5歳の鑑定の儀
初めての投稿です。
よろしくおねがいします。
その日、少年はいつもより早く目を覚ました。
「お母様、今日はなにがあるの?」
寝室に差し込む朝日を眺めながら、少年は母親に尋ねた。
母親は優しく微笑み、少年の髪を整える。
「今日はあなたの大切な日なのよ。たくさんの人が、あなたに会いに来てくださるわ」
「たくさん?」
「ええ。だから、今日はいい子にしているのよ」
「うん!」
少年は元気よく頷いた。
五歳になったばかりの彼にとって、今日は少し特別な日という程度の認識しかなかった。
自分が何者なのか。
これから何を期待されるのか。
そして、今日という日が自分の人生を大きく変えることになるのか。
そんなことなど、知る由もなかった。
少年が生まれたのは、代々名門として知られる人間族の貴族の家だった。
長い歴史を持つその家は、幾人もの優秀な魔法使いを輩出し、王家からも厚い信頼を寄せられていた。歴代の当主は強大な魔法を操り、一族の名声を高めてきた。
そして今、その期待は長男である少年へと向けられていた。
現当主である父親は、息子にもまた、偉大な魔法使いとして家を継いでくれることを望んでいた。
母親も、親族たちも、家臣たちも同じだった。
少年が五歳を迎えた今日、能力鑑定の儀が執り行われる。
この世界では、五歳になると能力スクロールと呼ばれる魔道具を使い、その者の属性適性や魔法に関する能力を鑑定する。
どのような属性に適性があるのか。
どれほどの魔法の才能を持っているのか。
その結果は、本人の将来を考えるうえで重要な指標となる。
ましてや、名門貴族の跡継ぎともなれば、周囲の期待は並大抵のものではなかった。
――きっと、素晴らしい結果が出るだろう。
誰もが、そう信じていた。
◇
儀式の間には、一族の主要な者たちが集まっていた。
壁には家の紋章が掲げられ、室内の中央には鑑定用の台座が置かれている。その上に、古びた一巻きのスクロールが静かに横たわっていた。
少年は父親に手を引かれ、広い部屋へと足を踏み入れた。
大勢の大人たちが自分を見つめている。
少し緊張したものの、少年はすぐに好奇心を覚えた。
「お父様、あれはなに?」
「能力スクロールだ。お前の持つ力を明らかにしてくれるものだ」
「ぼくの力?」
「ああ」
父親は息子の肩に手を置いた。
「お前は我が家の長男だ。いつか、この家を背負って立つ人間になる。その第一歩が今日なのだ」
言葉の意味を、少年は十分には理解できなかった。
それでも、父親の声がいつもより真剣であることはわかった。
少年は小さく頷く。
「がんばる!」
その無邪気な返事に、集まった親族たちの間から微かな笑い声が漏れた。
父親も口元を緩めた。
このとき、この場にいた誰一人として、少年の将来を疑ってはいなかった。
「それでは、鑑定を始めます」
儀式を担当する魔法使いが告げた。
少年は台座の前へ進み、言われたとおりにスクロールへ手を添えた。
直後。
淡い光が、スクロールの表面を走った。
文字と紋様が浮かび上がり、儀式の間を照らしていく。
火。
水。
雷。
土。
風。
無。
光。
闇。
八つの属性を示す紋様が、ひとつずつ現れた。
最初に気づいたのは、鑑定を担当する魔法使いだった。
「……これは」
彼の声が途切れる。
周囲の者たちが顔を見合わせた。
紋様は消えなかった。
八つすべてが、確かに光を放っていた。
「ばかな……」
誰かが呟いた。
人間族が得意とする属性は、一般に火と雷である。八属性すべてに適性を持つなど、少なくともこの場の者たちが予想していた結果ではなかった。
やがて、驚きはざわめきへと変わった。
「全属性だと?」
「本当に八つすべてなのか?」
「これほどの適性が……」
父親は目を見開き、スクロールを凝視していた。
母親は口元に手を当て、瞳を潤ませる。
一族の者たちの顔に、歓喜と興奮が広がっていく。
これは、家の歴史に残る才能かもしれない。
そう誰もが思った。
だが。
スクロールの光が静かに収まると、最後の鑑定結果が浮かび上がった。
そこに記された文字を見た魔法使いは、今度こそ言葉を失った。
長い沈黙。
「……どうした。結果を読み上げろ」
父親の声が、儀式の間に響いた。
魔法使いは一度だけ息を呑み、ゆっくりと口を開いた。
「属性適性……全八属性」
一瞬、室内が明るく沸いた。
しかし、その声は次の言葉によって途切れる。
「使用可能魔法階級……初級」
静寂が落ちた。
誰も動かなかった。
「……今、なんと言った?」
父親が低い声で聞き返した。
「初級魔法まで、と表示されています」
「そんなはずはない」
親族の一人が立ち上がった。
「全属性への適性があるのだぞ。鑑定に誤りがあるのではないか?」
「スクロールは正常に作動しています」
魔法使いは困惑を隠せない様子で答えた。
「もう一度、確認しろ」
「はい」
魔法使いは再びスクロールに手をかざした。
マナが流れ、光が走る。
浮かび上がった結果は、変わらなかった。
全属性。
初級まで。
父親の表情から、先ほどまでの喜びが消えていた。
母親もまた、息子とスクロールを交互に見つめている。
「どうして……」
彼女の声は、誰にも届かないほど小さかった。
少年は大人たちの様子を不思議そうに眺めていた。
自分が八つの属性を使えることは、すごいことらしい。
けれど、どうしてみんな、急に黙ってしまったのだろう。
「お父様?」
少年が服の裾を引いた。
「ぼく、えらかった?」
その言葉に、父親はすぐには答えられなかった。
期待していた。
誰よりも優れた魔法使いになると、信じていた。
全属性という才能は、その期待をさらに膨らませた。
だからこそ、初級という結果を受け入れられなかった。
父親はしばらく息子を見つめたあと、静かに答えた。
「……ああ。よく頑張った」
その声は、いつもよりも硬かった。
少年は笑顔になった。
「えへへ!」
嬉しそうに笑う幼い息子を前に、父親はそれ以上、何も言えなかった。
その日。
名門貴族の長男として大きな期待を背負って生まれた少年は、全属性という類まれな才能を持ちながら、初級魔法しか使えないという結果を突きつけられた。
それが何を意味するのか、少年はまだ知らない。
自分がなぜ中級以上の魔法を使えないのかも。
この鑑定結果が、これからの人生をどのように変えていくのかも。
ただひとつ確かなのは――
この日を境に、少年を見る人々の目が、少しずつ変わっていくということだった。
ありがとうございました。




