第7話「夏まつり準備」
夏祭りが近付いていた。
島のあちこちで準備が始まっている。
港には提灯が積まれ。
神社の境内には屋台の骨組みが並んでいた。
潮風が吹く。
空は高い。
夏の匂いがした。
「ナギ!」
海が手を振る。
嬉しそうだった。
今日は祭りの準備を手伝うらしい。
凪も毎年参加している。
「そんなに楽しみ?」
聞くと。
海は大きく頷いた。
「うん!」
「だってお祭りだよ?」
目を輝かせる。
子供みたいだった。
神社へ着くと。
島の人たちが次々と声をかけてきた。
「海くん、おはよう」
「おはようございます!」
「今日も元気だねえ」
「元気!」
海は楽しそうに笑う。
誰にでも同じだった。
だから。
島の人たちも自然と海を受け入れていた。
提灯を運ぶ。
紐を結ぶ。
境内へ飾る。
海は何でもやりたがった。
「次は?」
「次はなにするの?」
凪は少し笑う。
「落ち着け」
「うん」
返事だけは良い。
昼過ぎ。
ようやく作業が終わった。
境内にはたくさんの提灯が並んでいる。
まだ灯りはついていない。
けれど。
夜になればきっと綺麗だ。
海は見上げていた。
「すごいね」
ぽつりと言う。
「全部光るの?」
「光るよ」
「見たい」
その声が少し嬉しそうで。
凪は目を細めた。
家へ帰る。
縁側から母の声が聞こえた。
「海くん」
「なに?」
「ちょっとこっち来て」
海は素直に向かう。
数分後。
居間から声が聞こえた。
「わあ」
思わず振り返る。
海が出てきた。
浴衣だった。
白地に淡い水色。
波を描いた柄が袖に流れている。
帯は薄い銀色。
白金の髪によく似合っていた。
まるで夏の海みたいだった。
「どう?」
海が聞く。
凪は一瞬言葉に詰まる。
「……似合う」
それだけ言った。
海は嬉しそうに笑う。
「ほんと?」
「うん」
「やった」
子供みたいな笑顔だった。
母も少し笑っていた。
久しぶりだった。
兄がいなくなってから。
母はあまり笑わなくなった。
家にいる時間も増えた。
食卓は静かだった。
けれど。
海が来てから少し変わった。
凪が大学へ行っている日。
海は母と一緒に昼ご飯を食べる。
庭の草を抜く。
買い物へ行く。
他愛もない話をする。
そのおかげなのかもしれない。
母は前よりもよく笑うようになった。
「祭り楽しみだね」
海が言う。
母は頷いた。
「そうね」
優しい声だった。
窓の外。
海が光っている。
潮風が吹く。
提灯はまだ灯っていない。
けれど。
もうすぐ夏祭りだ。
海は浴衣の袖を揺らしながら笑った。
その姿は。
どこか夏の海に似ていた。
凪は少しだけ目を細める。
胸の奥が温かかった。
窓の向こうで。
青い海が静かに揺れていた。
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『夜凪に溶ける』は、毎日【23:00】に更新予定です。
ふたつの海の物語──。
真逆の空気感を持つ、もうひとつの人魚BLも同時連載中です。
深く、静かに沈んでいく、透明感あふれる恋の余韻をぜひあわせてお楽しみください。
▼ もうひとつの人魚BL
『深海に溺れる』




