#18 死神さん達の生死
「……それは、良い事なのかしら?」
懸念事項と言い切ったのだから、良くない事として見ているのだろうが、デメリットが何かあるのだろうか。
それにまだ、死神さん自身が『時狩の死神』を殺してもいない(仁大に対しても何故か思い留まっていた)。案外行けるんじゃないか?
だが、死神さんは首をゆるゆると横に振る。私の考えは死神さんからしたら予測しやすいらしく、先読みして否定なりされることも多い。
「『権能』見られたことが懸念だ。私達の『権能』は、言ってしまえば初見殺し前提の能力だ。特に仁大はそれが顕著に表れている。私がやった方法で回避できることが知られれば、頭を捻らなければまともに『権能』を使えない。最悪、逆用や利用される可能性もある」
初見殺しの能力――仁大の〈遅延〉が一番効果を発揮するのは、死神さんにかけたタイミング(時を遡ったことは抜きにして)だ。初見且つ行動中で止まれない状態、軌道修正を取れない状態で行動を遅延させてしまえば、隙だらけで動かないに等しい無抵抗の敵を作り出せる。
……死神さんは該当しないんじゃないだろうか。その初見殺しを何度でも繰り返せるのだから。
「だからこそ、私は強いのだよ」
「……力を与えた人を間違えたのか、はたまた適材だったのか」
死神さんだって『権能』を悪用しないとは言えない。
能力仕様規約こと『誓約』に縛られていようが、やり口は沢山ある。特に、死神さんの『権能』が及ぶ範囲は自分自身――気付く者がいないままに犯行を積み重ねるにはもってこいの能力だ。
もしかしたらの話でこう言おう。
この一幕すらも、このしばらく一緒に過ごした時も、何もかもがやり直しを繰り返されて形成されている可能性もあるのだ。
恋愛シミュレーションゲームの攻略みたいに、何度も何度も同じパターンを見て言葉を少しずつ変えて、最良の結果を積み重ねて歩んでいる。
「……こちらの思惑すらも算盤尽く、掌の上の出来事だったりしてね」
どういうことだ、と聞き返す死神さんに、私は包み隠さず明かした。
さすがにこんな妄想まで読まれてたらとは思っていたが、聞くや否や食い気味に私に突っかかる。
「断っておくが、そこまで姑息に過ごしてまで、こんな存在には成っていたい訳ではない」
珍しく荒い語調で否定した……いや、当然か。非常に失礼な想像をしていた。
自分で「自衛はきちんとできている」などと言っておきながら、結局身近にいる、それも気を許していた相手に対して思っていい事では決してない。
「……ごめんなさい。疑ったみたいで」
「いや、至極当然な反応だよ……私も生前これがあれば、心の赴くままに悪用していた自信があるからな」
自分が大声で突っかかったことに気付いて謝罪を入れ、また自分の心の内を話した。
「人生に絶望はしていたし、そうすることができればどれだけよかったか。思ったことはあれど、やる気はさらさら無い。今、どうなるか分からない人生の楽しさを、死んでから学んでいるのだからな」
そう言って空になったカップを持って立ち上がる。
お湯を沸かすために立ち上がったのだろうが、暗がりに照らされた耳が赤いのが確認できた。
要は、クサい台詞を吐いて恥ずかしくなったのだろう。誤魔化すためにキッチンに向かったのだろう。
なら良かった。今、私も結構恥ずかしい表情をしている。
……私と会って良かった、ってことだよね?
いつもと変りない、煌々と輝く現代社会の光を眺めながら、私は硝子に映る自分の顔の紅潮に気付く。
死んで五年も経過して、特に近年はグッドニュースはほとんどと言っていいほど無かった。
好きな作家が病死したり、やりこんでいたゲームタイトルの続編は絶望的と発表されたり、会いに来れずとも生きていると思っていた叔父が死んでいると明かされたり――。
でも、それでも、最近は良いことがいっぱいある。
まず私に話せるような人……ではないけど、それっぽい存在が二人も居た。
二人とも厨二で、それも一人はとんでもない悪党かもしれないけど、ずっと一人で生きていた私にはかけがえのない人であることは間違いない。
叔父さんが死んだのはバッドニュースだけど、ずっと忘れていなかったことを知れた。
同時に、私に「この存在であり続ける意味」をくれた。
幸福すぎて成仏できるかなぁ、なんて思っていたけどまだしたくない。
「ねぇ、死神さん」
「どうした、幽香」
「仁大さんはいつ来ると思う?」
「……別に来なくてもいいんだがな」
「敵対してるからダメなのよ。仲間になってくれればいいと思わない?」
「嫌だ。身バレが怖いし、アイツと喧嘩になる気がしてならない」
頑なに拒む。嫌な雰囲気を全身から滲み出している。
「……治ったら来る、と言ったんだ。来たら仕方がないから相手はする。が、交渉するのは幽香の仕事になるぞ?」
「任せて」
「大した自信だ」
手慣れた動作でコーヒーを淹れ、私の目の前にカップを置く。
「砂糖は?」
「お一つで」
「それとミルクだったか」
「いいの? ブラックじゃなくて」
「それくらいでコーヒーの味は変わらない」
七分くらいまで注がれたコーヒーに対して、カップの淵まで牛乳を入れて少し啜る。
甘めのカフェオレといった塩梅になっており、一息に飲めるくらいの温さだ。
「何はともあれ、お疲れ様。死神さん」
「ああ、場所提供ありがとう。幽香」
お互いを労って、静かにカップを打ち合わせる。
蒼い炎が照らす室内でコーヒーを飲む――奇妙ながらも、普段より美味しいと思えた。
ご拝読ありがとうございました。
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