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ンードラロギア  作者: ああああ


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第六十四章:半身の境界線(百合epです)

六十四章です。

「別に、無理に付いてきてくれなくても良かったのよ? エネアウラ。あそこは貴女の繊細な鼻には毒すぎる場所だったでしょう」


エルキアは自室に入るなり、重い外套を脱ぎ捨てた。銀髪に絡みついた旧市街の埃と、何より「過去の自分」に向けられたヒョーバルの視線が、彼女の肌をチリチリと逆撫でしていた。入浴の準備を始める彼女の背中は、先ほどまでの冷徹な『死神』のそれではなく、一人の疲弊した女性の細さを露呈させている。


「……いいえ。エルキア様に守っていただけたのが、とても嬉しくて。……その、お恥ずかしながら、内側の……布地が、少し……まずいことになってしまいまして」


背後で、エネアウラが消え入るような声を出した。

エルキアは手を止め、ゆっくりと振り返る。そこには、普段の凛としたエネアウラの姿はなく、頬を林檎のように紅潮させ、自身の内腿を落ち着かなくこすり合わせる人狐の女性がいた。


「あら……。私に守ってもらって、そんなことになってしまったの?」


エルキアは目を細め、全てを見透かす慈母のような、それでいて残酷な愛しさを湛えた眼差しを向けた。エネアウラは必死に服の端を握りしめて隠そうとするが、エルキアの指先がそれを許さない。


「隠さなくていいわ。見せて……」


エルキアの指先が、エネアウラの震える膝の裏から、熱を帯びた領域へと迷いなく滑り込む。


「……っ、あ……エルキア様……!」


「あら……本当に。貴女、なんだか今日はいつも以上に……怖がっていない? 鼓動が、指先にまで響いてくるわよ」


「……己の、力不足です。あの男の前に立った時、思い知らされました。エルキア様が立つべき真の戦場では、私など……ただの足手まといなのだと」


エネアウラの瞳には、恐怖だけではない、焦燥と渇望が混ざり合っていた。隣に立つ資格を失うことへの、根源的な恐怖。


「何を言うの……」


エルキアは身を乗り出し、エネアウラの耳元で、甘く囁いた。


「私たちは親友……いいえ、それ以上の存在。貴女は私の半身なのよ。」


「あ、あぁ……エルキア……愛しています。貴女のためなら、この命、何度でも……」


「私も愛しているわ、エネアウラ。……さあ、蕩けきってしまう前に、お風呂に入りましょう。汚れた記憶も、その……『まずいこと』になった感触も、全て私が洗い流してあげる」


湯気の中、視界は白く煙り、二人の境界線はさらに曖昧になっていく。

エネアウラは、まるで聖遺物を奉るかのような手つきで、エルキアの身体を清め始めた。


「エルキア……私の光……」


人狐の指先が、エルキアの細いうなじから背筋、そして腰の曲線へと滑る。それは洗体というよりも、儀式に近い。エルキアの存在を自身の脳髄に刻み込むように、髪の一本一本に至るまで丁寧に、慈しみを込めて指を通していく。


「……ふふ、くすぐったいわ。エネアウラ、貴女の手……少し震えているわよ?」


「申し訳ありません。ですが……貴女の肌に触れるたび、魂が震えてしまうのです」


エネアウラの掌が、エルキアの豊かな胸の膨らみを包み込み、円を描くように優しく撫で上げる。水滴が弾け、エルキアの口から「はぁ……」と熱い吐息が漏れた。


「いいわ……もっと。もっと深く、私を刻んで……」


風呂から上がった二人は、身体に付いた水滴を拭うことすらもどかしく、ベッドへと倒れ込んだ。シーツが張り付く感触と、湿った肌の質感がかえって情欲を煽る。


「エルキア……貴女の全てを、私に……っ!」


エネアウラが獣のような俊敏さで覆いかぶさり、エルキアの白い肩口に唇を寄せた。吸い付くような音と、微かな痛みが混濁した吐息が、エルキアの喉を震わせる。


「あぁ……っ! いいわ、エネアウラ……壊れるくらいに、愛して!」


エルキアの白く細い脚が、エネアウラの腰を強く締め上げる。二人の間に、熱い波が寄せ始めた。指先が、重なり合った太ももの隙間、秘められた熱源を探り当てる。


「……あ、あ、っ! そこ……、エネアウラ、そこは……っ、あぁぁんっ!!」


エルキアの絶叫に近い喘ぎ声が、薄暗い部屋に木霊する。それは、ルートシアの闇を払う聖歌のようでもあり、奈落へ誘う悪魔の囁きのようでもあった。


エネアウラの指先は、すでに理性をかなぐり捨てている。密着した肌同士が擦れ合う生々しい音と、二人の重なり合った激しい吐息が、部屋の酸素を奪っていく。一度、全身を貫くような衝撃と共に大きな波が押し寄せ、二人の身体は弓なりに反り返った。


「はぁ……、はぁ……、エルキア……まだ、まだ……っ」


「……ええ、終わらせないわ。まだ始まったばかりよ……」


引き波を感じる間もなく、次の狂宴が始まる。

エルキアが今度は上になり、エネアウラの柔らかな膨らみを乱暴なまでに愛でた。人狐の尾がシーツを叩き、狂おしいリズムを刻む。


「あ、ぁぁぁっ! エルキア……っ、指が、指が熱い……蕩けてしまいます……っ!!」


二人の肌に浮かぶ汗と水滴が混じり合い、どちらの雫か判別がつかなくなる。指先が、唇が、お互いの最も敏感な場所を、剥き出しの欲望で侵略し合う。


「愛している……エネアウラ、私を独りにしないで……もっと奥まで、貴女を刻みつけて!」


「はい、はい……エルキア……あ、あぁぁぁぁぁ!!」


絶頂の波は、一度引いてはさらに高くなって戻ってくる。互いの存在を確かめるための、狂気にも似たまぐわい。シーツは乱れ、二人の吐息はもはや言葉をなさず、熱の塊となって部屋を満たしていく。


二人の愛は、この世の倫理も、過去の罪も、明日への不安も全てを焼き尽くす。

狂宴は終わらない。二匹の獣は、世界が終わる瞬間までお互いの魂を食らい尽くすかのように、重なり、震え、声を上げ続けた。


そこには、神すらも介入できない、二人だけの絶対的な「愛」の形が刻まれていた。


狂宴の波が引き、湿った静寂が部屋を満たしていた。


重なるふたりの指が、吸い寄せられるように絡み合っていく。

ただ触れ合うだけではもどかしいと言わんばかりに、互いの指の付け根までを深く、隙間なく沈め合う。それはまるで、柔らかな肌の境界線を溶かして、ひとつの生き物になろうとする情熱的な儀式のようだった。


口づけは、いつしか互いの香りを飲み干そうとする渇望へと変質していく。

どちらからともなく隙間に割り込んだ桃色の熱い触手は、相手の繊細な口内を、舐めとるように、あるいは慈しむように這い回った。


「ん…ふっ……」


「あ、んっ……」


呼吸を奪い合い、熱い蜜が混ざり合う。

静寂の中で、粘膜が吸い付くような淫らな音に支配され、頭の先から指先まで、痺れるような共鳴に溺れていく。

至近距離で、視線は一度も逸らさない。

潤んだ瞳の奥を見つめ合い、見え隠れする、口内をうごめく柔肉が、自分を求めてしなやかに躍動する様を網膜に焼き付ける。


(あぁ……舌さえも、こんなに愛おしい……)


やがて、ぷつりと銀色の糸が断ち切られた。

別れを惜しむような名残惜しい湿り気を唇に残したまま、エルキアは逃げるようにエネアウラの鎖骨へと顔を埋める。


エルキアの熱い額から伝わる、トク、トクと速い鼓動。先ほどまで蹂躙の限りを尽くしていたしなやかな侵入者は、今は大人しくの唇の奥に潜み、代わりに荒い吐息が、湿った熱となってエネアウラの首筋を何度もなぞった。


絡めた指先は、まだ解く勇気がない。

密着した指の付け根に溜まった汗が、冷める間もなく二人の体温を繋ぎ止めている。

部屋に満ちるのは、混ざり合った甘い肌の匂いと、微かな残り香。


重い瞼をゆっくりと伏せれば、まだ網膜の裏側に、うねりながら自分を求めていたエルキアの舌の残像が、鮮やかな紅色のまま焼き付いている。

言葉にすれば、この壊れそうなほど濃密な静寂が消えてしまいそうで。


エネアウラは空いた方の手で、鎖骨に埋められたエルキアの細い肩を、抱きしめるように優しく引き寄せた。


その柔らかな体温を、己の魂を削り取ってでも守り抜きたいと願っていた。だが、その腕の中に抱いている「神」の口から漏れた言葉…。


「……エネアウラ、私の半身」


エルキアの声は、夜の風のように冷ややかで、けれどどこか祈りに似た響きを持っていた。彼女はエネアウラの濡れた髪を、慈しむように、あるいは永遠の別れを告げる聖者のように撫でる。


「もし……私に何かあって、私たちが離れ離れになってしまった時は……。アルトのこと、よろしく頼むわね」


それはエネアウラの全存在を否定するような、残酷なまでの「信頼」だった。


その一瞬、エネアウラの心臓が、恐怖と、言葉にできない「どす黒い情動」で爆発した。

抱きしめていたエルキアの体温が、一瞬で溶けた鉛のように重く、熱く、彼女を焼き始める。


「……っ、な、何を……何を仰るのですか、エルキア!!」


エネアウラは弾かれたように身を起こした。乱れた髪、紅潮した肌、まだ愛の余韻が雫となって滴るその身体を激しく震わせ、エルキアの瞳を射抜くように見つめる。


「貴女がいなくなった後の世界で、私に、アルト君を守れと!? 貴女という光を失った暗闇の中で、私に、あの無垢な青年を真っ直ぐに見守り続けろと……そう仰るのですか!?」


「……ええ。貴女にしか頼めない。私の代わりに、あの子を光の中に留めておける。そう信じているわ」


「……ふざけないでください!!」


「貴女は……私の『半身』でしょう!? ならば、分かっているはずです! 私の奥底で、ドロドロと煮えくり返っているこの悍ましい『獣』の正体が!」


エネアウラは、エルキアの手首を痛いほどに掴み、自分の喉元へと無理やり押し当てた。そこには、ドクドクと不規則に打ち鳴らされる、愛と殺意が混濁した心音があった。


「あのアルトという光……。眩しくて、純粋で、誰にでも分け隔てなく微笑みかける、あのあまりにも救いようのない光……。貴女が歳月をかけて心血を注いで作った光……。それを私は、私の手で、ドロドロに、真っ黒に汚してみたい!! その純白の魂を絶望の深淵へと叩き落とし、二度と外の世界を歩けないように、私の愛という名の鎖でがんじがらめに縛り付けてしまいたい……! 私の中の『私』が、そう叫んで止まないのです!!」


「エネアウラ……!!」


「彼を慈しもうとすればするほど、その喉笛を食いちぎり、私の色だけで染め上げたくなる! 私が彼を守る? 冗談ではありません! 貴女という抑止力を失えば、彼を汚し尽くしてしまうでしょう。……私はもう、自分でも抑制が効かないのです……っ!!」


エネアウラの瞳から、大粒の涙が溢れ出し、エルキアの指先を熱く濡らす。それは悔恨ではなく、自身の内に潜む魔物への恐怖と、それを解放したいという歪んだ悦楽の混ざり合った涙だった。


「……それがお望みでないのならば。私のこの『狂気』が、貴女の愛する平穏を、彼の未来を壊すというのならば……」


エネアウラは、エルキアの手を己の首筋へ、さらに深く食い込ませた。


「今ここで、私を殺してください!! エルキア、貴女の手で……! 誰よりも愛し、崇拝し、私の世界の全てである貴女の腕の中で、私を終わらせて……っ! 貴女の『半身』が、彼を喰らい尽くす化け物に変果ててしまう前に!!」


「…………」


エルキアは、息を呑んだまま動けなかった。彼女の内側で、これほどまでに暗く、重く、救いのない執着が育っていたとは。


エルキアは、エネアウラの喉を絞める代わりに、その頬を確かに、けれど震えるほど優しく包み込んだ。


「……馬鹿な子。本当に、私に似て救いようのない……愛しい私の半身」


「……ええ、分かっているわ。エネアウラ。貴女のその暗い情動も、アルトを真っ黒に染めてしまいたいという願いも。……だって、私も同じだもの」


「……え……?」


「私も、あの子を愛でれば愛でるほど、その喉笛を食いちぎりたくなる。あの子の清らかな涙を独占したいという衝動に、毎日胸を焼かれているのよ。……でもね、エネアウラ。それが私たちなの。それが私たちの『愛』の形なのよ」


エルキアは、泣きじゃくるエネアウラを、逃がさないように、骨がきしむほど強く抱いた。エネアウラの醜い叫びを、すべて自らの体温で溶かして、許し、飲み込んでいく。


「貴女を殺したりなんてしないわ。貴女が彼を汚したいなら、私がそれを許してあげる。貴女が彼を真っ黒に染めたいなら、私がその闇を半分背負ってあげる。……貴女のその歪んだ愛も、私にとっては愛おしい貴女の一部なのよ」


「エルキア……っ、ああ、エルキア……っ!!」


エネアウラは、エルキアの胸に顔を埋めて慟哭した。そして、血を吐くような思いで己に誓いを立てた。


親友であり、愛する半身であるエルキア。彼女がこれほどまでに自分を肯定し、許してくれたのだ。ならば、その彼女が愛している「アルトとの平穏」を、自分の醜い情動で壊すわけにはいかない。


(私は……私は、貴女を悲しませたくない! 貴女が愛するあの光を、私のこの獣に食い荒らさせるわけにはいかない……っ!)


内側から溢れ出す「汚したい」という飢え。それを、エルキアへの「悲しませたくない」という愛着で強引にねじ伏せる。それは、魂を削り取るような凄まじい自己抑制の始まりだった。


「……わかりました。エルキア、貴女がそう仰るなら……私は、誓います。この身が千切れるほどの飢えに襲われても、貴女のために……貴女を悲しませないために、あの方を汚さぬよう、懸命に、死ぬ気で抗ってみせますわ……!」


「エネアウラ……」


「ですから……どうか、私を離さないで。私の理性が焼き切れるその時まで、どうか……」


二人の愛は、もはや清らかな水ではない。毒を毒で薄め合い、狂気を愛で飼い慣らす、極限の共鳴だった。


ふとした、けれど拭いきれない「一抹の不安」がよぎっていた。


(……ええ、それでいいのよ。エネアウラ。でも……)


もし、この先。

あまりにも眩しい光であるアルトが、エネアウラのこの「汚したい」という暗い情動を拒絶してしまったら。


『エネアウラは危ないから、僕たちの側から離れて』なんて、残酷で正しい正論をあの子が口にしたら――。


(……その時、私はどうなってしまうのかしら。あの子を、許せなくなるのかしら……?)


それは確信ではない。今のエルキアにとっては、想像もしたくない『もしも』の話だ。

アルトを愛している。エネアウラも愛している。二人とも、自分にとって欠かせない大切な存在。


けれど、もしどちらかを選ばなければならないような、そんな残酷な天秤を突きつけられたら、あの子を冷たく切り捨ててしまうかもしれない……。


そんな、自分自身の底知れぬ冷徹さに一瞬だけ戦慄し、エルキアはそれを打ち消すように、エネアウラの耳元で明るく、けれどどこか切なげに囁いた。


「大丈夫よ。今は無理でもあの子ならきっといつか、丸ごと愛してくれるわ。……私たちが、あの子を丸ごと欲しているようにね。……ねえ、約束して。何があっても、三人で一緒にいましょうね?」


「……はい。誓います、エルキア……っ!」


六十四章読んでいただきありがとうございます。二人がアルトに向ける愛は、決して清廉なものだけではない……という、彼女たちの本質的な部分を描かせていただきました。私の解釈としてエルキアとエネアウラは「共依存の関係ではない」と思っています。

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