『僕らの昼休みは、少しだけ甘辛い~Dear My Friend Memory Version Zéro~』
爽やかな秋晴れの空が広がる十月。
四時間目の終了を告げるチャイムが校舎内に響き渡ると、教室は一気に昼休みの喧騒へと包み込まれた。
「蒼汰、今日も手作りなんだ?」
隣の席から、楽しそうな声をかけてきたのは美桜だった。
彼女は自分の机を蒼汰の机にくっつけると、丁寧に包まれた自分の弁当箱を取り出す。
「まあね。自分で作った方が安上がりだし」
蒼汰が苦笑しながら広げたお弁当箱には、卵焼きにタコさんウインナー、手製のから揚げがぎっしりと詰まっていた。
一見するとごく普通の、どこにでもある高校生の男子弁当。
だが、その端正な盛り付けには蒼汰らしい几帳面さが表れている。
美桜はその中身を覗き込み、どこか嬉しそうに目を細めた。
幼馴染である二人がこうして机を並べて昼食を食べるのは、学校生活におけるごく日常の風景だった。
「いただきます」と二人が手を合わせた、まさにその時である。
「うおっ、逃げるな金田!」
「待てや内山! 俺の焼きそばパン返せ!」
教室の後ろから、ドタバタという騒々しい足音が迫ってきた。
クラスの調子者である金田と内山が、いつものようにくだらないじゃれ合いをしながら通路を駆け抜けていく。
そして、悲劇は一瞬で起きた。
足を滑らせた金田の肘が、蒼汰の机の端に強く激突する。
ガタッという高い音とともに、蒼汰の開けたばかりのお弁当箱が宙を舞った。
べチャッ、と寂しい音が教室の床に響く。
丹精込めて作られたから揚げも、タコさんウインナーも、鮮やかな彩りそのままに、床へと散らばってしまった。
「あ……」
一瞬にして、四人の間に凍りついたような沈黙が訪れた。
蒼汰は床に転がった自分の弁当を静かに見つめ、美桜は言葉を失って口元を押さえる。
金田と内山は青ざめた顔で顔を見合わせ、引きつった笑みを浮かべた。
「あ、あのさ……ごめん……」
気まずさに耐えかねた様子でそれだけ呟くと、二人は背を向け、逃げるように勢いよく教室を飛び出していってしまった。
「……行っちゃったね」
美桜が心配そうに蒼汰の顔を覗き込む。
「まあ、悪気があってやったわけじゃないしな……」
蒼汰は落胆を隠しきれない様子で息を吐き出すと、ティッシュを取り出して黙々と床の掃除を始めた。
美桜も急いで手伝う。
綺麗に拭き取り終えたものの、残されたのは空になったお弁当箱と、蒼汰の空腹だけだった。
昼食を完全に失い、困り果てる蒼汰。
その様子をじっと見つめていた美桜は、意を決したように自分の弁当箱を蒼汰の机の真ん中へと押し出した。
「しょうがないな。じゃあ私の、あげるよ」
「え? でも、それじゃ美桜の食べる分が……」
「いいからいいから! ほら、卵焼きとか一口サイズだし、半分こしよ?」
美桜は少し照れくさそうに微笑みながら、自分の箸で卵焼きを一口つまみ、蒼汰のほうへ差し出す。
幼馴染の温かい気遣いを前にして、断るのも野暮というものだった。
「……ありがとな、美桜」
蒼汰は感謝しつつ、美桜の差し出したおかずを一口食べた。
その瞬間、蒼汰の動きがピタリと止まる。
(──辛い!!)
口の中に広がったのは、優しい見た目からは想像もつかない激しい辛味だった。
エビチリのソースか、あるいは隠し味のチリペッパーか。
口内を刺激する強烈な辛さに、蒼汰の額からじわりと汗が滲み出る。
美桜は昔から辛いものが大好物だった。
しかし、まさかお弁当のおかず全般にここまで辛党の好みが反映されているとは思いもしなかった。
「どう? 美味しい?」
上目遣いで感想を尋ねてくる美桜の瞳は、純粋な期待に満ちあふれている。
「う……うん、すごく……美味しいよ」
蒼汰は必死に表情を取り繕い、喉の奥を焼かれるような感覚に耐えながら、引きつった笑顔を返した。
好意で分けてくれたお弁当を「辛くて食べられない」と無下にするわけにもいかない。
(うわ……どうしよう、これ……! 水、水が欲しい……!)
内心で悲鳴を上げながら、蒼汰が悶絶していたその時──。
ガラッと、教室の扉が勢いよく開いた。
息を切らせて戻ってきたのは、先ほど逃げ出したはずの金田と内山だった。
二人の両手には、ビニール袋が握られている。
中に入っているのは、購買部で売られている焼きそばパン、唐揚げコッペ、そしておにぎりだった。
二人はまっすぐ蒼汰の机まで歩み寄ると、頭を深く下げてビニール袋を差し出した。
「蒼汰、本当にすまなかった! 購買行って、残ってたパンとおにぎり買ってきた!」
「逃げたわけじゃねえんだ! 弁償しようと思って急いで走ったんだけど、混んでて遅くなった! ごめん!」
二人はただ気まずくて逃げ出したのではなく、蒼汰の昼食を確保するために全力で購買へ走っていたのだ。
金田と内山の真っ直ぐな言葉に、蒼汰の表情が和らぐ。
そして同時に、激辛の波に揉まれていた胃袋に差した救いの光でもあった。
「みんな……ありがとな。わざわざ買ってきてくれて」
蒼汰がパンを受け取ると、金田と内山はほっとしたように顔を見合わせ、「今度は絶対ドジ踏まねえから!」と笑いながら自分たちの席へと戻っていった。
教室の雰囲気が再び温かい賑やかさを取り戻す中、蒼汰はパンを一口かじり、ようやく人心地をついたのだった。
◆
放課後。
オレンジ色の夕暮れが校舎を赤く染める中、蒼汰と美桜は並んで校門をくぐり、いつもの帰り道を歩いていた。
伸びる二人の影が、アスファルトの上でゆらゆらと揺れている。
「金田くんたち、ちゃんと買ってきてくれて良かったね」
カバンを両手で持ちながら、美桜が楽しそうに言った。
「ああ。最初はびっくりしたけど、良い奴らだよな」
蒼汰がうなずくと、美桜はふと足を止め、どこかいたずらっぽく蒼汰の顔を覗き込んできた。
「ところでさ……蒼汰」
「ん?」
「本当は、私のお弁当……すっごく辛かったでしょ?」
図星を突かれ、蒼汰は思わずウッと息を詰まらせた。
隠し通せていたと思っていたのは自分だけだったらしい。
「あ、いや……美桜がせっかく分けてくれたからさ。残すのも悪いなと思って……」
焦って弁明しようとする蒼汰を見て、美桜はくすくすと可愛らしく笑った。
その顔には怒った様子など微塵もなく、どこか愛おしそうな色が浮かんでいる。
「やっぱり。蒼汰、汗いっぱいかいてたし、無理して食べてるの丸わかりだったよ」
「うぐ……バレてたか」
参ったというように蒼汰が頭をかくと、美桜は頬を赤らめ、夕日を見つめながら歩みを再開した。
「ふふ、でも嬉しかったよ。無理してまで食べてくれようとしたの」
美桜は蒼汰と歩調を合わせ、声を低くして、優しく語りかけるように続けた。
「今度はもうちょっと、蒼汰の味に合わせて作ってあげるね」
「え? それって……また作ってくれるってこと?」
「さあね! どうでしょう~?」
おどけるようにフフッと笑い、美桜は先を歩いて振り返る。
夕暮れの街並みの中、他愛もない会話を交わしながら歩く二人の背中は、ゆっくりと、けれど確かに甘く温かい空気に包まれていくのだった。
――完――
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
今回は、私の代表作
『それでも僕らは灰の世界で生きている』
から、蒼汰と美桜の二人に登場してもらいました。
本編ではなかなか見せることのできない、二人の何気ない学校生活。
もしあの世界へ行くこともなく、ただ普通の高校生として過ごしていたなら――
きっと、こんな昼休みもあったんじゃないかな。
そんなことを考えながら書いた一作です。
本編とは少し違う、甘くて、ちょっと辛い二人の日常を楽しんでいただけたなら嬉しいです。
そして、この二人が本来どんな物語を歩んでいるのか気になった方は、
代表作**『それでも僕らは灰の世界で生きている』**も、ぜひ覗いてみてください。
※本編には、戦闘・暴力・一部残酷な表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
【蒼色ノコトネ/ End_is_Zéro_Project】




