2.【面談】日本語ペラペラなハリウッド教官
俺が待たされている部屋は再び真っ白だった。壁も床も天井も真っ白。椅子も真っ白。机も真っ白。クリームっぽい白じゃなくて、今度は本当に真っ白。雪みたいな白。目が痛くなるくらいの白。
俺は白い椅子に座って、何もない白い壁を見つめていた。スマホがないってこんなにも退屈なのか。時計もない。窓もない。何もない。
時間の感覚がおかしくなってくる。5分なのか、30分なのか、もしかしたら3時間くらい経ってるのかもしれない。
俺は椅子から立ち上がって、部屋の中をうろうろ歩いてみた。5歩で壁。振り返って5歩でまた壁。狭い。
ポケットに手を突っ込もうとしてーあ、そうだ。スマホないんだった。
これで軽く絶望するのも30回目くらい。死んでも暇は続くのか。マジで地獄じゃん。
そう思った瞬間、コンコンとドアがノックされた。
「886番様、失礼いたします。」
聞き覚えのある声。さっきの地味なお姉さんだ。ドアが開くと、真っ白いスーツのお姉さんが入ってきた。相変わらず無表情である。そして、その後ろには——。
「……おお。」
思わず声が出た。これは予想外過ぎた。お姉さんの後ろには、とんでもなくデカい外国人女性が立っていた。
おそらく身長は170cmを軽く超えているだろう、圧倒的な長身だ。バシッと着こなした高級そうな紺色のスーツ。鍛え上げられた肩や二の腕は、今にもスーツの生地を突き破りそうなほどだ。彫刻のように整った顔立ちに、透き通るような碧眼。
若干ウェーブかかった明るいブロンドヘアは無造作にポニーテールにされている。
ハリウッドのアクション映画からそのまま抜け出してきたような女性で、多分年齢は30代ぐらいだと思うけど……まるでガンつけてるように俺を睨みつけている。ボディガード?女社長?
異文化交流が俺の修行…記憶がないが確信している。俺は絶対英語できる人間じゃない。
「は、はろー?」
「理解できる。普通に話せばいい。」
「あ、マジ?」
まるで吹替音声みたいにハリウッド女優はとてーも、滑らかに、日本語をしゃべった。
すげーなおい。
「こちら、886番様です。この方があなたの教官となります。」
「うっす、あ、えーっと、トモって呼んでください。」
「どうも。」
お姉さんの紹介に合わせて、俺はぺこりと頭を下げる。
挨拶は肝心……でも俺の教育係、全然クスリともしねーし、何なら名乗らねえな。
「教官様があなたを守護霊アシスタントとして働く研修場へとご案内します。よろしくお願いいたします。」
「ありがとうございます。」
「お姉さんありがとうね!じゃーねー!」
お姉さんは一瞬だけニコッとして、今しがた来た扉へと去っていった……よしよし、笑顔を引き出せた俺の勝ちである。教官は無言で、真っ白い部屋の奥にあるもう一つのドアへとスタスタ歩いていく。俺も慌てて後を追った。
「あの、日本語ペラペラっすね。どこ出身なんすか。」
「関係ない。言語は現世の概念だ。ここでは関係ない。」
教官は歩きながら、振り返りもせず答えた。
「……現世の概念?」
「お前が今、日本語で話しかけて私が日本語で答えているのは、お前がそう認識しているからだ。ここでは魂が直接情報を交換する。言語はその時々で、相手が最も理解しやすい形に変換されるだけだ。」
「……え、じゃあ俺が英語で話しかけたら?」
「同じだ。」
「……すげえ。じゃあ俺の英語力、死んだ瞬間に上がったってこと?」
「上がってない。お前の魂が日本語を使っているだけだ。」
「……なんか、損した気分っすね。」
教官は何も言わなかった。廊下を抜けて、教官が立ち止まった。俺も隣に並んだ。
「守護霊アシスタントの仕事について説明する。守護霊の仕事とは、生きている人間がより良い人生を歩めるように導くことだ。常に担当者を見守り、五感を刺激して前に進ませる。担当者が自分で選んだと思うように、自然に誘導するのが基本だ。」
どこまで続くんだ、この廊下。一向に曲がる気配がない。
「そして、良い人生とは楽な人生ではない。成長が続き、魂が磨かれていくことだ。困難も挫折も、すべて魂を磨くための過程だ。守護霊はそれを見守り、必要な時だけそっと後押しする。」
……なんかブラック企業の教訓みたいだな。
教官はしばらく無言だった。真っ白い病院みたいな廊下には俺たちの足音だけが響いている。
「……死ぬことは、現世では悲しいことだと思われている。」
俺は思わず教官の顔を見上げた。
「だが、決してそういうわけじゃない。現世というのは、醜い魂が有象無象している世界だ。欲望、嫉妬、恐怖……そういったものが渦巻いている。」
教官は前を向いたまま続けた。表情は変わらない。
「だから、君は魂だけの美しい世界に戻ってきた。ここは魂の訓練所だから極楽浄土ではないが、現世よりも物事に集中できる。余計なものが少ない分、本質が見えやすいし頑張ればしっかり結果も出る。」
「んあ~、あ~?そう、なんすね?」
教官の横顔を盗み見た。相変わらず無表情だ。でも、さっきまでと少しだけ何かが違う気がした。声のトーンでも、表情でもない。
なんとなく、これは教官が俺に説明しているんじゃなくて、自分自身に言い聞かせている言葉な気がする。
何度も繰り返してきた言葉みたいな、そういう感じがした。教官は立ち止まり、目の前の扉に手をかけた。
「着いた。」
ギィィ……と重い音を立てて、扉が開く。
途端に、湿った埃と煙草の匂いが流れ込んできた。
…魂だけの美しい世界?




