~にんげんになりたかったモノ~ 11
「欠けた?」
その一報が入ったとき、本拠地で待機していた冒険者たちはワッと声をあげた。
何が欠けたのか、そんなものは聞く必要もない。クリスタルゴーレムの一部分が欠けたのだ。リルナが到着してから三日目の夜。ようやくとばかりに攻撃の成果が出始めた。
怪我人は続出しているが、奇跡的に死者は出ていない。それは神様の気まぐれかもしれないし、女王の力なのかもしれない。
「ともかく、ここからは早いかもしれんのぅ」
女王の娘として、ゴーレムに挑む冒険者を激励する、という士気を上げることに従事していたメロディは、ホッと胸の奥から息を吐き出した。
「どうして?」
メロディに水を持ってきたリルナはその言葉の真意を聞いた。
「今までは外側に攻撃していたのじゃが、これからは内部に攻撃できるわけじゃ。つまり、盾に守られた内側じゃな。本体に攻撃できるということは、ダメージがようやく通るという話じゃ」
なるほど、とリルナも頷いた。
「どうやら無事に終わりそうだね」
「うむ。ただし、油断は禁物じゃな」
がんばろー、とリルナとメロディはハイタッチする。
暗く沈んでいた冒険者たちにも希望の色が見え始めた。いつまで経っても見えてこなかったゴールが、ようやく姿を現した。あとは、その目標に向かって進むだけでいい。
リルナは盛り上がる冒険者の中を移動して大精霊の元へと移動した。休憩中の冒険者が悪乗りして、簡易的な祭壇ができており、その中でウンディーネとサラディーナが休憩していた。水と炎の簡易神殿。精霊信仰者の心の支えにもなっていたので、文句を言うわけにもいかず、リルナは苦笑するしかなかった。
「ウンディーネ、サラディーナ、もうすぐ倒せるって」
その言葉を伝えにきたのだが、二人はすでに知っていたらしくその表情を厳しいものにしていた。
「良くないですね~」
「え?」
ウンディーネの言葉に、リルナは聞き返した。
「空気と言いますか、雰囲気が危なげです」
「どういうこと?」
サラディーナが答える。
「慣れだ。そして、弛緩したというべきだな。リルナ、さっきホッとしなかったか? もうすぐ終わると期待しなかったか? それから、ここに来たときと今では、確実に状態が違うだろう?」
「状態が違う……」
そういえば、と思い出す。
初めてこの場を訪れたときは、息をするのも慎重だった気がする。笑顔なんか、どうやって浮かべるのかすら忘れてしまったかのような空間だった。
それが今、普通に笑えて、普通に生活できる。疲弊しているとはいえ、体の調子は悪くはなかった。
「つまり慣れてしまったんだよ、人間のみんな。そこが良いところでもあるし、悪いところでもある。ニンゲンもドワーフもエルフも獣耳種も有翼種も、それから蛮族でさえもそうなんだから、しょうがないんだけどね」
サラディーナはそう笑う。
「今、この瞬間が危ないです。どうかリルナさん、気を引き締めて」
ウンディーネの言葉に、リルナは頷いた。
大丈夫だよ、という言葉を飲み込む。その言葉こそ、他人任せの油断しきったものだ。たとえこの場所に女王がいようとも、連戦無敗の冒険者がいようとも、その誰よりも強いのがクリスタルゴーレムだ。
「ありがとう、大精霊様」
簡易神殿に手を合わせて礼をする。精霊信仰者の真似だが、ウンディーネとサラディーナは表情を引き締めて頷いた。
続けてリルナはサクラの姿を探す。この話を一番しないといけないと思ったのが、サクラだった。
「きっと油断しきっているに決まっている」
そんな勝手な考えで本拠地たる場所をキョロキョロとした時。
遠くから、悲鳴と轟音が聞こえた。
「え――」
その場の全員が動きを止めた。
そして、全員が同じ方向を見る。
なにかが近づいてくる。
何か? 冷たい何か。そう、何か恐ろしいモノが近づいてくる。
「――」
自然と体がこわばってくる。
リルナの手は、自然と腰の後ろに吊るされた倭刀の柄に伸びた。何も手に持っていない、という状況が怖かった。無手で、あの何かの前に立つのだけは、無理だった。それだけで意識を失いかねないほどの恐怖を想像できた。
体が動かない。
状況を判断しろと、視線だけは目まぐるしく動く。どこに何があって、動ける範囲はどれほどあって、誰がどこにいて、武器の在庫はどこにあるのか、アイテムはどこに置いてあるのか。
それらを脳が勝手に判断した。
何の為か?
生き残る為だった。
「ぎゃあああああああああああ!」
悲鳴が近くなる。物音が近くなる。同時にリルナの心音は早くなり、冒険者たちの動きは凍る。早く動かなければならない。だが、動けなかった。
本当にそうなのか? という疑問が体が動くことを否定していた。
もうすぐ倒せるんじゃなかったのか。その事実が、更に動きを鈍くしていた。
響く轟音。
同時に、本拠地に何かが降ってきた。ぐしゃん、と物資の入った木箱を押しつぶし、墜落したそれは、果たして人間だった。
生きているかどうかは分からない。ただ、その冒険者はすでにピクリとも動かなかった。
しかし、キッカケにはなる。それをスタートの合図にして、冒険者は動き始めた。
「リリアーナ……!」
リルナもようやく動き出した足で、仲間の姿を探す。この集団の中で唯一の非冒険者。彼女は回復魔法が使えるだけで、ただの一般人だ。訓練も受けていない、戦闘経験も無い。ただの娼婦。
「ま、守らなきゃ――」
冒険者ではない彼女を、冒険者みたいな最期を迎えさせちゃいけない。彼女の、その綺麗な白い翼を見つけて移動しようとした時。
その姿は現れた。
クリスタルゴーレム。
半身を覆っていた人間の皮は、すべて剥ぎ取れていた。その部分は劣化が少なくより澄んだ透明をしていた。
欠けた、という報告通りにゴーレムの胸には割れたように一部分が窪んでいた。無数の傷跡にすっかりと透明感はなくなっていた。欠けた部分からは内部が見えているが、中に何があるわけでもなかった。純粋にクリスタルが魔法で動いている。そう思わせる充分な状況だった。
「あっ」
クリスタルゴーレムに斬りかかる冒険者がひとり、殴り飛ばされた。それをスタートし、クリスタルゴーレムが本拠地に襲い掛かる。
悲鳴はあがらなかった。悲鳴などあげているヒマなど、無かった。何らかの行動を起こさなければ、即座に死が待っている。
リルナはリリアーナの元へと急ぐ。彼女は、ただ呆然とゴーレムを見ているだけで、動けていなかった。
「――」
声は出せなかった。もし、自分の声をキッカケにして、クリスタルゴーレムの注意を引き付けたとなると、どうしようもない。
リルナが走る間にも、幾人もの冒険者が地面へと沈む。ゴーレムの目標はランダムにも思えた。ただただ目に付いた人間を遅い、攻撃を仕掛けてくる冒険者を迎撃する。
だからだろうか。
それとも、運が悪かったのだろうか。
リリアーナの、綺麗な白い翼は、目立つ存在だった。
のっぺりとしたクリスタルゴーレムの、存在しないはずの視線が、リリアーナを捉えたのを知覚した。
「リリアーナ!」
声をあげた。
逃げて、という思いを込めて。間に合え、という思いを込めて。
リルナは叫び、全力でリリアーナの前へと立った。
「させぬ!」
それは、メロディも同じだったのだろう。リルナと同じ考えで、リルナと同じ目的で、リルナと同じ思いでもって、メロディはリルナの前に立った。
まるで冗談みたいなゴーレムの速度。まばたきすらしていないのに、その姿は一瞬にして目の前にせまった。
「っ」
声を出す暇もなく、ゴーレムの腕がメロディへと繰り出された。人間とはまるで違った殴り方。人形特有の体の連動しない、腕だけを引き、そして打ち出す行為。
その攻撃意思に反応して、メロディの装備しているヴァルキリーシリーズの魔法が発動する。オートガード。魔法の壁がメロディの前に展開された。
青く半透明の薄い壁。
クリスタルゴーレムの拳がそれに触れた瞬間――、
割れた。
「 」
言葉は無い。その驚きにメロディはおろか、リルナでさえも言葉は出なかった。あとに待っているのは、衝撃だった。
クリスタルゴーレムはメロディの体を容赦なく殴った。その小さな体は後ろへと吹っ飛ぶ。すぐ後ろのリルナは、メロディの体を受け止めきれず、二人で一緒にリリアーナへとぶつかる。
それでも、止まらなかった。
メロディ、リルナ、リリアーナの三人は、後ろへと大きく重なるようにして本拠地を飛んだ。そのまま折り重なるように地面を滑り、止まる。
「……だ、だいじょ、ぶ?」
まるで体の中をぐちゃぐちゃにされたみたいな衝撃に、リルナは耐えた。それでも体は動かない。なんとか声を出して、自分の上に乗っているメロディに声をかける。
返事は無い。
「り、りり、あーな」
自分の下にいる、リリアーナに声をかける。
返事は無い。
だが、二人とも生きているのは分かった。
「ぐ、う、う、うぅ」
呼吸をするのも苦しい中、リルナは身体制御呪文マキナを発動させる。動かないはずの体を無理やり動かしてメロディを横に転がし、リリアーナの上から移動した。
「しんで、たまるか」
痛み意外の感覚がない。それでもリルナはペイントの魔法を発動させる。地面を這いながら、左手で地面を引っかきながら体を動かし魔方陣をえがいていく。
「まだ、わたしは、なにもして、ない、んだから!」
立ち上がれない体で、それでも精一杯に腕を伸ばして。
召喚士リルナは、召喚陣を発動させた。
その中心に書かれた神代文字。
それは『ドラゴン』を表す文字だった。




