婚約破棄…ですよね?
きらびやかなシャンデリア。
色とりどりのドレス。
卒業パーティーにふさわしい賑わいを見せていた。
私も婚約者であるアーネスト様のエスコートを受けながら、先輩方の卒業を祝っていた。
お世話になった先輩に感謝を告げる後輩。
共に健闘を祈る先輩方
扉の向こうでは、想いを告げる人影すらある。
そんな中、私とアーネスト様は向かい合っていた。
「レオナルド殿下。この善き日ではございますが、申し上げたいことがございます」
「ここでか?」
「はい。皆様には証人になっていただきたいのです。
私、アーネスト・フィンデルは、ここにいるフィーナ・アズールと婚約破棄をいたします。」
「え?」
「な…」
アーネスト様の一言に会場が一瞬音を失くし、そしてざわめきが広がる。
「どう言うことでしょうか。私は何か…」
見上げるアーネスト様の眼差しに一切の迷いはなく、冗談でなもんでもないことを悟る。
一体、どうして…。
昨日まで、好きだと、一緒にいたい、そう未来を語ってくださった、その口で婚約破棄を告げるなど。
ふと、そこで思い出した。
先輩方に聞いた隣国の噂を。
殿方の心変わりによって婚約破棄された令嬢が、このような公然の場で婚約破棄を告げられたのだと言う。
…私も、そうなのかしら。
アーネスト様の心変わりで、身に覚えのない罪で…婚約破棄されるのかしら…。
「おい、どういうつもりだ?」
レオナルド殿下の声に思わず身体を固くする。
「それは…」
アーネスト様の心を捕まえたご令嬢が出てくるのかしら…。
でも、私はなにもしてないもの。
堂々と…できるかしら。
すでに泣いてしまいそうなのに…。
ずっと、ずっと、大好きで…。
この人のお嫁さんになれることを、待ちわびていたのに…。
結婚は、私が卒業してからだからあと2年だねって。
一緒に卒業できたら、すぐにでも結婚できるのに…そうアーネスト様は言ってくれたのに。
それなのに。
嫌だ…。
私は、アーネスト様のお嫁さんになりたい。
アーネスト様が好きなのに。
「私は…っ」
「フィーナと今すぐに結婚するためです」
え?
婚約破棄という言葉にざわついていた会場は、水を打ったかのように静まり返った。
誰もがアーネスト様の言葉を理解できずにいた。
「……今、お前は彼女と婚約破棄すると言ったと思うんだが?聞き間違えか?結婚?」
レオナルド殿下が、珍しく聞き返す。
私もわかりません。
「そうですね。ですから」
アーネスト様は少しだけ首を傾げ、当たり前のことを説明するように続けた。
「婚約とは結婚の約束です。」
「ああ。そうだろう。」
「ならば結婚すれば婚約は不要になります。」
「まぁ、そうだな…?」
「フィーナが卒業するまであと二年。変なムシがついたらどうすればいいかと。
一週間。考えに考え、思い付いたのです。」
「………おい、なにをだ?」
「『婚約破棄して結婚してしまえばいいのだ』と」
「…………まて。それは、」
「ゆえに婚約を破棄し、フィーナと今すぐにでも結婚したく存じます。」
「…………。」
沈黙。
どこまでも、沈黙。
「…………は?」
誰かが漏らした一言を皮切りに、会場中がざわめき始めた。
「いや、理屈はそうだが……」
「そういう意味の婚約破棄ではないだろう!」
「レオナルド殿下!止めてください!」
「おい、アーネスト様に説明して差し上げろ!」
「やだよ、誰が馬に蹴られになんか!」
周りの人たちが一斉に頭を抱えた。
そして、そのまま生暖かい眼差しがこちらに向けられた。
わ、私にもよくわからないのですからっ…。
「こんやく……はき、では?」
わからないまま思わず口をついて出た言葉に、アーネスト様は当たり前のように頷く。
「あぁ。婚約を破棄しなければ、結婚はできないだろ?」
「……はい?」
何度聞こうともよくわからない。
婚約破棄、なんですよね?
「だから、婚約とは俺とフィーナとの結婚の約束だろ? 約束のままでは妻にはなれない。だから婚約は終わりにして、結婚したい」
「えっと……」
婚約破棄……では、ない?
「つまり……」
恐る恐るアーネスト様を見上げる。
「私との結婚は……」
「もちろんする。」
間髪入れずに返ってきた。
「むしろそれ以外の選択肢があるのか?」
「え?」
「フィーナは俺の婚約者だろう。」
「はい……。」
「だから、早く結婚して妻になって欲しい。」
アーネスト様の真剣な眼差しに、とくんと心臓が跳ねる。
…あれ?
私の様子に、アーネスト様は言葉を重ねる。
「今日、俺は卒業した。」
「はい。」
えぇ、今はそのパーティーですもの。
「けれど、二年も待つことなんでできない。」
「はい。」
えぇ、先ほど聞きました。
「だから、フィーナ。婚約破棄して結婚しよう。」
「はい……?」
だから、…だから?
「返事は?」
「えっ…は、はい!…あれ?ちがっ、これはですね!」
反射的に頷いてしまった。
「よかった。」
あためふためく私を横目にアーネスト様は心底安堵したように笑った。
「断られたらどうしようかと思っていた。」
「断る理由なんてありません……。」
ぽろり、と涙が零れた。
「えっ!?泣くほど嬉しかったのか!」
「違います……!」
嬉しかったですよ?
嬉しかったです。
大好きなあなたのお嫁さんになれるんですから。
でも、
「では嫌だったのか!?」
「違います!」
この、朴念仁!
「では何故泣く!」
「婚約破棄って言われたからです!
婚約破棄って言われて、『結婚しよう』に繋がると思いません!普通は心変わりとか婚約の解消だと思うものなのです!
ネスのバカ!」
その瞬間。
「…ああ。」
アーネスト様は額に手を当て、大きく息を吐いた。
「……言い方を間違えた。」
「間違えましたね!」
そう、盛大に間違えているのです。
やっと伝わりましたか。
「そうか。普通は婚約破棄と言えば、婚約を解消する意味なのか。」
「それ以外に何があるんですか!」
「俺は婚約を終えて結婚する意味で使った。」
「知っています!もう知っています!」
言葉足らずというか、なんていうか…もう!
「…やり直し、させてくれ。フィー。」
そう言ってアーネスト様は跪くと、私の手をとって
「好きだ。愛してる。…だから、婚約ではなく、結婚してくれ」
「っ…喜んで!ネスのお嫁さんにしてください」




