蹂躙
いったいどれくらいの時間、放置されていたのだろうか。
全身鎧の模造人形は、けたたましく甲高い音を響かせながら関節を曲げる。
不動だった直立体勢からゆっくりと右足を一歩。
そして、左足が…
出なかった。
そのまま出した右足の膝が折れ曲がり、片膝立ちになる。
「あっ、壊れたか?」
ハイドラットは、片膝を突き、「ギギギギッ」と詰ったような異音を立て止まったままの模造人形を見上げる。
仮にこれが神々がこの地にいた頃に造った人形だったとしても、時間の経過には敵わなかったということだろうか?
ということは、その頃にあったという叡智は…。
そんな考えがよぎったが頭を振って否定する。
とりあえず、現状整理だ。
現状は、良ろしくない。
悲しいことに、地上では最弱とされている小鬼に追い詰められている。
まぁ、この迷宮に出現する小鬼は特殊なのだが。
今しなければならないのは、この大広間にある階段を上り3階層へと抜けることだ。
しかし、それを小鬼達に阻まれている。
通常であれば、なんの問題も無いのだが今回は、弓兵、魔術師、防御役という普段では、ほとんど見ることのできないレアな小鬼のオンパレード。
しかも、連携をとってくる。
背中に背負っているルラを一人置いていくのは先ほど却下した。
ハイドラット一人で戦うのには、相手が多すぎる。
そこで、気がついた。
なぜ、ルラを連れた状態で階段に行くのを辞めたのか。
それは、彼女の気配が隠し切れないからだ。
バレて必ず戦闘になると見越したから辞めた。
だが、今ならどうだ。
彼女は、意識を失っている。
つまり、ルラの気配は絶たれた状態だ。
小鬼と戦闘になったのは奇襲されたからだ。
今なら、彼女を背負ったまま小鬼達を通り抜けることができる。
ハイドラットは確信した。
そう考えれば、この動かない役立たずなゴーレムもどきもルラを眠らせるに役立ったといえる。
「ありがとよ、鉄屑。」
閉じられていた状況に光明を見い出したハイドラットはおもわず模造人形に向かって感謝を述べた。
バキンッ!
何かが外れた音がして、模造人形はハイドラットから首を曲げて顔を逸らす。
人形が照れたわけではない。
そのまま、首を逆に捻り、更に首を横に倒して右へ左へ。
先ほどまで鳴っていた異音は止んでいた。
模造人形は、自身の横に安置されていた盾と斧を確認するとそれを両手に掴み立ち上がる。
そして、歩き出した。
模造人形が戦うなら、それはそれで当初の予定通りだ。
ハイドラットは、邪魔にならぬよう避け後ろから見送ることにする。
模造人形は、関節が動くたびに高い音が鳴るが徐々に減っている。
そして、大広間へと出た。
とたんに、多数の火球が模造人形を襲う。
そりゃあ、あれだけ音を響かせていれば小鬼だって警戒する。
姿を出したところを襲われても当然といえば当然だ。
だが、あれだけの火球を受けたのにその全身鎧には傷一つ無い。
動く全身鎧は、小鬼達に向き直ると走り出した。
ハイドラットは、その戦闘を大広間の一番奥の通路から見ていた。
その内容は、なんと述べればいいのか判らない。
一方的な蹂躙だった。
小鬼の構成は
弓兵×2 魔術師×1 盾×2 短刀×1
戦いかたとしては、防御役の盾が相手を足止めし、遠距離から仕留めるのが主軸であろう。
だが、この全身鎧は火球をものともせず、弓も効かない。
この時点で小鬼達は詰んでいた。
模造人形の戦い方は滅茶苦茶で、まず走り出して最初にいきなり盾を投げた。
重量ある盾がとんでもない速度で降り注ぎ防御役1匹を圧殺。
向かってくる短刀持ちは障害にもならず、圧倒的な重量に踏み潰され轢殺。
魔術師を守る防御役は、斧の一撃で盾ごと両断された。
そして、斧の投擲で弓兵一匹が斬殺。
効かぬ相手に奮闘した魔術師は、自身の放つ炎に包まれて超高温となった鎧に掴まれ、残る弓兵を屠る為の砲弾となった。
あっという間の出来事だった。
小鬼達は黒い塵となって消えた。
命令を果たした模造人形は、その場に佇んでいる。
「強いのは分かったけど、盾と斧投げちゃだ駄目だろ…。」
初めて見たゴーレムの戦い方に思ったことを口にするハイドラット。
格式高き騎士を連想させる鎧を身に纏ったそれの戦い方は滅茶苦茶だった。
命令を実行することが優先で、ゴーレムに戦い方は、無いのかもしれない。
扱うにはもう少し慎重にやらねば痛い目をみそうだ。
だが、この強さ。素晴らしい。
おもわず笑みがこぼれる。
この模造人形があれば、魔物なんて問題にならない。
地上に持っていくと冒険者ギルドに取り上げられるだろう。
それは、避けたい。
ならば、ここに置いて行くのが得策か。
とりあえず、今、やるべきことはルラを地上に連れて行くこと。
そのためには、越えなければならない大きな問題が一つがある。
それをどうするのかは、考えながら行くとしよう。
ハイドラットは、階段を目指し歩き始めた。
すると、それまで佇んでいた模造人形が動き出した。
模造人形は、ハイドラットの前まで着て止まる。
「ん、どうした?」
人形は拳を合わせてゆっくりと高く掲げる。
「嘘だろ、おい!!」
その拳がハイドラット向かって勢い良く振り下ろされた。




