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召喚士リルナのわりとノンキな冒険譚  作者: 久我拓人
冒険譚その8 ~にんげんになりたかったモノ~

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~にんげんになりたかったモノ~ 12

 無音の死線上。

 誰一人として声をあげることなく結晶人形へと立ち向かう。ただ物音だけが山中に流れる。打撃音、裂傷音、墜落音、炸裂音、魔法音、拘束音、反響音、動向音、跳躍音。

 だがその音は全て誰の耳にも届かない。

 聴覚を無視してでも、その視覚を活かし、肉体を動かさなければ死が待っていた。

 誰かがゴーレムの腕を斬りつける。もちろん、傷はつかない。その間にまた別の誰かが胴体の欠けた部分に刃を捻じ込んだ。

 次の瞬間、その二人は地面と平行に吹っ飛ぶ。

 何が起こったのか、周囲に理解している者は少ない。それでも、腕をふりあげたクリスタルゴーレムの刹那の隙にむかって、冒険者たちは無言の連携を繰り出す。

 誰かを犠牲にした行動。

 サヤマ女王が、一番やりたくなかった冒険者たちの行動。


「すまない!」


 声が響いた。

 と、同時にゴーレムに地に沈む。背後からの女王の強襲。その一撃でゴーレムは地に倒れた。しかし、それは幻かのように、起き上がる動作を見せずに、いつの間にか立っていたゴーレムは女王へ拳を叩き込んだ。

 その背中へ冒険者が斬りかかる。遅れるように魔法が飛び交った。


「リーン君」


 そんな中――、リルナは召喚したホワイトドラゴンを見上げた。体は動かない。横には仲間の倒れた姿。地面を這いずりながら、ようやく完成した召喚陣。

 ホワイトドラゴン、リーン・シーロイド・スカイワーカーは彼女の召喚に応えた。


「リルナ。残念だけど、ボクじゃぁアレには勝てないよ。残念ながらボクはまだ子供だ。ママだったらなんとかできたかもしれないけど」


 ごめん、とホワイトドラゴンは頭を下げた。


「あはは……リーン君って、親のことをママって呼んでるんだ」


 地に伏せながら、リルナは笑った。


「冗談が言えるんなら、大丈夫そうだね」


 リーンはリルナの襟首を咥えると、背中へと乗せた。それでも、リルナはぐったりとしており、意識だけが覚醒している状態だった。


「何か作戦があるの?」

「ある」


 応えながらリルナは、マキナを発動させて魔方陣を描く。三重円に刻まれていく神代文字。中心に書かれたのは『魔』を意味した。


「お願い、レナンシュ・ファイ・ウッドフィールド」


 魔方陣が光り、文字が魔力に彩られる。全ての文字が光り、収束したそこには少女がひとり現れた。

 黒い魔女の帽子を目深にかぶり、同じく黒いローブで全身を覆った少女。サクラと契約し、呪いをかけた魔女。レナンシュ。


「……これって」


 喚び出され、その空気を感じたレナンシュは少しばかり帽子のつばを持ち上げて状況を確認した。そして言葉を失う。


「……私に死ねっていうの?」


 リーンの上でぐったりとしているリルナに、レナンシュは静かに言った。


「だいじょぶ。召喚された者は殺されても召喚術が解けるだけ。元の場所に戻るだけだから」


 召喚された者の体は、元の体とイコールではあるが、因果は存在しない。例え召喚先で殺されたとしても、魔法が解けるだけで損害はゼロとなる。

 ただしペナルティがあった。


「その代わり、レナンシュを構成する魔力がわたしから消費されるの」


 つまり、魔力がゼロになる、ということだった。

 例え小さく力の無いレベル0のモンスターであるポップンであっても、召喚し失われれば、リルナの魔力はゼロまで消失する。よっぽどの大魔法使いではない限り、ひとつの命に代替できる魔力など、持っている者はいない。


「それで……私は何をすればいいの?」

「拘束魔法を」

「無理よ。私程度じゃ、あんなの止められない」

「ん~ん。使うのはゴーレムじゃなくて、リーン君に」


 え? と召喚されたドラゴンと魔女は疑問の声をあげた。


「けほっ……ん、空に、大きな魔方陣を描く。召喚陣は、正確じゃないと発動しない。だから、レナンシュの拘束魔法でリーン君の足を拘束する。ここを基点として、コンパスの要領で、真円を三つ描けば、だいじょうぶ」


 なるほど、とリーンはあきれたように呟いた。レナンシュも複雑な表情を浮かべてから帽子を目深にかぶりなおす。


「……サクラは?」

「わかんない。たぶん、どこかにいる」

「そう。分かったわ」


 作戦の了解は得た。

 リーンはリルナを乗せたままフワリと浮かび上がる。そして一気に森の木々よりも高く飛び上がった。


「リビー・バインド」


 上空に向かったリーンの足に、レナンシュが顕現させた魔法のツタが絡みつく。地面から伸びるそれは、彼をその地に縫いつけようとするが、ホワイトドラゴンという存在はそれを否定した。


「リーン君」

「任せて」


 リルナは右手を上げる。その指先は魔力の光が宿った。文字を描く為だけの、力なき無力な魔法……ペイント。

 光る線が、夜空に線をえがいていく。

 一つ目の円が完成した。

 冒険者のひとりが、倒れながら空を見て、それに気づいた。

 二つ目の円が完成した。

 幾人かの冒険者が、それに気づいた。

 三つ目の円が完成した。

 クリスタルゴーレムが、それに気づいた。

 夜空に描かれた三つの真円。その中心地にいる、小さな魔女。無いはずの視線が合った気がして、魔女はドラゴンと大地をつなぐ拘束魔法を解除した。

 同時にクリスタルゴーレムは動いた。背中に切りつけられるのも厭わず、不穏な動きを示す存在を排除しに動いた。

 地を蹴り、一瞬に距離をつめて、拳を振り下ろす。

 その一撃は、果たして地面を叩くのみ。大地がめくれ上がり木々の根が断裂するのみで、小さな魔女の肉体は、その場には存在しなかった。


「わたしが召喚した子を、倒せると、思ったら、大間違いだっ」


 ふへへ、と笑いながらリルナは下界を見る。そこにはクリスタルゴーレムがいて、こちらを見上げていた。リルナだけでなくリーンも言葉を失う。恐怖で体が凍りそうになるのを懸命にこらえて、リルナはペイントとマキナの魔法を起動させた。

 今にも跳びあがってきそうなゴーレムを、サヤマ女王が背後から攻撃。その応対に追われる様を見ながら、リーンはリルナの言うとおりに移動していく。

 夜空に描かれていく巨大な魔方陣。リーンの体の揺れを考慮しながら正確に刻まれている神代文字が次々に完成していく。

 それをフォローするかのように、クリスタルゴーレムの動きをその場で固定させる冒険者たち。彼らは一度、召喚陣を見ている。だから、小さな召喚士の少女が何かをしようとしているのに気づいた。

 流動的な現状を、決定づける力。

 右手に結びつけた青いスカーフが風にはためく。リボンのように結んだ、父親の形見。それがなぞるように、魔方陣は完成した。


「でき、た」


 下界に呼びかける力なんか残ってはいない。

 力なく笑ったリルナは、躊躇なく魔法陣を発動させる。その中心に刻まれた文字は『物質』を表す神代文字。

 光が溢れ、収束したそこに顕現したのは――、

 巨大な岩だった。

 森に到着するまでに休憩した場所でリルナが見つけていた巨大な岩。本拠地そのものを押しつぶしかねない、巨大な一枚岩。

 冒険者になったあの日。ゴブリンの住処を塞いだ岩よりも、遥かに巨大な岩が夜空に顕現した。

 見上げるクリスタルゴーレム。

 その周囲には、すでに冒険者たちの姿は無かった。

 ただ、瞬時の拘束魔法。たったの一秒も止めていられない魔法が、ゴーレムの足を封じた。

 あとは、自然に任せるだけだった。

 巨岩は空中に顕現された。だから、下へと落ちる。真下にいるクリスタルゴーレムを押しつぶそうと、落下する。


「でも、リルナ」


 この程度じゃぁ、とリーンは呟いた。

 次の瞬間、巨岩は地面へと到達する――代わりに、真っ二つに割れた。

 拳を突き上げるクリスタルゴーレム。

 あの化け物が、この程度の岩に押しつぶされる訳が無い。

 だから、リルナは応える。


「知ってる」


 そのまま、彼女はリーンから落下した。

 巨大な岩の、割れた先に向かって。

 夜空から、飛び降りる。

 その右手に、身体制御呪文『マキナ』を発動させて、決して離さないように、倭刀『キオウマル』を握って。

 空から、クリスタルゴーレムに向かって、墜落する。

 巨岩を殴り割るような化け物でも、その割った瞬間は絶対に動けない。振り上げた拳が打ち砕いた岩。その重さに比例するだけの力が、クリスタルゴーレムにもかかっている。

 だから動けない。

 その瞬間を、リルナは自分で作り出した。

 だからあとは、上から落ちるだけでいい。


「――ぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああ!」


 風を切り、みるみる迫る地面と化け物。

 それらの恐怖に打ち勝つための絶叫をあげながら、リルナは倭刀を突き出した。

 突き出した拳を避け、表情の無い、存在しない顔をめがけて、伝説級の倭刀を、全体重を乗せて、全力全開で!


「あああああああああああああああああああああ!」


 刺し穿った!

 倭刀はそのままクリスタルゴーレムの頭へと突き刺さる。そのまま胸まで到達し、まるで串刺しのような姿となった。


「ぐぇっ――……」


 リルナはそのままクリスタルゴーレムの肩にぶつかり、地面へと叩きつけられる。もともと動かない体は、そこから意識すらも手放した。


「ようやった」


 そんなリルナに、その言葉は届いただろうか。誰よりもその瞬間に駆けつけ、倭刀『クジカネサダ』をもってクリスタルゴーレムの突き上げたままだった右腕を斬りおとしたのは、サクラだった。


「娘の自慢の友達だ」


 左腕を破壊した一撃は、サヤマ女王だった。その一撃は渾身の一撃だったのだろう、彼女の指も奇妙な方向へと折れ曲がった。

 そして、冒険者が殺到する。

 一人ひとりが、全力で各々の武器を構え、突撃した。

 クリスタルゴーレムの胸に。

 欠けた場所を狙って。

 数多の冒険者の一撃が、化け物が停止し、バラバラに砕け散るその一撃となった。


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