『いらっしゃいませ! ここは異世界の料理、”ラーメン”のお店です』by店主
ドレミーレド、ドレミレドレー♪
あのメロディが、ダンジョンの中に響き渡る。
奏でているのはもちろん屋台の店主、秋子だ。
ドレミーレド、ドレミレドレー♪
それは彼女が小学生の頃に使っていた鍵盤ハーモニカだ。
ドレミーレド、ドレミレドレー♪
ダンジョンの第四層。そこが秋子の職場だ。
「おお! やっとるなぁ! アキコ、まずは”ヒヤ”だ! ”オツマミ・チャーシュー”も一緒にな」
とある冒険者がガチャガチャと大げさな鎧を鳴らし暖簾をくぐってくる。
「他の客に迷惑だから! 鎧は脱げって、何度言わせるの!」
ドレミーレド、ドレミレドレー♪
「いやいやいや、今日もよいモノを発掘したわい。これならドラゴンの鱗さえ貫けるやもしれん」ドワーフの破剣技師があらわれた。
「いらっしゃい! デリーさん。今日は焼酎、それとも冷?」
ドレミーレド、ドレミレドレー♪
「アキコさん! 土産だ。我が領地で採れた果物を持ってきた」いつかよりさらに貫禄を増した、顔に傷を持つ男がやってきた。
「あら! ありがとう。こんなに沢山、本当にいいの? それじゃあ皆で食べましょうか!」
ドレミーレド、ドレミレドレー♪
「やあ、アキコや。久しぶりの向こうはどうじゃった?」暖簾をくぐるなり、大賢者が恩着せがましくそう言ってきた。
「ふん! あんなんなら、こっちで商売してたほうがよかったわ! 何が結婚だ! なにが”永遠の愛”よ! 焦った末の打算的な結婚なんて先が知れてるわ! だいたい……」
なぜか急に不機嫌になった秋子の愚痴に常連達はしばし付き合った。
ドレミーレド、ドレミレドレー♪
「どうも。アキコさん。……なかなか食べに来れなくてすみません」盗賊ギルドの長が何人かの部下を引き連れ現れた。
「今日は何人? 悪いけど、ちょっと時間かかるから、まあ、適当に飲んでてよ」そう言って。秋子は焼酎と”割り物”のボトルを男に押し付けた。
ドレミーレド、ドレミレドレー♪
次にあらわれたのは、常連ではなく、新顔だった。
上質な召し物を纏った、金髪の青年だった。肌の色は白く、線の細い顔立ち。従者を何人か連れていることが、庶民ではないことを示している。
「ふん! ここが珍しい食べ物があるという店か」偉そうに言う青年を、常連の誰もが怪訝そうに見た。
「いらっしゃい!」秋子が威勢のいい声をかける。
「あ!」ブッフォルディオが声を上げた。「こりゃたまげた。王子さまではないか?」
「ほう。その者、ワラワの顔を知っておるか?」
秋子にだけは見えた。王子だという若者、その傍らに、誰の目にも見えない男が立っている。王冠を被り、朱色の外套を羽織った、立派な髭を湛えた大柄な男。それは、流行り病で死んだと聞く、先の国王だろう。と、秋子にはわかった。
また厄介なお客か……。と、顔をしかめた。少し迷惑そうに、だけど少し嬉しそうに。どんなお客であろうと、自分の作ったラーメンを食べてもらうことしか秋子にできることない。そこにある、微かな幸せを噛み締めるように、秋子はチャーシューを切りはじめた。
その顔は自然と綻びはじめる。それを自覚した秋子は、いつものようにポロリと呟いた、
「なにやってんだろなぁ、私……!」
ここで、この物語は一区切りです。
自分は東京に住んでいるのですが、何年か前まで、繁華街の片隅には、当然のように……、そうですね、百人の酔っ払いに対して一軒くらいの割合で、屋台がありました。
昨今は、きっと法律なのか条令なのかで規制されているのでしょう。屋台は絶滅危惧種となりました。
ついこの間完成したばかりの、”バスタ”と呼ばれる新宿の新南口のあたりにも、おでんもあるし、ラーメンもあるし、酒もある、なんていう屋台が何件かあったものです。
ラーメンというのも、いわゆる醤油ラーメンが主流でした。今や、ラーメンといえば”豚骨”や、”家系”、”二郎系”が主流のように感じられます。もちろん、それらの”こってり系”も、自分は大好きなのですが、いつか故郷で食べた、いわゆる”しなそば”に近い、”薄口醤油味”が恋しくなることもあるのです。
あの頃の東京の屋台には、それと似たような味がありました。
そして、そこに集う客達は、妙に濃いキャラ達でした。
自称どこかの会社の社長もいました、ホームレスだという自前の歯が三本しか残っていない爺さんもいました、ミュージシャン崩れもいました、歌舞伎町で働く風俗嬢もいました、
どんなに身分や、収入が違えど、自分の些末な不幸をお酒の力を借りて笑い飛ばして、最後には”どんぶりいっぱい”の幸せをすすって、明日に向かってゆく。そういう人たちが集っていたように思います。
バカで、不器用で、したたかで、健気で、粋な連中が、副都心の切り取られた空の下で、夢破れて尚また夢の話をしていたのです。
『昔は良かった』、という話をすると、自分も歳をとったんだなぁ、と自己嫌悪に陥りそうになるので、これくらいにしておきましょう。
さて、思い付きで書き始めてみたこの物語。異世界×ダンジョン×グルメ、という『なろう!』ユーザーにとって慣れ親しんだ(というか手垢が付きまくった)テーマで書き始めてみました。
なにぶん不慣れなもので、どうにか第一章を書き終えることができました。
どうでした? 深夜に読んでしまって、コンビニにカップラーメンを買いに走った方はいますか? 久保田を飲んでみたくて、探してみたらあまりに値段が高くてビックリした方はいますか? そういう誰かがいたなら、自分は最高に嬉しいです。”しめしめ”、”ニヤニヤ”、と、そういう意味でですがね。
そして、これを読んで、屋台に行ってみたい! と思った、”屋台未経験者”の方はいますか?
残念ながら、東京ではその数がかなり減ってしまいました。しかし、今もあるにはあります。そのチャンスがあったら、勇気を振り絞って暖簾をくぐってみて欲しいです。もしかしたら、そこにはちょっと薄幸そうな女店主はいないかもしれませんし、ドワーフの鍛冶師も、貴族出身の冒険者も、伝説の賢者も、顔に傷を持つ領主といった、愉快な常連たちはいないかもしれません……。
でも、そこには、あなたの心を、ほんの少しだけ温めてくれる出会いがあるかもしれません。
ないかもしれませんが、その時は筆者は責任を負いかねます……。しかし、ドキドキしながら暖簾をくぐるという経験は、きっとあなたの物語と、あなたの空きっ腹を充分に満たしてくれると思いますよ。
最後に、ある人からメッセージを預かっております。
それをご紹介しまして、この章の”あとがき”を〆させていただきます。
では、
「皆さん、はじめまして。ご来店ありがとうございます。私が作るラーメンは、いわゆる”しなそば”という極普通の醤油ラーメンです。極普通と申しましても、最近ではもっとインパクトのある味が好まれているように思います。
これも時代でしょうか? そう、それは流行に取り残された味なのかもしれません。しかし、私にとっては、大好きな祖父から受け継いだ、大切な味です。
残念なのが、皆さんに実際に味わっていただくことができない、ということです……。それは本当に残念です。しかし、皆さんはきっと、その想像の中でそれを味わっただろうと、そう信じています。それぞれの心の中で、私の作る”しなそば”の味に満たされてくれたのなら、最高の幸せです。
最後になりますが、ぜひ、またこのダンジョンに来てください。皆さんは、たった何度かのクリックで、簡単に”ここ”へ来ることができるようですし……。
作者には、早く新しい物語を書くようにと、私から言っておきますね。
では、またいつか!
ご来店、ありがとうございました!」by店主




