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時狩の死神 ‐タイム・リーパー‐  作者: いざなぎみこと
第一章 幽霊少女と時狩の死神
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Prologue 私と死神さん

 静寂に支配された一室――時計を見ると時刻は午前二時。私はベッドの中で体を起こして窓の景色に目を移す。


 春雷が鳴り響いていた昼間、豪雨は今では上がっていた。今が朝だったら、庭に咲いているスイセンが綺麗に見えるのに。


 残念だなぁ、なんて独りごちて空に目をやる。快晴の夜空に満月と星が輝いていた。明日は冷え込みそうだ。


 目を落として、遠くで光る街明かりを見る。相変わらずうるさいほど明るい。静かすぎて時計の針の音が響くようなこことは、大違いの喧騒なんだろう。


 再びベッドに横たわった。染み一つ無い天井を見上げる。

 私は毎晩、同じことをしている。同じ時間に目が覚めて、庭のスイセンを見て、空を見上げて月と星を見て、最後に街を眺める――もう一種のルーチンになってきている。 


 これを繰り替えす理由は無い。……無いと思う。今更執着するものは無い。

 もう失くせるようなものは全て失くした。強いて言えば、娯楽の類は無くしてはいないが。


 どうせこのまま目を閉じて朝を迎えても、退屈な一日がまたやってくるだけ。


 発見が無いこの家に、閉じこもっているだけだ――何千何万と繰り返した心の独白を飲み込んで、私は目を閉じた。



 何分経ったか――ふと、部屋の入口付近から視線を感じた。



 おかしいな――身震いがした。


 

 この家では到底あり得ないはずの視線だった。



 だって、この家は私だけしかいないのだから――。


 

 体を素早く起こして部屋の中を見回すと――居た。

 というよりも、目が合ってしまった――いや、目線があった?

 この反応の理由は、その「居た者」が顔を隠していたからだ。しばらく暗闇の中に居たため、目は慣れていた。だが、顔にあたる部位に眼が無かった。


 沈黙が流れる。気まずい。どうしよう。なんて思っていたら――。


「今晩は、美しき黒髪の少女よ」

「ええ、今晩は。貴方は……なんと呼べばいいのかしら?」


 うーん、向こうから話しかけてくるのか。

 私は幻覚だと思っていたかったが、どうやらそうでもないみたいだ。

 一般で高身長と言われるくらいの上背と、低音の声と言い回しから察するに男性であることは分かったが。

 

「私は死神だ」

「……そう」


 うーん、これは相当ヤバい人かもしれない。

 それは狂人度合の話ではない。繰り返しになるが、そもそもこの部屋どころか家の住人は私だけだ。付け加えるなら、友達と言える人はいない。当然、この男は誰か知る訳が無い。

 

 加えてここは山の中だ。私が住むこの家は、山の中に人工的に平地を作って建てられている。


 山の木は殆ど伐採していないし、ここ数年まともに草刈りもしていないため、家の壁には蔦が這っており、廃墟同然の状態だ。

 急斜面が多いため、ここに山菜を取りに来る人もいない。雀蜂や熊といった害獣・害虫もいないので、肝試しをしに来るくらいしか人は来ない。

 

 それを目の前の男は、こともあろうに「死神」と名乗った。

 気が触れているとか、そういう次元の話では無いのは分かってもらえるだろう。



 死神――古くから生命の死を司るとされている神だ。魂の管理者といった一面や、『最高神に仕える農夫』といった、語感と描かれる容姿からは想像できない異名を持ってたりもする。


 その役目は、死ぬ予定の生命が魂のみの姿で現世に彷徨い続け、果てに悪霊化するのを防ぐ為、冥府へと導いていく――死後の水先案内人だ。


 死に関する神故に、人は悪性と捉えてしまうが、死は生と表裏一体であり生きる上での重要なファクターだ。大抵の神話や民話では位の高い神とされ、また崇拝の対象ともなっている。

 とはいえ完全に善性な訳でもなく、日本神話の死神は憑りつくと自殺衝動に駆られる「死魔」とも称される。価値観と民族性の違いなのだろうか。


 容姿は黒いマントを纏った白骨が大鎌を持っているのが、一般的だろう。

 そのままでも十二分に禍々しくあるのだが、黒い翼を生やしたり、白骨の馬に騎乗していたりと、作品によっては別のベクトルで禍々しくなっていたりもする。

 ひとえに人の死に対する恐れと畏敬が、擬人化にあたって反映されたのだろうと私は思っている。



 それで、この目の前に立っている「死神」はどうかというと――言ってしまえばダークファンタジーのエリアボスみたいだった。


 まず容姿だが、マントから服装のどれもが黒一色であり、顔を穴が開いていないホッケーマスクに似た仮面で隠している。近くにあったクローゼットより大きい身の丈を更に超す、黒柄の大鎌を携えていた。


 ここまでは死神っぽいなー、とは感じ取れる。が、問題はその装飾だ。


 仮面からマント、大鎌に至るまで時計を描かれているのだ。


 仮面の顔の位置には時針がないフォントを変えたローマ数字の時計を。マントには六時を示した時計を。大鎌の腹の部分には時計が実際に埋め込まれている。

 意匠を凝らしている分、余分にゲームのボス臭を漂わせてしまっていた。良く言えば洒落た、悪く言えばくどいといった様相だ。


 今、私は努めて冷静に、「死神」らしき不審者の分析を行っていると思っているだろう。内心は恐ろしくて敵わないのだ。


 考えてみてくれ。一人暮らしの家に見知らぬ男が入ってくるだけでも相当恐ろしいのに、格好が奇天烈で、おまけに現実味を帯びない武器の大鎌を携えているのだ。

 余程図太い神経が無ければ卒倒してもおかしくない。

 私は落ち着き払った、さも驚いていないように「死神」に問いかける。


「それで、死神さん。なんで貴方は私の家にいるの?」

「それは……。理由は……()()()()()()()()()()()のではないか?」


 驚かない私に、寧ろ「死神」の方が困惑していた。


「ええ、そうね。ただ()()だって思っただけよ」

「……やはり、か」



 お分かりだろうか、そう――私は()()()()()()()

 

 私は地縛霊――自分が死んだという事を受け入れられず、理解できず、死んだ場所から離れられずにいる霊とされる霊と同義の存在だ。


 死後五年間、私は最後に居たこの家から離れられずにいる。

 私が何に未練を残しているのか、執着しているのか――それをこの「死神」は知っているのだろうか。そう思った私は、強い口調で言い放つ。


「で? 今更貴方は私の魂を冥府に送りに来たの?」

「…………」


 「死神」は黙り込んだ。

 そりゃあそうだ。仮に本物の死神だとしても何のために来たのか分からない。

 神話の死神だとして、本来の冥府に導くという使命があるのなら、私が死んで間もなく来るはずだし、魂を欲する死魔の方だとしても、光に惹かれた蛾のように飛びついてくるはずだ。


 それを今更、どの面を下げて「死神です」だ。ちゃんちゃらおかしな話だ。

 怒りとか悲しみとか、死んでからどうにも感情の起伏が少なくなったが、久しぶりに私はため息をついた。

 

「何年私はここに一人でいると思っているの? この五年間、貴方みたいに死神を名乗るのが来たのは初めてね。てっきり肝試しに来た学生とでも思ったけど」

「が、学生!?」

「高校生になってもまだ厨二病を引きずっている残念な学生かなって」


 正直な感想に、「死神」は甚く傷ついたようだ。 


「決して学生ではないぞ!? これでも係長――」

「どのみち厨二病じゃない」

「…………」


 ボロを出した「死神」っぽい人は、「しまった」と口を抑えた。

 会社員、サラリーマンで役職が係長なら三十代だろうか。その年で肝試しとは、随分とやんちゃだなと思いながら、私は久しぶりに笑った。

 そんな私を見て、何故か「死神さん」――言い回しが面倒なのでこれでまとめよう――は安心したように微笑んだ。


「やっと、笑ってくれたな」

「……芸人の営業の方だったのかしら?」

「……君は、いつも沈んだ表情をしていたからな」


 私の冗談めかした言葉に、死神さんは意味深な返答をする。

 いつもとはどういうことなのか。


「ああ! いや、違うんだ! 決して私はストーカーとかそういう類では無い! まず霊体をストーキングとかどんな能力だというんだ!?」

「見えてる時点で有罪な気がするけど……」

「……まあいい。今はストーカーと思われてもいいさ。……君はテレビは見ないのかい?」

「え? 見てたけど……近頃は番組も面白くなくて見てないわね」


 この五年間、私はテレビも見ていたしゲームもやっていた。家の中の本は読みつくしたし、掃除も一日たりとも欠かしてないので外観はともかく中は綺麗だ。

 純粋に地縛霊としてここに居続けているのは暇なのだ。眠気や食欲は湧かないので、何かをやっていなければただただぼんやりとしているだけになってしまう。


 しかし、常人からすれば不可視の存在たる私が、本を読んだりゲームをしてたりテレビを見ていると、当たり前だが独りでに物が動いていたり映像が流れていたりするわけだ。

 所謂ポルターガイスト現象が常時起こり続けている――有名な心霊スポットになってもおかしくない。


 思うに、ポルターガイストは私みたいなのが家の中でうろうろしているからだと推察したりしている……ヘタな事言うと心霊研究家に怒られそうだが。

 少なくとも、この家のポルターガイスト現象は、霊体たる私の意思があって行われているものであるのは覚えていてもらいたい。決して悪意は無い、純粋に生活しているだけだ。


「そうか。なら、今日の昼頃でいい。情報番組に合わせてあるニュースを見てくれ。恐らく、そのニュースがどれかは聡明な君ならすぐに分かる」

「ニュース?」

「ああそうだ。では、また明日――同じ時間にこの場に来る」


 脈絡のない話をして、募り積もっていく私の疑問には何一つ答えないまま、死神さんは消えた――誇張ではない、空間から切り取られたようにその姿は消えて無くなった。



 また、家は静寂に包まれる。


 死んでから一度も無かった怪奇な存在との出会いに、私の心が少しは踊ったのは確かだったらしい。久しくゲーム以外の用途でつけなかった液晶テレビの電源を入れた。


 傍らのパソコンの電源を入れ、ニュースサイトを開く。

 殺人未遂事件、芸能人の不倫騒動、野球の大型新人の賭博騒ぎ――現世は相変わらず街並み同様に騒がしいことになっている。


 その中で一つ、どうにも不可解な事件があった。


 [大手IT企業のCEOの老衰死]

 記事に書かれた内容は以下の通り。


 [本日未明、『POME』CEO「王林赤蔵」氏(四八歳)が変死体で発見された。検察の調べでは、遺体の状態は酷く不可解な物であり、死因は老衰とされている]


 未曾有の高齢社会と化した日本では不可解極まりない事件だった。


 が、私は詮索をそこで止めた。

 答え合わせは明日でいい――この事件と死神さんの話を照らし合わせれば、安易な想像に繋げる事はできる。不可解な現象とは今日まさに対面した。言ってしまえば私自身が不可解な存在だし。


 独り言以外ではまともに人と話したのは何時ぶりだろうか――私はもう少しだけ、人っぽい存在とのお話をしていたいと思ったのだ。


 パソコンをシャットダウンして私はベッドに潜り込む。

 時刻は午前三時。一時間も経っていた事に少し驚きつつ、目を閉じた。

 ご拝読ありがとうございました、伊弉諾神琴です。


 二本平行とか以前は完全に挫折していましたが、性懲りもなく始めました。


 最近平穏を身体が欲しているので、ゆるふわとスローライフしたいという気持ちで書きました。


 お口にあったら幸いです。ちなみにタイトル通り、戦いはあります(あります)。


※紫陽花をスイセンに変更しました。m(__)m

「春雷の時期に紫陽花は咲かねーよ!」と自分で気付いたので、次からスイセンになってます。

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