魔法はやっぱり難しい
もの凄い速さで走るシロに、私は振り落とされないように必死でしがみついた。
風も強すぎて目も開けていられない。
そんな事が数分続いた所で急にシロが止まった。
目的地に着いたのかと恐る恐る目を開けると、そこは木も草も何も生えておらず、ただ岩がゴロゴロとあるだけの場所だった。
「シュゼット、着いたよ」
シロが私の方を向いてそう言ったので、私は「ありがとう」と言ってハイヒールを脱いで彼の背中から降りた。
靴を履き直してドレスの裾を直していると、シロは嬉しそうに私に聞いてきた。
「どうだ? 我に触れて満足したか?」
ん? 満足?
あぁーさっき私がシロに触りたいと思っていたからか。
「どうかと聞かれても振り落とされないように必死だったから、シロの毛並みを堪能する余裕なんて全くなかったわ。シロは大丈夫だった? 私に掴まれていた所痛くなかった?」
「それは大丈夫だが……そうか、余裕がなかったか……」
さっきまでシロは嬉しそうにブンブンと尻尾をふっていたというのに、途端にシュンと尻尾が下がっていった。
「で、でもシロってとっても速いのね。あっという間にこんな所まで来て。一体ここはどこなの?」
私の「速い」の一言で気持ちが浮上したのか、シロはまた尻尾をブンブン振り得意げな顔でフンッと鼻を鳴らした。
「ここはさっきの場所から山を2つ程越えた辺りだ。この岩山ならどんな魔法を使っても大丈夫だ」
あの数分でシロは山を2つも越えたっていうの!?
シロは足に筋力強化か風魔法をかければいいって言っていたけど……それで本当に私もシロみたいに速く走れるようになるのかしら……いや、やる前から不安になっていてはダメよ。
よし、やってみよう!
「ありがとう、シロ。早速魔法を使ってみるわ」
シロは「うむ」と返事をすると、近くの大きな岩の上に寝そべった。
「あれ? シロは私の練習に付き合ってくれるの? 退屈じゃない?」
「我はシュゼットと一緒にいると言った。それに我はどこでも寝れるからな。それにシュゼットだけじゃ帰り道が分からないだろ?」
「えぇーと……方角はどっちから来たの?」
「あっちだ」
そう言ってシロは目線で方角を教えてくれた。
帰り道の確認のために私は大きなゴーレムを作る事にした。
今までの作り方じゃ練習にならないわよね。
私はフゥーと息を吐いて一度心を落ち着かせる。
魔法はイメージ、魔法はイメージ。
見た目は今まで通りで大丈夫、高さは10m、強度は……あの岩のように硬くて、動きは人間のように滑らかに。関節を作る感じで……ここに魔力をのせて地面に放つ!!
その瞬間いつもゴーレムを作っている時よりも少ない魔力が抜けた。
こんな魔力量でいつもの倍の大きさのゴーレムが本当に作れるのだろうかと不安になった。
しかし、私の心配とは裏腹に地面がゴゴゴゴゴっと大きな音をだして揺れ始めた。
立っていられず、思わずしゃがみ込んだ。
「今度は地面も揺れないように調整しなきゃね……」
そう考えている間もゴーレムの生成は順調に行われている。
いつものように石や土が一箇所に集まるのではなく、ノワールがやったように地面からゴーレムが湧き上がっている。
でも、ノワールのように早く生成は出来ていない。
ノワールならもう5体は生成できていたのに、私は未だに上半身だけ。
きっと何かのイメージが足りないんだ。本当に難しい。
私は何が違うのかと生成されていくゴーレムを見ながら考えた。
やっと1体のゴーレムを作れたが、結局どうイメージし直せばいいのか分からなかった。
イメージの反省は後にするとして、私はゴーレムを見て感動していた。
自分にもこんなゴーレムが作れるのだと。
いつもよりも倍は大きい10m級。
試しに動かしてみたら、いつもよりも格段に動かしやすくなっていた。
やっぱり関節をつけたのが良かったのかも!
って、喜んでいる場合じゃないわ。帰り道の確認をするためにゴーレムを作ったんだった。
最初の目的を思い出した私は、自分の目の前にゴーレムの手のひらをだした。
その上に乗り、自分を乗せたゴーレムの手を肩まで持っていった所でシロが教えてくれた方角を確認する。
山を2つ越えた辺りに、小さいがノワールが作った赤く光る玉が浮いているのが見えた。
確かにあれは目立つ。これだけ離れていても確認出来てしまうのだから。
でも、そのおかげで迷わず帰れそうだわ。
「シロ! 帰り道が分かったわ!」
「そうか」
シロはそう素っ気ない返事だけをして、大きなあくびをした。
「我は寝るから、練習が終わったら起こしてくれ」
そう言ってシロは話は終わったとばかりに、体を丸めて目を瞑ってしまった。
結局シロは私の練習が終わるまで待っていてくれるらしい。
今日会ったばかりの人間に気に入ったという理由だけで、どれだけ優しくしてくれるんだろうかこの神獣様は。
丸まって寝ている姿は大きな犬のようで可愛らしいし……。
私はクスリと笑って「ありがとう、シロ!」と大きな声で言った。
するとシロは耳だけをピクリとこちらに向けた。
あれはちゃんと聞いてるわね。
「シロ」って名前も相まって、本当に犬みたいだわ。でもそれは流石に言ったら怒りそうね。
これは自分の中だけで留めておこうと考え、練習を再開するために気持ちを切り替えた。
私は乗っているゴーレムの手を下におろすと、次の試したい魔法のために一度地面に降りた。
今度は足が速くなる魔法を練習するつもりだが、いきなり自分に試すのは怖いので1度ゴーレムを使って実験してみる事にした。
足が速くなるなら追い風を背面にあてて、後は……足が軽くなるように少し浮かせてみるとか?
うん、一度これでやってみよう。
追い風をあてて、足が軽くなるように少し浮かせる……よし、ゴーレムに向けて魔力を放つ!!
私が放った魔法がゴーレムに吸収されていき、ゴーレムは淡く光った。
よし、ゴーレムを走らせてみよう。
そう意気込んでゴーレムを走らせようとしたが、一歩目でゴーレムは片足を上げるとそのまま宙で一回転して倒れた。
あれ? もう一回。
もう一度ゴーレムを走らせようとしたが、結果は同じ。
「どうして……」
私が訳が分からず茫然としていると、横からシロの笑い声が聞こえた。
「ハハハッ、なんだそれは。シュゼットは何をしているのだ?」
「えっ!? シロは寝てたんじゃなかったの?」
「寝ようとはしていたな……ッフ、フフ」
シロ……笑いを堪えようとしても、漏れてるよ。
私は本気でやっているのに、あんなに笑われて恥ずかしい……。
でも、なぜ上手くいかなかったのかが分からない。
この場では自分で悩むよりシロに聞いた方が早いと思い、シロに相談してみる事にした。
「ねぇシロ、私は別に遊んでる訳じゃないのよ。シロがさっき速く走るには足に筋力強化か、風魔法をかけると良いって言っていたから、ゴーレムにかけてみたらこのザマなのよ。ねぇ、どうしてゴーレムは走れずに転んでしまうの?」
「ふむ……着眼点は良いが、多分風力のバランスだな。基本的には蹴り上げる足の底から風を噴出して、一歩で長い距離を跳ぶんだ。それを繰り返せば噴出する風の強さもあるが、我のように速く走る事が出来る」
蹴り上げる足に風魔法をかけるのね。
私は両足共に浮かせてしまったからバランスがとれずに倒れてしまったのね。
「ありがとう、シロ。やってみるわ」
ゴーレムにかけた風魔法を解除し、一度ゴーレムを適当に走らせてみる事にした。
走っているはずなのに、ゴーレムは私の早足程度のスピードしかなかった。
でも、その方がタイミングが合わせやすいかもしれないわね。
ゴーレムの足底から突風が吹くようなイメージをして……あぁ、ダメだわ。イメージに集中してしまうとゴーレムの動きが止まってしまう。
今度は魔法のイメージに集中し過ぎずに、ゴーレムを走らせる……ダメだ、今度は風魔法のイメージが固まらない。
もしかして私、難しい事をしようとしてる?
という事は……これが出来るようになっていたらノワールは驚くんじゃないかしら!
いつも余裕そうなノワールを驚かせるチャンスよ!
それに『魔物を統べる力』に相応しくなるための第一歩でもある。
「よし、今日は絶対これを習得して帰るんだから!」




