1.【書類落ち】極楽浄土より、お祈りメールを添えて
まぶたを通してみる世界は薄い黄色の光で満たされている。あたたかい。
身体が芯からあたたまるこの感じをずっと感じていたかった。
『~~~番号、886番でお待ちの方。受付カウンター2番までお越しください。』
遠くで女性のアナウンス音が聞こえた。
気分が良く、このままぼんやり目をつぶっていたかったけど、そういうわけにもいかない。
起きないと。
…待て、俺は今どこにいるんだ?
頭から指令が下りたかのように目を開けた。目の前に広がっている光景は、クリームっぽい白い色の床、クリームっぽい白い壁、クリーム白の机、クリーム白椅子。俺はクリ白のソファに座っていた。
俺の視界の先に整然と並ぶまた白いカウンター。その上部にはアクリル板に似た透明なプレートが規則正しく吊るされている。
そのプレートには黒色で書かれた数字。左から「1」「2」「3」「4」「5」と数字が並び、長いカウンターはそのプレートに合わせて、これまた白い壁によって仕切られていた。
郵便局とか市役所によくある光景だ。俺以外にも何名か、ソファに座っている。ぼんやりどこ見ているかよく分からないじいちゃん、少し不安げにソワソワしているばあちゃん。
ソファの間を駆け回る子供何人か、そして天井を飛び回っている蛍光黄色のインコ。そしてインコを捕まえようと必死に追いかけているサラリーマンのおっさん。
「お待ちください!お待ちくださ~い!」
『繰り返しお呼び出しします。番号、886番でお待ちの方。受付カウンター2番までお越しください。』
俺は反射的に自分の手の中を見た。
手の中にはくしゃくしゃになった小さい紙があり、そこには機械的な文字で「886」と印刷されていた。
「あ、俺です俺。」
俺はそう言いながら、2番のプレートの下にあるカウンターまで行った。右隣には紺色のスーツを着た中肉中背の男、左隣には誰もいない…かと思いきや、今しがた飛んでいた黄色いインコが机の上に止まった。
「番号札いただけますでしょうか?」
2番カウンターには真っ白いスーツに真っ白いブラウスを着ている地味なお姉さんが座っていた。俺がシワシワの番号札を渡すと、お姉さんはそれを見て一瞬顔をしかめたがすぐに無表情になった。
「現世でのお勤め、お疲れさまでした。こちらは中央霊魂輪廻管理庁でございます。」
「ちゅうおうれい…」
「皆様が言うところの天国でございます。」
「...あ、俺、死んだ感じですか?」
「そうですね。」
「あー…あれ、俺死んだ記憶ないですけど...というか、死ぬ前の記憶も何もないな。」
お姉さんはカタカタとキーボードを打ちながら、こちらを見ずに変わらず淡々と答えた。
「こちらでは、現世の記憶はお持ちいただけません。魂がこちらに移行する際に、現世での記憶はすべて消去されます。氏名、経歴、人間関係、その他一切。公平な審査のために必要な措置です。」
「全部?」
「全部です。」
「はえー。」
俺はしばらくその言葉を咀嚼した。記憶がない、という事実はなんとなく分かっていた。でも、消されたと言われると話が違う。何かがあったはずで、それがまるごとどこかに持っていかれた。
「…そういうもんなんすね。」
「現世への執着が薄れるよう、移行時に感情面も少し調整しております。ただ、人生に深く関わりのある方々は顔を見れば思い出すようになっております。」
お姉さんはまた、お若い方ですと、突然の事故や病気だと死を認識できない場合もありますが、と付け加えた。
お姉さんは身体を斜めに向けて、パソコンにカタカタと何かを入力している。パソコンの画面は見えないが、パソコンも真っ白でわずかに見えるキーボードには文字が何も書いていなかった。
「ただいまより886番様のポイントをお調べした上で次のご案内を差し上げます。少々お待ちくださいませ。」
「ポイント?…はい。」
スーパーじゃあるまいし…。お姉さんは立ち上がり、奥の方へと消えていった。
チラッと左隣を見ると、先ほどインコを捕まえようとしていた男が汗を拭きながら、何か資料を見せて説明していた。
「ええ、おっしゃる通りです。ポイントとは徳のことです。これがですね、一定数下回ると極楽浄土行けなくてですね、はい、はい、そうです。」
説明先はインコだった。インコは紙の上に乗り、抗議するようにピーピー言いながらぴょんぴょん跳ねている。それに合わせて喋る男、なかなかシュール。そうこうしていると、地味なお姉さんが何か紙を持って戻ってきた。
「大変恐れ入りますが、極楽浄土からこのような通知が来ております」
A4用紙をスッ、と俺の前に差し出してくる。それはメールをそのまま印刷したみたいな文章だった。
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件名: 【重要】極楽浄土永住権申請に関する合否判定のお知らせ 送信者:中央霊魂輪廻管理庁・徳ポイント審議委員会
886番 様
この度は、極楽浄土への永住権をご申請いただき、誠にありがとうございました。 厳正なる審議の結果、誠に残念ながら貴殿の現時点における累計徳ポイントは、極楽永住の最低基準値を下回るとの判定に至りました。
つきましては、今回はご希望に添いかねる結果となりましたこと、謹んで通知申し上げます。
【減点事由一覧:ご参考までに一例です】
・他人の私有財産に対する特異な損壊行為:友人の所有する革財布を、理由なく「食いちぎる」という常軌を逸した手段で損壊させ、所有者に深い精神的困惑を与えた罪。
・教育資材の不適切廃棄、および公共環境の汚染:教科書を、終業式当日にコンビニエンスストアのゴミ箱へ一括投棄した不法投棄の罪。
・優越的地位の濫用と強奪:食堂に残る最後のデザートを巡る公平な勝負にて敗北。にもかかわらず、物理的な勢いをもって対象を略奪した強奪罪。
※その他、軽微な嫌がらせ・素行不良を含め、計41,922件の余罪を確認済み。
※本判定に対し不服がある場合は、中央霊魂輪廻管理庁・第四審議室(管轄:五官王・普賢菩薩)宛てに正式な抗議申し立てを行うことが可能です。
※五官王による「言動精査」の結果、虚偽や虚飾が認められた場合、現行の減点ポイントは倍増されます。
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…クソガキじゃねえか。
「…つまり、俺、地獄行き?すか?」
お姉さんは身を乗り出し、俺に渡した紙を顔をしかめて見る。多分、文字が反対になっていて読みづらいのだろう。
「…いえ、ち、が、います、ね。こちらをご覧くださいませ。」
お姉さんが指差したところは、俺の数々の悪行のすぐ下だった。
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【今後について】 貴殿には、「守護霊アシスタント」としての現場配属を命じます。
※本通知は霊界法に基づき自動送信されています。
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「守護霊アシスタントは、現世で徳ポイントが足りなかった方向けの修行所となっております。」
「守護霊…RPG…修行…なにするんすか?」
お姉さんは、ラミネートされた紙を俺の前に差し出す。
そこには【守護霊/守護霊アシスタントとは?】と大きく書かれ、笑う人間のイラストの後ろで天使が両手を重ね、祈るようなポーズで微笑んでいた。
「ご存命の方の人生に成長をもたらし、より良い未来へと導く修行です。背後霊、と言うとイメージつきやすいでしょうか。」
「良い背後霊…はいはい、」
「現世にいる人間には最低1名以上守護霊がついてます。メインの守護霊はその方の人生における”最高レベル”とそこに至るまでのステップを把握し、導いていきます。守護霊アシスタントはその補佐をしていただきます。」
「…なんか仕事みたいっすね。」
「その方の人生がうまくいけばいくほど、徳ポイントが貯まります。それがお給料だと思ってください。それが貯まると極楽浄土に行けます。」
「これって、やらなきゃいけないやつっすか?俺、謎に極楽浄土に永住申請出してることになってるっぽかったんですけど。ぜーんぜん、そんな高望みしてないっす。別に極楽浄土じゃなくてもいいんすよ。そこそこの幸せで。」
「徳ポイントが規定値を満たしていない方は例外なく地獄行きになります。」
地獄って、そんなやばいんすか?って聞こうとしたが止めた。お姉さん、無表情が「こいつ話長いから早く終わんないかな」と言ってるように思う。
「俺ってポイントどれくらい足りてなくて、どのくらいそのアシスタント?やるんすか?」
「申し訳ございませんが、私からはお答えができかねます。」
「俺、働いたことないっすけど大丈夫っすか?」
「守護霊という職業については、現世に行ったことがあれば何歳でも働けます。乳幼児の守護霊も数多くいますよ。」
「へー、すげー。」
乳幼児も働かされんのか。こりゃ、天国の方が生活大変そうだな。死んでも労働とか、マジうけるわ。
「分かりました。」
「次のご案内を差し上げますのでおかけになってお待ちください。」
「はーい。」
俺は立ち上がり、今しがた座っていた席に戻る。さっきまでいたじいちゃんもばあちゃんも、子供もみんないなくなっていた。
いるのは俺と黄色いインコだけ。インコはまだ、ピーピーと男に抗議をしていた。
俺は座ると同時に、反射的にポケットに手を突っ込みー。
「え!スマホねえじゃんここ!!」
件名: 【配属通知】特別更生対象者886番の着任について 送信者: 中央霊魂輪廻管理庁・配属管理課
本日付で、下記対象者を貴事務所へ配属しました。 本人より届いた「事前質問」を転送します。ご確認のほどよろしくお願いします。
【本人からの質問(原文)】
・スマホって支給されます?ゲーム機でも可です。
・Wi-Fi教えてください。
・変な意味じゃないんすけど、人の家とか壁って潜り抜け放題なんすかね? ちょっとした確認っす。




