9. ここは異世界なんかじゃない
「うぉっ! 雨だ」
マダガスカルが騒ぎ出した。何だ、騒がしい。雨がそんなに珍しいか。
そんなマダガスカルに、大人な俺は冷静に答えてやった。
「そういえば、今日は午後から雨の予定だったな」
「予定じゃねーだろ。それを言うなら予報だ」
相変わらず妙なことを言う。
予定は予定である。どこから予報なんて単語が出た。そう思ったが、
「今日は雨降りと決まっている。そういうローテーションだ」
と、教えてあげたら、
「何だよ、その設定。意味わかんねぇ。ところで、どっか雨宿りで出来るとこはねぇのか?」
と、返された。意味不明なのはお前だ、と思ったが、とりあえず、まずは雨に打たれ続けるこの状況を解決してやることにした。
雨は体を冷やす。植物には恵みの雨であっても、動物や人間にとっては雨を浴び続けることは体温が奪われることである。マダガスカルの身体にとってもあまり宜しくないだろう。
「それなら、俺の家に来るか?」
親切な俺は、マダガスカルを自分の家に招待してあげた。
かれこれ10分ほど歩いたところに、俺の家はある。でかいばかりで雨宿りの役には立たない木々の間を通り抜け、俺達は家へと辿り着いた。
「ここが俺の家だ。入れ」
声を掛けたが、マダガスカルは動かない。いくらマダガスカルだとて、家主を前にして先には入りにくいか、と敷石にサンダルを置き、観音開きの扉を開けて先に室内に上がる。
ここは土足禁止なのだがマダガスカルは、それを理解できるだろうか。ボケっと突っ立っているマダガスカルを気にしつつ、中を確認する。
留守にしていることが多いのだが、埃っぽくはない。近所の人がたまに掃除をしてくれているのだ。今日も換気をしてくれたようだ。空気がすっきりしている。
その代わりといってはなんだが、道に迷った人や雨宿りなど、困っているときは自由に使ってくれていいと開放している。中の物も勝手に使ってくれていい。何なら持っていってくれても構わない。大半、ほかの人が持ってきてくれたものだし。お互い様ってやつだ。
ただし、流石に完全に住み着かれるのだけは困るので「連泊は3日まで」と、お願いしてある。
しかし、それも時と場合によっては、変更可能である。俺は融通の利く神様なのだ。
今日は幸い、誰もいないようだ。小さい家だから、この無駄にデカい男が一緒だと部屋が狭くなる。先客がいたら申し訳ないところだった。
「なぁ、これって堂とか祠って言わねぇ?」
中々室内に入ろうとしないマダガスカルが、俺を見てそう言った。
相変わらず妙なことを言う。そう言われたところで、これは俺の家である。
玄関の前まで来たマダガスカルは、表札を見て再びボケっと突っ立った。今度は口まで開いている。間の抜けた顔が、ますます間抜けに見えた。
何だ? 表札が珍しいのか? マダガスカルは表札を見たことがないのだろうか。
これは、ミエイさんが書いてくれた自慢の表札だ。古語で、「エイレイシア」と書いてある。「シア」の部分が巧くいかなくて、「シャ」になってしまっているが、それも愛嬌というものだろう。
そこを除けば、思いのほか良く出来ていたので、額に入れて飾ってあるのだが、それがちょっと仰々しいのかもしれない。
「おい、エレ。これ何で漢字で書いて……。いや、いい」
言いかけておいて、何故、途中で止める。そのくせマダガスカルは俺の顔を見て、
「それでもお前は、ここが異世界だと言い張るんだろな」
と、ため息を吐いて呟いた。
どこからそこに繋がった。発想の飛躍っぷりが意味不明である。それにしても全く何を言い出すかと思えば。
ため息を吐きたいのはこちらの方である。
「何を言っているんだ。ここは異世界ではないぞ」
「へ?」
全く。わからないヤツである。不抜けた顔で問い返すから、俺は親切にも再び教えてやることにした。
「ここが異世界なんじゃない。お前の元いた世界が異世界なんだ」




