木崎桜子:春の予感
「シオン、生きてたら今頃何してたかな」
家族が帰ってしまった玄関で封筒を見ながら、ぽつりとつぶやく。
思い出すのは、命日に再会したシオン。
私が心配で来たと言った彼は、私のためだけじゃなくて彼自身が悩んで私の前に現れたようにも見えた。
この世に未練があるかのように。
私が過ごした高校生活やこれからの生活を羨むように。
「どうだろね。さくちゃんと一緒に俳優になってた……のかな、わかんないな。想像つかない」
夏芽が私の手元の封筒を見つめている。
そういえば今、2人きりになってしまったのだ。急に心拍数が上がった気がする。
最近、夏芽と一緒にいるとふわふわした気分になることが多い。いつからかはわかっている。シオンがいなくなったあと、夏芽の前で大泣きした。
あの日からたぶん、私の中で夏芽は頼りない幼なじみではなくなった。いざというときに頼りたい大事な男の人になってしまった。
本人には口が裂けても言えないけれど。言いたくないし、言いたくなっても言っては駄目だ。自分に関係がなさすぎて忘れかけていた「成人するまで恋愛禁止」の事務所ルールを頭の中で復唱する。
「じゃあ俺も帰ろうかな」
「えっ」
しまった、もろに残念そうな声を無意識に出してしまった。
上着を羽織って帰り支度しかけていた夏芽が動きを止めて私を見る。
「も、もう少しいてよ。ほらアレだし……意外と私らの家、距離近いし。お母さんが置いてったお菓子食べてから帰りなよ」
目を見れないまま半分うつむいて提案すると、頭上で彼のまとう空気がふっとやわらぐ。
「じゃあそうする。……あのさ」
「うん?」
そっと顔を上げると、今度は夏芽のほうがうつむいていた。
「変なこと訊くけど。今年の1月のシオンの誕生日に、さくちゃんのところにシオン来た?」
心臓が跳ねる。私はごくりと唾を飲んだ。
「2年前の冬に茜ちゃんがシオンに会ったみたいなこと言ってたでしょ? そんな感じのこと、さくちゃんにもあった?」
「あ……あった。どうしてわかったの? あっ、もしかして夏芽も会ったの?」
私の質問に夏芽は少し顔を上げて、ゆるゆると首を振った。
「会ってないよ。ただ、なんとなくさくちゃん見ててそう思っただけ」
「そ、そう」
「でもそっか。会えたんだ。ほんとに茜ちゃんが言ってた通り、俺たちのところに順番に来るのかな。シオンの幽霊」
最後のほうはただの独り言なのか、かろうじて私に聞こえるほど小さな声。
彼もシオンに会いたいのだろうか。それとも会うのが怖いのだろうか。
力なくつぶやく夏芽の憂いを帯びた微笑みから視線をそらせない。
ずっと見ていると、自分は彼を心配しているのかただ彼を見つめていたいだけなのか、よくわからなくなりそう。
「夏芽、リビング戻ろう。お茶入れるよ」
うなずく夏芽を確認してほっとする。私はなるべく明るく気分を切り替えながら、彼の腕を取って廊下を歩き出した。
桜子視点はここまで。次はアンナの予定です。




