見つかった記憶の破片
日が傾き、街が淡い橙に染まっていく。
孤児院の庭を吹き抜ける風には、どこか切なさが混じっていた。
アルベルトが城に戻る前に、私も帰らなければならない。
それでも、足取りはなかなか前に進まなかった。
子どもたちが名残惜しそうに私のスカートを掴むも、ナタリーが微笑みながらその手をやさしく外し、私の前に立つ。
「今日は、ありがとうございました」
「また来てね」
「……はい」
言葉にすると、約束が遠く感じられそうで。私はただ、静かに頷いた。
きっと、今日みたいに上手く王宮から外に出ることはできない。
だから、私はしばらくここに来ることはできないだろう。
「何があっても――」
ナタリーの声が少し低くなる。
「貴方を信じている人がいるってこと、忘れないで」
その瞳には、祈るような強い光が宿っていた。
「……」
「いつでも、ここで待ってますからね」
握られた手が、ゆっくりと離れる。あたたかさが指先に残ったまま、私は門をくぐった。
並木道を抜け、夕暮れ色の馬車に乗り込む。
車輪の揺れに合わせて、デュークが静かにこちらを見た。夕陽の赤が彼の横顔を照らしている。
「……何か、思い出されましたか?」
「残念ながら、何も」
声が小さく漏れた。
ピアノを弾いていたこと、父の思想――確かにいくつかの断片は掴めた。
けれど、それは鍵穴のない扉を撫でているような感覚だった。
「誰も教えてくれないのね」
思わず呟く。
「まるで、私が自分で辿り着かないといけないみたいに」
デュークは何も答えなかった。その沈黙が、妙に重く響く。
「ねえ、王宮に戻る前に……、一つ寄ってもいいかしら?」
そして、私たちが訪れたのは、首都で一番大きな本屋だった。
定期的にイザベラから新聞や本を貰ってはいるが、そろそろ自分で探したいと思っていたのだ。
こういう機会でもないと、自ら本を探しに出向くことは難しい。
高い天井と古い木の香り。壁一面に並ぶ本棚は、まるで無数の記憶の断片のようだ。
本を手に取って眺めていると、視界の端にある新聞が映った。
何気なく視線を向け――息を呑んだ。
そこに載っていたのは、私自身の顔写真だった。
心臓が、痛いほど高鳴る。ダメだと頭ではわかっているのに、手が動く。
震える指先で、その新聞を掴んだ。
「……!」
見出しが、目に焼きつく。
――《無責任な王女、処刑台に送られるのはいつか?》
頭の中で音が消えた。
視線を走らせる。紙面には、先代――つまり私の父の悪行が並んでいた。
搾取、奴隷売買、圧政、国民の苦しみ。そして――死因。
――《英雄アルベルトが仲間を率いて国家転覆。シャーロット家は、王女ソフィアを除き、アルベルトの手により粛清された》
「……え……?」
空気が止まる。視界が歪み、文字が滲む。
私の家族は……事故死じゃない?アルベルトが静粛……?
頭の奥で、何かが崩れ落ちる音がした。
ここに書かれていることは、到底信じられる内容ではなかった。
嫌なゴシップ記事では…?と疑いたくなるほどに。誰か悪い冗談だと言ってほしい。
でも、紛れもなく、これは真実だった。
その時、すぐ横から無遠慮で、乾いた笑い声が聞こえた。
「この王女、療養中って話、どうせ嘘だろ?」
「だよな。都合悪くなったらすぐ逃げるんだよ、王族ってのは」
「それにしても、アルベルト様は、なんでこの女をまだ処刑しないんだ?」
――息が苦しい。胸が押し潰されそうだ。
逃げなきゃ。ここから……。
けれど、足が動かない。
「……おい、お前の横にいるの……」
「は? いや、まさか――」
私と彼らの視線がぶつかった瞬間、時間が止まった。次の瞬間、叫び声が上がる。
「おい! お前――シャーロット・ソフィアだろ!!!」
怒号が本屋に響く。人々の視線が一斉に突き刺さる。
「ソフィア様!」
デュークが素早く私の前に立った。その体が壁のように私を覆い隠す。
「馬車に戻ります!」
彼の声に、私の身体が自動的に動く。
外へ、外へ――。
怒声と罵倒、無数の足音が背後に迫る。
「待ちなさいよ!!」
鋭い女の声とともに、何かが飛んできた。
卵。
咄嗟に目を閉じた瞬間――衝撃はこなかった。
デュークが私を抱き寄せ、背中でそれを受け止めていた。
「行きましょう」
その声は驚くほど冷静だった。馬車の扉が閉まり、世界が遠ざかる。
「まずいな……。ここまで騒ぎになるとは」
デュークの声がかすかに揺れた。だが、私の耳にはほとんど届かなかった。
手の中にある新聞。そこに書かれた言葉が、何度も頭の中で反芻される。
――国家転覆。
――奴隷売買。
――粛清。
――アルベルト。
「ソフィア様?!」
デュークの声が遠のいていく。頭の奥で、何かが軋みながら動き出す。
――どうして、私は忘れていたの?
視界が白く滲んでいく。頭が割れるように痛い。
記憶が滝のように流れ込んでくるーーー。
次から過去編です!ようやく、ソフィアが失っていた記憶が明らかになります!




