄関にあったらかなり目立ちそう」


 壁のメタルサインを一枚見上げている。


「柄も大きいしね」


 千綴も隣へ並ぶ。


「こっちはもっと派手」


 綾乃が別の一枚へ視線を移した。


「こういうの、並んでるの見るの面白いね。自分の部屋に置くかは別だけど」


「それは分かる」


 何枚か見比べて先へ進むと、少し先の棚にタンブラーやマグカップが並んでいた。一つ手に取ってみると軽く、普段使うにも困らなそうだった。


「ちづる、こういうの見てるよね」


 綾乃が横から覗く。


「うん。買うなら実用性ある方がいいかな」


「旅行の記念でも?」


「その方が使うし」


「あ、それはちづるっぽい」


 綾乃も棚を眺める。千綴は手にしていたタンブラーを戻した。少し離れたところでは、環がキャップを被って鏡を見ていた。


「西園寺さん、それ似合う」


 綾乃が声をかける。


 環が鏡越しにこちらを見る。


「そう?」


「うん。いつもよりちょっと印象変わる」


 環はつばの角度を少し直して、もう一度鏡を見る。


「日差しも避けられるし」


「これにしようかな」


 さらに先では、ヴァシリオスがTシャツを一枚広げていた。


「それ気になる?」


 千綴が聞く。


「柄はいいな。もう少し他も見てから決める」


 そう言って元へ戻す。綾乃が階段へ目を向けた。


「二階もあるみたい。先に見てこない?」


「そうしよっか」


 四人で上がると、二階には古着が並んでいた。


 千綴は棚に並ぶ服を眺める。新品の売り場とは違って、一枚ごとに色も生地の褪せ方も違う。


 綾乃がシャツを一枚手に取る。


「同じ棚でも全然違うね」


「ほんとだ。色の抜け方も違う」


 ヴァシリオスは少し離れたところで別の服を見ていた。環も近くの棚を眺めている。何着か見てから一階へ戻る。


「私、さっきのステッカーもう一回見てくる。買い終わったら外で合流でいい?」


 綾乃が言った。


「私も帽子見る」


 環が続く。


「俺も服もう一回見てくる」


「分かった。じゃあ外で」


 さっき気になったタンブラーの売り場へ一人で戻ると、四人で見ていたときに気づかなかったものまで目に入った。タンブラーをもう一度持ち上げてから棚へ戻し、その横に掛かったエコバッグへ手を伸ばした。広げてみると、大きすぎず肩にも掛けられそうだった。


 隣のエコバッグと柄や持ち手を見比べたあと、最初のものへ目を戻した。二つ目を棚へ戻し、最初に手に取った方を持ってレジへ向かった。


 会計を済ませて外へ出ると、後ろの客の進路を空けるため入口の脇へ寄った。冷房の効いた店内を出た頬に空気が少し暖かく、通りの人声が重なる中を何組もの観光客が行き来していた。三人はまだ出てこないので、スマートフォンで時刻を確認して画面を消した。


 顔を上げる。そのとき、人の間を歩く少年が目に入った。なぜか視線が止まる。数歩先で横顔が見えた。


「……あ」


 検査施設で見た子だ。


 千綴はその場に立ったまま、少年の姿を目で追った。人の流れに隠れ、また見える。少年がふとこちらへ顔を向けた。一瞬、視線が重なったようにも見えた。けれど、千綴を見たのかまでは分からない。


「千綴」


 横から呼ばれた。振り向くと、ヴァシリオスが店から出てきたところだった。


「買わなかったの?」


「ああ。しっくりくるのがなくてな」


「そっか」


 千綴はもう一度さっきの方を見る。少年の姿はもう見えなかった。


「どうした?」


「ちょっと見たことある人が見えた気がして」


 人の流れをもう一度見る。


「そうか」


 それ以上は追わず店へ視線を戻すと、少しして小さな袋を手にした綾乃が出てきた。その後ろには、さっき見ていたキャップを被った環も続いた。


「西園寺さん、それにしたんだ」


「うん」


「やっぱり似合う」


 綾乃が言う。それから千綴の手元を見る。


「ちづるは?」


「エコバッグ」


 千綴が袋から取り出して広げてみせる。


「結構入れられそう」


「うん。買い物にも使えそう」


「私も何枚か買った」


 綾乃が自分の袋を軽く持ち上げる。ヴァシリオスは三人の買ったものを見てから、通りの先へ目を向けた。


「次、Tシャツの店だな」


「この先だっけ?」


 千綴が聞く。


「ああ。予定に入れてたところ」


「じゃあ行こ」


 綾乃が先に歩き出す。千綴もエコバッグを袋へ戻し、三人と並んで通りへ出た。





 通りを進んでいくと、沖縄の文字や海を思わせる柄のTシャツが店先に並んでいるのが見えてきた。


「あそこだな」


 ヴァシリオスが言う。


 店へ入ると、同じ沖縄を題材にしていても柄はかなり違っていた。文字を大きく出したものもあれば、海や植物を使ったものもある。千綴が棚を見ている横で、綾乃が一枚を身体の前に当てた。


「これ、すごい沖縄っぽくない?」


 胸元に大きく柄が入っている。


「着て帰ったら一発で分かりそう」


「それはそれで面白くない?」


「旅行中ならありかも」


 綾乃は鏡の方を見てから、今度は別の一枚を取る。


「こっちは?」


「さっきより落ち着いてる」


「どっちがいいと思う?」


「綾乃が着るなら、私はこっちかな」


「そっちかー」


 二枚を見比べながら、綾乃がしばらく迷う。少し離れたところでは、ヴァシリオスもTシャツを見ていた。


「さっきの店より気になってる?」


 千綴が声をかける。


「こっちは柄がいろいろあるからな。見てて面白い」


「買う?」


「まだ見てる」


 即答せず、別の一枚へ目を移す。


 環はキャップを被ったまま、小物の棚を見ていた。


 四人でしばらく店内を見てから外へ出た。


 通りを歩いている途中、角で綾乃が足を止めた。


「待って、あれ何?」


 視線の先に、周囲とは明らかに雰囲気の違う店があった。窓越しに白い飾りや小さな人形が並び、入口にも季節をそのまま閉じ込めたような装飾が見える。


「クリスマスの店みたい」


 千綴も足を止める。


「入ってみる?」


 環が聞く。


「見たい」


 綾乃がすぐに答えた。


 中へ入ると、外から見えていた以上に飾りが多かった。小さなオーナメントが棚に並び、別の棚にはスノードームがいくつも置かれている。


「外からでも分かったけど、ほんとに全部クリスマスなんだ」


 綾乃がゆっくり店内を見回す。


 千綴は棚の端まで視線を移した。


 環はスノードームを一つ手に取っていた。


 ゆっくり傾けると、細かな白い粒が中で舞い上がる。


「西園寺さん、それ気に入った?」


 綾乃が覗き込む。


「見てるのは好き」


「買わない?」


「置く場所考える方が面倒」


 綾乃が少し笑う。


「そこなんだ」


 環は白い粒が沈むまで少し見てから、元の場所へ戻した。


 店を出ると、千綴の視界にはまた別の色が増えた。壁画、店先の看板、窓に並ぶ雑貨。建物の間を歩いているだけなのに、少し視線を動かすたびに見えるものが変わる。


 その途中、通り沿いの店先から甘い匂いが流れてきた。


 綾乃がそちらへ顔を向ける。


「これ、ちょっと食べてみたい」


 千綴も足を止める。


「夕飯あるぞ」


 ヴァシリオスが言いながらも、同じ店先を見ていた。


「一個だけ、四人で分けない?」


「それなら」


 環が答える。


 結局、マラサダを一つだけ買い、四人で少しずつ分けた。外側は軽く、中には弾力がある。


「思ったよりもちもちしてる」


 綾乃が言う。


「おいしいね」


 千綴も自分の分を口にしてまた歩き出すと、大きな壁画の前で綾乃が足を止めた。


「ここ、四人で撮ろうよ」


「いいよ」


 千綴も壁を見上げる。


 さっきから何度か目に入っていたが、近くまで来ると色の広がり方が違って見えた。


 近くにいた人に頼み、四人で並ぶ。


 撮ってもらった写真を確認すると、綾乃が画面を少し傾けた。


「これ好き」


「壁の色もきれいに出てるね」


 千綴も覗き込む。


「あとで送る」


「お願い」


 千綴は歩きながら、足に疲れが溜まっているのを感じていた。それでも、次の角を曲がるとまた別の店が見えて、ついそちらへ視線が向く。しばらくしてスマートフォンを取り出した。


「今何時?」


 綾乃が聞く。


「そろそろ時間だから行こうか」


「あ、もうそんな?」


 環も画面を見る。


「結構いたね」


「あっという間だな」


 ヴァシリオスが言う。


 四人は車の方へ戻った。





 車に乗り込むと、千綴は背もたれへ身体を預けた。座って足を休めると、歩いている間に溜まった疲れがじんわりと残っているのを感じた。環は被っているキャップのつばに触れた。


「これ買って正解だった」


「ずっと使ってたもんね」


 綾乃が言う。ヴァシリオスは窓の外へ目を向けながら言った。


「結局、俺は何も買わなかったな」


「でも一番長く服見てなかった?」


 千綴が聞く。


「見るのは面白かった。買うならもうちょい考えたい」


「旅行先でそこまで考えるんだ」


 綾乃が言う。


「着ないの買ってもしょうがないだろ」


「それはそう」


 少し笑いが起きる。


 街並みが窓の外へ流れていく。


 しばらくして、綾乃が顔を上げた。


「ホテル着いたら、今日は先に先生のところだっけ?」


「うん。班で戻ったって伝えて、それから鍵もらうはず」


 千綴が答える。


「昨日と入り方違うんだな」


 ヴァシリオスが言う。


「今日は班ごとに戻るからね」


 やがて、今夜泊まるホテルが見えてきた。


 近づくにつれて、建物とその向こうの海が少しずつはっきり見えてきた。


 千綴は窓越しに建物を目で追った。


「今日はここなんだね」


 綾乃が言う。


「昨日とは雰囲気かなり違うね」


「海近いな」


 ヴァシリオスも窓の外を眺めていた。


 車を降りてロビーへ入ると、先に戻った同じ学校の生徒が何人かいた。受付近くで到着した班を確認する教師へ、四人揃って戻ったことを伝え、部屋番号と鍵を受け取った。


「十九時、ロビー集合な。遅れるなよー」


 教師の声を背に、それぞれの部屋へ向かった。





 部屋には、朝に預けた大きな荷物も届いていた。綾乃は手荷物を下ろすなり、ベッドへ腰を落とした。


「疲れたー」


「結構歩いたもんね」


 鞄を下ろして靴を脱ぎ、千綴もベッドに腰を下ろした。綾乃が横になってスマートフォンを眺める隣で足を伸ばすと、ようやくゆっくり休める気がした。


 しばらく何もせず休み、途中で飲み物を飲んだりスマートフォンを見たりして過ごすうち、窓の外の空は到着時より深い色になった。部屋の照明の方が明るく感じられる頃、綾乃が時計を見る。


「そろそろ準備する?」


「うん」


 二人は少しずつ身支度を整える。千綴はスマートフォンを鞄へ入れ、部屋の鍵も手に取った。


「行こっか」


「うん」





 ロビーへ下りると、環はすでに来ていた。


「もう来てたんだ」


 綾乃が声をかける。


「少し前」


「私たち、かなり休んでた」


「その方がよかったんじゃない」


 環はそう言って、近くの椅子へ視線を戻す。少しして、ヴァシリオスも歩いてきた。


「揃ってるな」


「中村くん、どこまで見てきたの?」


 綾乃が聞く。


「ホテルの周り、軽く見てきた」


「何かあった?」


「ロビーの奥の方から海が見えるところがあった。結構きれいだったぞ」


「いいな」


 綾乃が少し笑う。四人が揃い、迎えの車に乗って予約していた店へ向かった。





 席へ案内されると、中央に鍋が置かれ、その周りへ前菜、島野菜、薄く切られたアグー豚が並んだ。


 店員が料理を整えながら、肉の火の通し方や野菜、タレについて簡単に説明する。


 説明が終わり、鍋が温まる。


 ヴァシリオスがさっそく肉を二、三枚まとめて取った。


「あ、ずるい」


 綾乃が言う。


「何がだよ」


「一気にそんな入れる?」


「別にいいだろ」


「贅沢」


 環が淡々と言う。


「しゃぶしゃぶで贅沢ってなんだよ」


 千綴も笑いながら一枚取り、湯の中で軽く泳がせる。色が変わったところで引き上げ、タレにつけた。一口食べると、柔らかい肉のあとから脂の甘さが残った。


「これおいしい」


「こっちのタレも合うよ」


 綾乃が自分の小皿を少し持ち上げる。


「じゃあ次そっち使ってみる」


 環は野菜を鍋へ加える。


 湯気の向こうで、肉や野菜が少しずつ減っていく。


 千綴は空いたところへ野菜を寄せた。


 肉と野菜を取りながら食べているうちに、話題は午後のことへ戻った。


「私、あのクリスマスの店かなり印象残ってる」


 綾乃が野菜を取りながら言う。


「外から見たときから気になった」


「あのスノードームはよかった」


 環が続ける。


「西園寺さん、ずっと見てたもんね」


「あれ、見てるのは好きだった」


「買わなかったけど」


「見るだけでいい」


 環はそう言って、鍋から野菜を取る。


「俺はTシャツの店だな」


 ヴァシリオスが言う。


「種類多かったし、同じ沖縄でも柄で全然違った」


「ちづるは?」


 綾乃が聞く。


 千綴は少し考える。


「店もだけど、歩いてる時間かな」


「街?」


「うん。次の店に向かってるだけなのに、壁画とか、全然違う雰囲気の店とか、どんどん目に入ってきたから。予定してたところだけ見て終わる感じじゃなかった」


「分かる」


 綾乃が頷く。


「クリスマスの店もそうだったし」


「でも寄ってよかったでしょ?」


「それはそう」


 店員が空いた皿を下げていく間に、千綴たちは残っていた肉と野菜を鍋へ入れた。湯気の向こうで具材に火が通っていくのを待ち、また箸を伸ばす。


 しばらく食べたところで、綾乃が口を開いた。


「明日の海洋観察、ちょっと楽しみ」


「今日、水族館で見たのとはまた違いそうだよね」


 千綴が言う。


「水槽の中じゃなくて、本当に海の中見るんだもんね」


「どのくらい見えるんだろ」


 綾乃が少し身を乗り出す。


「天気いいといいな」


 環が言う。


「今日くらい晴れてたらよさそう」


 千綴も頷いた。


「国際通りは、お土産見るんだろ?」


 ヴァシリオスが聞く。


「うん。私は店長の分、向こうで決めたい」


「何にするかはまだ?」


 綾乃が聞く。


「まだ。店見てからかな。ちゃんと選びたいし」


「私は家の分見たい。あと自分のも」


「まだ買うの?」


 環が言う。


「買う」


 綾乃が即答する。


「今日のは今日のだから」


「理屈になってない」


 環が返す。千綴が笑う。


「ヴァシリオスは?」


「俺も土産は向こうで見るかな」


「まだ何にするか決めてない?」


「まだだな。見てから決める」


 綾乃が頷いた。しばらくして、ヴァシリオスがふと箸を止めた。


「そのあと空港か」


 さっきまで続いていた会話が一拍だけ途切れる。


「明日には帰るんだね」


 綾乃が言う。


「そうだね」


 千綴も答える。


 海を見て、国際通りへ行って、そのあと空港。


 千綴は鍋へ視線を戻した。


 そこから話はまた食事へ戻った。


 肉を足し、野菜を取り、最後には締めを四人で分ける。


 千綴も最後の一口を飲み込み、箸を置いた。


「お腹いっぱい……」


 綾乃が器を置いた。


「デザート入る?」


 千綴が聞く。


 綾乃が少し考える。


「入る」


「入るんだ」


「それは別」


 環が言う。


「西園寺さんも食べるでしょ」


「食べる」





 ホテルへ戻ると、ロビーには夜の照明が灯っていた。ガラスの向こうはもう暗く、夕方にヴァシリオスが見たという海も輪郭までは分からない。


「じゃあ、また明日」


 環が言う。


「おやすみ」


 綾乃が手を振る。


「またな」


 ヴァシリオスも自分の部屋の方へ向かう。


 千綴と綾乃は二人で部屋へ戻った。


 順番に入浴を済ませる。


 千綴が戻ると、綾乃はベッドの上で大きな荷物を開いていた。


「これ、朝にはもう出すんだよね」


 綾乃が自分の荷物を見る。


「うん」


 千綴も荷物を開き、明朝使うものを手前へ残して、今日買ったエコバッグを畳んでしまった。綾乃もステッカーの袋を自分の荷物へ入れる。


 明日の朝には、この部屋を出る。千綴は手を止めて、窓の外を見た。海はもう暗く、遠くにいくつか灯りが見えるだけだった。


「明日も早いし、そろそろ寝よっか」


 綾乃が言う。


「うん」


 千綴はカーテンを閉めた。明日の夜には、もうこの部屋にはいない。

2026/10/12 全体改訂

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