追放済みですわ
「アリシア、僕はお前と結婚できない! ナルナを苛めやがって!」
「え・・・? わたくしがですの?」
「ナルナに訊いたぞ、フォークの持ち方から、歩き方まで細かく細かく嫌味を言ったそうだな!」
「皆の前で何度も注意されたんですの・・・」
聖女ナルナは涙を拭いた。
王都学園の2年の夏休み前だった。卒業には結婚する予定だった王子が激怒しながらアリシア・フォン・ハルモニアに指を突きつけた。
アリシアは突然、婚約者の王子アレイオンの怒りをぶつけられ困惑する。
「そ・・・・それは・・・平民出身のナルナさんが恥をかかないよう」
「うるさい! ナルナが作法を覚える速度が遅いのは、お前の教え方が悪いからだ! 教え方が下手なせいでナルナに苦痛を与えたのだから、それは立派にお前のせいだ!」
「なっ・・・!? わ、わたくしの教え方のせいですの・・・・!?」
「それだけじゃない! ナルナは平民出身なんだから作法なんて知らなくて当然だろう! 知識のない彼女に対して『正しい作法』という暴力を振りかざし、優越感に浸っていたんだろうが!」
ナルナは、さめざめと泣き続ける。
「皆の前で『はしたない』と・・・・私の存在を否定されました・・・」
この言葉にアリシアは焦り、目を剥く。
「そんな・・・! 『王室の晩餐会では気をつけましょうね』と静かにお教えしただけで、罵倒など・・・!」
「黙れ! ナルナが『否定された』と感じたなら、それは否定したのと同じだ! 受け手の気持ちが大事だろう! 反省すらできないのか!! お前はどこまで邪悪なんだ! 今すぐ僕の前から消えろ! 僕はナルナと結婚する! お前は、魔の森に追放だ!」
「ま、魔の森・・・!?」
「そうだ、2度とライラスの地を踏めると思うなよ?」
「うそ・・・ですわ」
「――だがな、お前の家だけは認めてやる。父は帝国の侵攻を防ぎ続ける我が国最強と言われる将軍ハイフロイ・フォン・ハルモニア。母は最大の我が国、商会の娘アイシャ・フォン・ハルモニア。彼らの力と、財産は、俺が王になった時に必要だ。存分に活かしてやる。だからお前は人知れず、魔の森に放逐だ」
「そ、そんな」
アイリシアはその場に崩れ落ちるのだった。
◆◇Side:ハイフロイ・フォン・ハルモニア◇◆
「アリシアが魔の森に追放された!?」
メイドが青ざめながら頭を下げる。
彼女は大きな傷を受け、治療を受けたばかりで、体を動かすのもままならない中早馬に乗ってハイフロイの元へ向かったのだ。
「なんということだ! 王に直談判するぞ!」
だが王子の暗躍により、ハイフロイの言葉を王は聞き入れなかった。
「アイシャ、すまん。私はアリシアの元へ行く! お前はここに――」
「ハイフロイ、何を言うのです。アリシアは私の娘でもあるのですよ? 私も当然付いていきます。娘を見捨てる親がどこにいるのですか」
「だがアイシャ! 行く先は生きては出られぬと言われる、あの魔の森だぞ!?」
「それがなんなのです。そんなものはアリシアを見捨てる理由にはなりません!」
こうしてライラス沿岸共和国は、最強の将軍を失う。
◆◇◆◇◆
湖畔で、今、目覚めた。
左手首だけが湖の水に浸かっている。
ここはどこ?
幼い頃に母を失った、私。
父が再婚すると聞いて「お母さん」ができる! と幸せの絶頂を感じていたのに・・・。
下校中だった。
目の前で、母と手を繋いでいた少女に鉄骨が落ちた。
気づけば、私は飛び出していた。
そうして鉄骨の雨を浴びた。
「私、死んだ筈なのに」
困惑しながらも視線を泳がせた湖面。澄んだそこに映った自分の顔、それを見た私は「ハッ」とした。
・・・・え、これ。
知っている顔だった。
「アリシア・フォン・ハルモニア――!?」
その顔は、私が大好きだった乙女ゲーム『Loveナレク』シリーズ。――中でも『Loveナレク.sideMⅡ』の悪役令嬢アリシアの顔だった。この髪の大きな赤いリボンとか正に、アリシアのトレードマークじゃないか。
「てことは、もしかして私は転生して乙女ゲームの中に入ってしまった?」
この令嬢は、主人公に婚約者を取られて追放される。
「――なるほど、追放を回避しろって事だね・・・」
でも、なんだか辺りの様子が可怪しい。
もはやジャングル。
ただ、ジャングルだけどアマゾンや、東南アジアのジャングルという感じではない。
段々の川、澄んだ水。
湖は途中で上下にズレたようになっており、滝のカーテン。
見上げれば、日本よりずっと澄んだ青空。
遠くで、とんでもない絶壁のテーブル型の山。その上から、凄まじいサイズの滝が、大迫力で流れてる。
「ファンタジーだ」
周囲には、脅威の光景が広がっていた。
私が辺りを見回していると、ふと、近くの茂みが揺れた――なんだろう。
「「グルォォォオオオォォォ―――ッ!!」」
現れたのは、真っ白で巨大な双頭のオオカミ。
ダイア・ハウンド!?
それは『Loveナレク .said M』に出てくるモンスターだった。しかも、
「まって、ダイア・ハウンドって魔の森にしかいないモンスターじゃない!?」
巨大すぎるオオカミ、体高が人ほどもある巨大さ。
双頭の一つづつですら、人間の顔のサイズの4倍はある。
明らかに人間が肉体で相手してはいけないサイズ。魔の森のモンスターサイズだ。
え・・・・じゃあここは、このジャングルみたいな森は、魔の森!?
見渡せば、確かに魔の森の植生。
「まってまってまって、魔の森ってアリシアの追放先じゃん・・・・え、じゃあ――このアリシア・・・・追放済み!?」
巫、巫、巫・・・・。
「巫山戯るなァァァァアアアアァァァアアアァ―――ッ!!」
追放回避じゃなくて、追放済みってなんだよ!?
私は叫んだけど、それで何か変えられるわけではない。
このままでは狼の餌になる。今はとにかく双頭の狼をなんとかしないと、魔の森の魔物なんかに襲われたら死一択。
武器は、右手に握っていた短いナイフ一本。こんなもの武器とすら言えない。
「ていうかこのナイフ、自害用でしょ。――自害? 冗談じゃない―――!!」
私は走りながら、走るのに邪魔な豪奢なドレスの裾をナイフで破き、短くする。
そうして走った。それはもう走った。頑丈そうなツタを握って走ってナイフで切り払い、犬の足では登れないであろう巨木に登った。
「ここなら、あの狼に襲われる事も無いはず。というかLoveナレク.sideMⅡのバトルはターン制コマンド・バトルでしょ? これじゃ完全に現実じゃん」
双頭の狼は諦めず、樹の下で唸ってウロウロしている。
私は、急いで破いたスカートとツタで、あるものを作り出す。
さらに、
「アリシアなら、魔法が使えるんだよね!?」
ただ、魔法と言っても攻撃魔法とかは無理。
土の魔法で、固体を生成できるのみ。
発射とかもできない。
しかも固体生成といってもどんな元素でも作れるわけではなく、金属的性質を持つ元素を元素番号82番まで。
炭素も、硫黄も、シリコンも作れない。
この世界じゃ、魔法は不遇だ。
でも私には武器が有る。
「思い出せ―――全てを!」
◆◇◆◇◆
物心付いた頃だと思う。
雨が降っていた――みんな泣いていた。
「女の子を助けたらしい」
「ボールが転がって」
「トラックが――」
お父さんも泣いていた。生まれて初めて、お父さんが泣くのを見た。
「妻との最後の別れに参列してくださって、まことに――」
「惜しい人を亡くしました。彼女は日本の至宝の選手でした」
何が起きているのか、わからなかった。
周りの声は、まるでラジオから流れてくる声みたいに遠くて。
外国の言葉みたいに理解できなかった。
「お父さん? お母さん寝てるの?」
「ああ、そうなんだ。お母さんちょっと寝むるんだよ」
私が、白い顔をして白い衣装を着て、箱の中で眠る母さんに寄って。
「お母さん、起きて? お母さん?」
言っていると、周りが嗚咽を漏らし始めた。
私は、お父さんを見上げる。
「お父さん、お母さんが寝るってどのくらい? お寝坊さん?」
「ああ、お寝坊さんだ・・・・いけないお母さんだよ、本当に。もうきっと、目を醒まさないんだ」
「お母さん目を醒まさないの?」
やがて、お母さんは真っ白な灰になった。
マンションに帰ると、そこはなんだか広すぎた。
お父さんと私だけには、広すぎた。
そうして、次の朝、気づくんだ。
「お母さん、おはよー!」
でも返事はない。
「あれ?」
そうだ、お母さんとはもう会えないんだ。
思い出した。実感した。
――実感した途端、涙が溢れた。視界が歪んだ。
とめどなく溢れる涙が止められなかった。
胸がジクジクと傷んだ。
あまりの痛みに、しゃがみこんで、床に額をこすりつけて、体を丸めて泣いた。
「お母さん――お母さん起きて、朝だよぉ」
だけどお母さんのいつもの「スズ、おはよっ!」が返ってこない。
「おはようだよぉ・・・お母さん、おはようだよぉ。お母さん? おはようなのに・・・・」
私は「スズ、おはよっ!」と言ってもらいたくて、なんどもお母さんにおはようを繰り返した。でも、返事はない。
「ああ・・・・」
諦めのような声が、私の喉から漏れた――すると、頭の中で何かが「ぶつん」と音を立てて切れた。
顔を挙げる。
消えていく世界。テレビ、食器棚、机。しずかに世界が消えていく――繋がりが閉じていく。
(そうだ、忘れよう、全部)
お母さんの握力計の数字を見て「ゴリラ~」って笑ったら「うほー」って追いかけられて、抱きしめられたことも。
虐められている女の子を助けたら「暴力はダメ!」って怒られたけど「でも、よくやったぞ」って言われたことも。
新しいお洋服を買ってもらって、「可愛い」って言って貰えたことも。
カレーを作ったら「美味しいよ」って褒められたことも。
全部、全部、忘れてしまおう。
そうすれば、きっと痛みも忘れられる。
私が、〝全部忘れてしまおう〟・・・そう決めた時だった。
頭に手が置かれた。
見上げると、お父さんが、泣きそうな顔をしていた。
「スズ、お母さん、きっと虹の向こうから見ててくれるから」
「?」
「お母さんのこと、忘れないであげてね」
「あ・・・・」
そうだ、お母さんのこと忘れちゃったら、次会った時、わからない。
だから、私は、憶えておくことにした―――全てを。
◆◇◆◇◆
「来い!」
お母さんだって、ここで諦めろなんて言うわけがない。
「足掻け!」って絶対言う。
ここで早々に諦めたら、次会った時、お母さんに合わせる顔がない!
だから、死んで堪るか!!
「アイツは、こんな人間の女1人、あっさり食い殺せる――なんて思うはず。それが正解だ。――だからそこに、罠を敷く!」
私は魔法で、鉄を作り出し、あるものを頭上の木の枝に展開。
「〖金属生成〗――26 イェルン! ワイヤー、動滑車――」
そして、
「――釣り針!!」
ヤツは突然眼の前に現れた巨大な釣り針を避けるのに、失敗。
私がワイヤーを引っ張れば!
見事に一本釣りされる巨体。
「どうだ、距離を力に変える――大賢者アルキメデスの見つけ出した滑車の原理! ――人間はこうして、テコ、滑車、油圧など距離を力に変えて、強大な力を生み出して来たんだ」
滑車は、宙ぶらりんの滑車を縦に並べれば、ロープを1本増やす毎に、荷重を半分にできる。
今私は4つの滑車を使った。
ワイヤーの先に重りつけて補助にしたし。
アイツくらい簡単に持ち上げられる。
「人間は確かに弱い。だけど、人間が知恵を使ったら、ライオンですら狩るのが難しい相手も狩れる。犬っころなんかに負けるか! ――さて」
私は、空中で暴れる犬を見やる。
「釣り針には、しっかり返しを付けておいた。犬っころが簡単に逃れられる物ではないよ――にしても背中などは強靭だけど、そのお腹は、随分柔らかそうじゃない?」
私は、忘れない。嫌なことも、嬉しかったことも。全て。
「お陰で少々記憶力がいい、小賢しいガキなんだよ、私」
なので記憶にある武器を作る。
「〖金属生成〗――11、ハフサルト」
空中にできた卵サイズのナトリウムを、私は布でキャッチ。
そうして二本のツタに繋がった布を、ギュンギュン回す。
私がドレスの布とツタで作ったのは、投石紐。
この投石紐、ただの石を投げる道具だとか舐めてはいけない。
これで発射された石が人間の頭に当たった日には、肉と頭蓋骨がこそげる。
古の戦争で使われていた、致命的な兵器だ。
「これも、遠心力を保存して、大きな力に変える――」
いくら滑車の原理が強くても、枝の方がヤバイ。しなって、犬を落っことしそうだ。――急ごう。
私は遠心力を感じながら、投石紐を回す。
負荷が最大になったところで、紐をムチのように引きながら慣性モーメント(角運動の半径を小さくした時の効果)を起こすと同時に、ツタの一本を離す。
「ムチの先端は、音速をも超える」
今回は、先端の方が重いので音速とまでは行かないけれど、投石紐に弾丸のように加速されたナトリウムが、犬っころのお腹に突き刺さる。
お腹にナトリウムがめり込んだだけでも、結構ひどいダメージだけど、これで終わらない。
「ナトリウムは、水分と仲が良いんだ。すぐに結合する。体液と接触した日には――爆ぜるほど、激しく結合する!」
狼の血液と触れたことでナトリウムは犬っころの腹の中で爆ぜ、奴を内部から破壊した。
双頭の狼は空に吠えたかと思うと、力なく崩れ落ちた。
「・・・・なんとか初めての危機は、乗り越えれたかな。さて――狼の皮やら肉やらは頂くとして」
私は辺りを見回す。
そこには鬱蒼とした森。
まず生きていける場所ではない。追放場所に選ばれる所以だ。
ふと、どこからか「〝生きろ〟」という言葉が聞こえた気がした。
そうだ。
「神が死ねと言っているのかは知らない。――でも、死んで堪るか・・・・ここで終わってやるものか・・・!」
アリシアの故郷、ライラスに戻れば、待っているのは幽閉か処刑だろう。なら私は、私の現代知識をフル活用して、ここに文明を築く。
「王子にも聖女にも、神にも追放された? 結構。――だったら、」
私は巨木を降りて、足を大地に叩きつける。
「全てが私を捨てたなら――私が、全てを書き換える!」
拳を握り、天に吠えた。
「この魔の森に、文明を築いてやる―――ッ!!」
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――アリシア記念館アイテムNo1 『アリシア様のナイフ』――
アリシア様が持っていた唯一の武器。ハルモニア家の紋章があしらわれている。
恐らく自害用に渡された物と思われる。
アリシア様は、このナイフで投石機を作って生き延び、伝説が始まった。




