模造人形
ハイドラットは、参っていた。
勢いで一番奥の通路に飛び込んでみたもののまさか袋小路とは…。
目の前には巨大な全身鎧が鎮座している。
飛び込んだ当初は、彷徨う鎧かと焦ったが動く気配はない。
全長3mはあろうその全身鎧は当然ハイドラットに装備できるはずもなく、その横には鎧と基調を合わせた重厚感溢れる盾と斧が置かれている。
小鬼達の追ってくる気配はない。
しかし、魔術師までいるとは…。
弓兵がレアなら、魔術師はスーパーレアだ。
鉱石で例えるなら鉄と金ぐらいの差がある。
問題なのは、あれが出現したばかりの経験値0の初期レベルであることだ。
学習なしで中級レベルの魔術を行使して見せた。
放って置くと迷宮内の脅威になりかねない。
かつて、この迷宮にも脅威とされた小鬼が存在した。
その戦いの痕跡は、2階層に深い傷痕となって残っている。
2階層に巣食った小鬼との戦いは実に3年と長きに亘るものであった。
そのとき、一番厄介な存在だったのが追い剥ぎ小鬼だ。
倒した冒険者の武器防具を奪い強化し、強化された武器でさらに冒険者を襲う曲者だった。
その行動を真似た小鬼が現れ次々に群れに武器防具が流れた。
集団が武器防具の使い方を覚え強化される。
新たに出現した小鬼生き延びた小鬼から教えを受けあっという間に成長する。
それ程に生き残った小鬼は厄介なのだ。
「おぬしよ、どうするのじゃ。」
背中にいるルラが声を掛ける。
「このまま出て行っても勝ち目が見えないな。
気配を絶っても、あの数だとバレるな。」
実際のところ、あの大広間を抜ける自信はある。
だが、それはハイドラット単身の場合だ。
背負うルラの気配はある程度隠せてもその全てまでとはいかない。
ルラを置いて単騎で向かえば2、3匹は屠れるだろう。
だが、この幼女の安全を保障することはできない。
なにせこの幼女、全裸である。武器を持たないどころか最低限の防御力すらない…。
さらに、小鬼は、全て雄である。
その繁殖には他種の雌を必要とする。
生まれるのは全て小鬼の雄だ。
幼女といえど小鬼には関係ない話。
この幼女より小さい妖精を犯ったという逸話もあるくらいだ。。
一人放置したら惨事が起きても不思議ではない。
故に、離れるという選択肢はない。
ハイドラットは腰に手を当て上下に擦すりながら考える。
この幼女と出会う前に魔物の群れをプレゼントしたチームはどうだろうか?
四階層まで降りている実力者達だ。
通常、迷宮探索をする冒険者は魔物から逃げない。
主な理由は2つ。
一つ目が魔物のレベルのリセット。
経験を積んだ魔物は先も述べたとおり非常に厄介である。
故にその最大の対処方法はで殲滅である。
残さないことによって成長させない、まさに、『攻撃は最大の防御』を体現した対処法だ。
二つ目が遭難防止。
逃げることによって、自分たちの居る場所を見失い遭難することを避ける為だ。
故に戦闘においては絶対の信頼がおける連中だ。
ただ、最後に出会ってから4時間以上が経過しており、彼らが未だこの階層に残っている可能性は極めて低い。
「のう、おぬし。」
「なんだ、いい策でも思いついたか?」
後ろを振り替えりつつ訪ねる。
今、自分でおもいつく限りでは打開策は見えない。
もし、自分にない視点でこの幼女が答えを持っていたらと期待する。
「なぜ、ずっとわしの尻を擦っておるのじゃ?」
ルラの言葉にハイドラットは己の手の位置を確認する。
手は自分の腰の上……にあるルラの尻の上にあった。
本当に自分の腕だろうか?
上下に動かして確認する。
若干硬いが良い触り心地がする。
うん、自分の腕だ。
「人はな、不安になったとき、安心を他人に求めるんだ。」
「つまりおぬしは、今、不安であり、わしの尻を擦ると安心するということじゃな。
ふん、ならいくらでも擦るがよい。」
鼻を鳴らし、言い放つルラ。
その顔はどこか誇らしげである。
それを見てハイドラットは適当なことを言ったのは黙っておこうと決めた。
通路の奥の全身鎧に目を向ける。
あの小鬼魔術師がどれほどの強さであるかわからないが、最低でも先ほどのカーナ級魔法をあと2、3は放つことはできるであろう。
大広間を抜けるためにも火球に耐えうる防具が欲しいところだ。
盾はどうだろうか?
高さは2m程あり、全身をカバーできる。
矢は勿論、火球すら耐えれるかもしれない。
盾を持ち上げようとしたが重すぎで持ち上がらなかった。
盾を使うことを諦め全身鎧を調べることにする。
全体を装備することはできないが、部位ごとに分ければハイドラットでも装備できるかもしれない。
肝心なのは小鬼魔術師に魔術を使わせること。
素早く近づいて切り伏せたいところだが、魔術師の隣には先ほど戦闘で動かなかった小鬼がいる。
盾を所持していたところを考えるに魔術師を守るための防御役であると予想できる。
ハイドラットには攻撃力が欠けているので押し切れない可能性がある。
その場合、防御役に足止めをされ、弓兵と魔術師の攻撃を受けることになる。
1匹の弓兵の使える矢の本数は15本。先の戦闘で30本以上は飛んでこなかった。
ハイドラットが奥通路に隠れてまだ数分。
新たに調達する時間はないはずだ。
一度撃ったものが全て使えても30本が限度、それ以上はない。
先の失敗を活かし矢を回収させなければ弓兵は無力化できる。
全身鎧を調べとようとして中身が空洞ではないことに気がつく。
「中身があるのか…。生きているわけじゃないよな?」
ハイドラットは鎧を叩く、空洞ならではの反響音は聞こえない。
「おぬしよ。こやつ、模造人形かもしれん。模造人形ならわしの力で動かせるかも知れんぞ。」
ルラが何かに気づたのか声を掛けてくる。
「模造人形って初めて聞くんだが、なんか知ってるのか?」
「ゴーレム知っておるかの?
模造人形というのはゴーレムをより生物の形に近づけたものの総称じゃ。
ゴーレムより複雑にできておる。」
「ゴーレムって命令すると動く人形だよな?
ってことはこいつも命令すると動くのか?」
「うむ。
完全自立型の自律人形だと厄介じゃが模造人形なら、
わしでも所有者権限の書き換えができるはずじゃ。」
さらっと、とんでもないことを言った。
所有者権限を書き換える。
つまり、元々の所持者から命令権を奪うということだ。
もし、それが自由にできるのであれば、この幼女は全てのゴーレムを従えることができることになる。
「そんなことできるのか?」
「言ったじゃろ。
わしは、養ってもらう条件として、おぬしの役にたって見せると。
これで証明してみせよう。」
断言する幼女。
どの道、現状では手詰まりだ。
なら、任せてみるのも良いかもしれない。
「どうすればいい?」
「こやつの腹の辺りに触りたい。」
ハイドラットはルラが鎧に触れられるように鎧に近づく。
ルラはハイドラットの肩口から少し乗り出し右手を伸ばす
鎧に触れると目を閉じ意識を集中し始めた。
深く息を吸う。
呼吸が止まる。
次の瞬間、カッと眼を開いたかと思うとルラの全身が淡く光り始める。
銀髪の毛が重力を忘れたかのように浮き立つ。
右手の甲に白く輝く文様が現れそこから幾筋もの線が身体へと伸びている。
その線を辿り彼女の身体から右手へと光が流れ込む。
ルラの手が触れている鎧の上に何かの模様が浮かび上がったと思ったら砕けて消えた。
そこにそれまでルラの右手の甲にあった文様が刻まれた。
文様が消えるとともにルラを包んでいた光も消えた。
「今のは…。」
「ふむ、命令権を書き換えた。
これでこやつにおぬしの言うことを聞かせることができるぞ。」
ハイドラットの疑問に浅く息を切らしながらルラが言う。
「慣れぬから消耗も大きいの。
命令したら休むから何をさせるか言うが良い。」
ハイドラットは少し考え、命令を口にする。
することはただ一つ。
「大広間に居る輩を殲滅せよ。」
模造人形に命令が下る。
それを言い切った背後のルラの力が抜ける。
どうやら、力尽きて寝てしまったようだ。
それと同時に人形が小鬼を殲滅するべく音を立てて動き始めた。