絶対に風景画しか描かない画家
『君の絵はねぇ……上手いんだけど薄っぺらいんだよね。風景画以外も描いたらどうだい?』
俺はため息をついて『一人暮らし』の部屋に帰ってきた。
「『ただいま』」
「『おかえり』」
返事をしたのは人間じゃない。オウムでもない。一枚の『絵画』だ。
「その様子、また酷評されたね」
「うるさい」
「私はお喋りなんだ。その注文は受け付けない」
俺はまたため息をつく。
こいつはフリーマーケットで五百円で売られていたものを購入した。人物画から何か得られるかと血迷っていた時に。
そしたら家に持って帰った途端に喋り出したからお祓いにでも行こうかと思った。
必死に説明するものだから、今は部屋に置いている。
「今日もこっぴどく言われたのかい?」
「いつもと同じだ。『薄っぺらい』『風景画以外も描け』」
「おやおや」
俺は人嫌いだ。風景画にこそ価値を、理想を見いだしている。それこそが至上なのだ。
俺は画材を机の上に放り投げ、またため息をつく。
そんな俺にお喋りな絵画は語りかける。
「君の絵が薄っぺらい理由を教えてあげようか?」
「……」
そういうのは教えてもらうものじゃない。自分で気づくものなのだ。
だが、正直行き詰まりを感じていた俺は聞いてみる事にした。
「教えてもらおうじゃないか」
「不遜だね。教えてもらう態度じゃない。けど、それが君と私の関係を示している様で……」
「御託はいいから」
どこかで話を切り上げないとこいつは永遠に喋り続ける。
「おっと、話が逸れたね。君の絵に足りないもの。それは……」
何かと思った。けれど、こいつの口から出たのは……。
「『人間』さ」
俺はため息をつく。何百回と言われた事。晩飯の準備でも始めるかとキッチンに向かおうとするとお喋りな絵画は引き留める。
「まあ話は最後まで聞きたまえ」
俺はそいつに向き直り、まあ聞くだけタダだしと椅子に座る。
「うむうむ、良い傾聴の姿勢だ」
いちいちムカつく。
「いいから早く」
「せっかちだね」
絵画は、おほんと咳払いすると改まって話し始める。
「いいかい? この世には人間が存在する」
「知ってる」
だからなんだと言うんだ。
「風景には人間が関わっているんだ」
「風景に人間を描けと?」
「そうじゃない」
何が言いたいんだ、この絵画。
「ここから見える住宅、ビル群、公園は誰が作った?」
「……人間」
絵画は満足そうにうなずく。
「海に、山に、空に、地には誰がいる?」
「魚とか、動物とか、植物とか、星とか……人間……」
こいつが何が言いたいのかなんとなくわかった。
「風景には、そこにいなくても人間がいる。それを無視するから君の絵は薄っぺらい」
そうか……。絵画の言葉が欠けていたピースを埋める。点と点が線で繋がる。
目の前が開けた気がした。頭がクリアになる。
「どうだい? 深みのある絵は描けそうかい?」
「わかった」
俺は机の上に粗雑に置いた画材を片付け始める。
「描く気になったね」
こいつの言葉に俺は答える。
「逆だよ」
「逆?」
「俺は筆を折る事にする」
絵画は目を見開く。
「何故?」
「俺は人間が嫌いだ。風景画になら俺の理想郷が作れると思った。けれど、それも叶わないなら描く意味が無い」
絵画はしばらく黙った後、儚げに笑った。
「なら、君と私の共同生活も終わりかな」
「いや」
「?」
「お前と話しているのは悪くなかった」
絵画は笑う。
「『人間嫌い』じゃなかったのかい?」
「これが人間ってもんだ」
嫌いで嫌いで堪らない、俺もそんな人間な訳で。絵画は言う。
「矛盾しているね。まるで私の生みの親の様だ」
「そうだな」
こうして俺の画家人生は幕を閉じた。残ったのはお喋りな『友人』。
俺は窓の外を見る。きっと世界のどこかでお喋りな絵画が誰かと話をしているのだろう。
とりあえず机を空けたら晩飯でも作るか。奇妙な友人と話をしながら。




