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ンードラロギア  作者: ああああ


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第六十六章:高潔なる筆頭

六十六章です。

不夜城の一画、貴賓用の待機室。セレスティアル・サーバントの筆頭・ヒョーバルは、窓の外に広がる毒々しいネオンの海を、嫌悪を隠さぬ目で見下ろしていた。


「……全く反吐が出ますね。この街の空気は、吸うだけで魂が濁るようですよ」


傍らに控える若き部下・エドが、落ち着かない様子で周囲を警戒し、毒を吐き捨てる。今夜、エルフ枢密院の使者がアンゾールマの実力者と極秘の面談を行う。その警護も、彼らに課せられた任務の一つだった。


「そう尖るな、エド。我々はこの泥濘の中でも忠実に任務を達成することが大切なのだ」


ヒョーバルは自らをなだめるように、そして若き部下に説くように言葉を繋ぐ。


「エド。なぜ我々エルフが、これほどまでに汚れや穢れを忌み嫌うか、その真の理由を知っているか?」


「……高潔な矜持のため、でしょうか」


「それもある。だが、より生物的なことわりだ。我々は人種ヒューマンと違い、代謝が極めて緩やかだ。一度身体に毒を取り込めば、それを排出するまでに数十年、下手をすれば百年を要する。肉体の汚れは、そのまま魂の停滞に繋がるのだ」


ヒョーバルは、手元に残ったアルコールの匂いを振り払うように手を振った。


「異性との身体的接触に強い抵抗を感じるのも、同じだ。我々のような長寿命の種族が、人種のようにみだりに子孫を残せば、世界はたちまち飽和し、自滅する。だから、我々の魂には『触れることへの忌避』が本能として刻まれているのだ……」


「これらを知っているのと知らないのとでは、大きく違う。様々な任務を完璧にこなすためにもただ忌避するのでは無く、俗世に慣れることも大事だぞ」


「了解致しました!筆頭!」


だが、そこまで言って、ヒョーバルの端正な顔が苦渋に歪んだ。


(ならば……なぜだ!?なぜマスター・エルキアは、あの人種の若者との間に、あのような……「間違い」を成したのだ!)


不意に湧き上がった嫉妬と理不尽な怒りが、彼の胸を焼く。


(呪わしい……。マスターを穢しあの気高き白銀の血に、低俗で劣等な人種の血を混じらせたあの若造が、憎い……!)


「筆頭!? マスター・ヒョーバル!? 大丈夫ですか、顔色が……!」

エドが慌てて駆け寄る。


「……案ずるな。慣れぬこの街の酒に、少しばかり酔ったようだ。……少し、手洗いに行ってくる」


化粧室の鏡の前。ヒョーバルは冷たい水で顔を洗い、自分を睨みつけた。


(しっかりしろ、ヒョーバル。今は任務の最中だ。私情を挟むなど、セレスティアル・サーバントの面汚しだ……。エルキア様は、この街の闇を払うために、あえて泥を被っておられるのだ。私は、その影として――)


「――でも、エルミアさんがいなくなっちゃうのは寂しいな……」


「俺、ルリちゃんと引き合わせたかったんだよー」


聞き覚えのある、抜けるように明るい声。

ヒョーバルは、蛇に睨まれた蛙のように硬直した。


(この声は……まさか)


「おっと、すみません! あれ……エルフのお兄さんこんばんは、トイレで会うなんてめずらしいですね……?」


そこには、ワーウルフの少年ラッシュを連れ、上機嫌でふらついているアルトの姿があった。ヒョーバルは、反射的に鋭い視線で彼を射抜く。


「ほぉ……。エルフのことをよく知ったような口振りだな。貴様のような、人種の……いや、貴様は特に……」


「いやぁ、それほどでも!」

アルトはヒョーバルの殺気など微塵も感じていない様子で、へらりと笑い、自分の手を眺めた。

「エルフの身体について、マッサージのコツをまだ勉強中なんですよ。意外と凝り固まってる場所が多いみたいで……」


「何……だと……?」


ヒョーバルの脳裏に、最悪の想像が駆け巡る。

マッサージ。接触。あろうことか、この下卑た手つきで、あの至高の存在であるマスター・エルキアの、白磁のような肌を……穢しているというのか。


(許せん……。万死に値する……!)


「なんだよぉ、アルトー! もっと知ってるんだろぉ? キノコとかぁ、貝とかの……ぐふふ、大人な知識をさぁ!」

酔っ払ったラッシュが、アルトの背中を叩きながら下品な笑い声を上げる。


ヒョーバルの頭の中が、真っ白になった。キノコ。貝。大人な知識。

それらは、彼がこれまで一度も口にしたことのない、そして一生触れることのないはずの、卑俗で不潔な、けれど決定的な「穢れ」の隠語に聞こえた。


「…?ラッシュ、もう酔っ払ってるの? あぁ、でも……今日この店で、レイさん(プリム)ともう一度ちゃんとお話できてよかったよ、レイさんも肩とか凝っているかな?」

アルトは、穏やかな、慈しむような目でそう言った。


(レイ……『プリム』の秘書官、レイのことか!?)


「はいはい、レイさんも美人だったからな、アルトはエルフが本当に好きなんだなー!」


「いやぁ、そ、そうだね…」

ちょっと恥じらいながらアルトは小声になる。


その言葉こそが、ヒョーバルの「理性」という名のダムを決壊させた。


(エルキア様という唯一無二の方がいながら、このような卑俗な場所で、他の女と……!?しかも、エルフは皆、美人などと……貴様は……貴様という男はぁ!)


「貴様ァーーーーーーー!!!」


ヒョーバルは、疾風のごとき速さでアルトに肉薄し、その胸倉を力任せに掴み上げた。


「エルキア様というお方がいながら、貴様は……貴様はこのような不潔な場所に出入りし、挙句に他の女に現を抜かすのか!? 彼女がどのような覚悟で、この泥沼のようなアンゾールマに来ていると思っている!!生まれた乳飲み子の気持ちを考えたことはあるのか!?それを、貴様という男は……っ! ちくしょう、ちくしょうーーーー!!」


怒りと、悔しさと、そして何より惨めさが混じり合った、悲痛な叫び。

ヒョーバルはアルトを突き飛ばすと、荒い息を吐きながら、逃げるようにその場を去っていった。


取り残されたアルトとラッシュは、ポカンと口を開け、ヒョーバルが消えた廊下を見つめていた。


「……え、今の誰? 知り合い?」


「……さぁ? マッサージしてもらいたかったのかな…乳飲み子の気持ち…?」


アルトは首を傾げ、再びラッシュの肩を借りて、賑やかなVIPルームへと戻っていった。


ヒョーバルは、怒髪天を突く勢いで待機室へ戻った。するとそこでは、部下のエドが案内役の女の子と仲良く指相撲に興じていた。


「エド…貴様、何をやっているんだ…?腕ごと切り落とさなければならんようだな…?」


「ひ、筆頭…!?俗世に慣れろとおっしゃっていたのではありませんか!?」


「水は常に低き場所に流れていくものだ。一度堕ちれば元には戻れん!そういう覚悟でエルフの矜持と己の純潔を守れ!」


「は…はいぃっ!!」


「エルキア様…貴女は今どこで何をなさっているのですか…?貴女ほどの方だ、きっと遥か高みの場所からこの醜い世を見下ろし、憂いているに違いない…」



ヒョーバルの想いとは裏腹に、その頃エルキアは、ベッドの上でかつてないほどの熱を帯びた吐息を漏らし、情欲の化身となったエネアウラと、激しくその身をまぐわわせていたのである。


六十六章読んでいただきありがとうございます。

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