7日目(2)
「ギャリィッ」
そう不快な音が耳元に立つとともに、再び陽の光の元に照らされる。しかし、間も無く巨大な剣が私の視界から再び光を奪った。
その幅広な剣身をもつ超大型の剣は絶体絶命の私を助けるべく、イリーナによってグリフォンのくちばしに対して一撃を与えた。衝撃で顔は横へスライドし、代わりにイリーナの顔が視界に入る。
「いったん後退しましょう! こんな近くで攻撃を喰らったらひとたまりもありません!」
「……ありがとう、イリーナ」
私はイリーナの肩に腕を回して立ち上がる。そして、でき得る限りの速さで距離を取る。それはグリフォンの巨体からすれば微々たるものだが、立った一撃だけでも躱せ、攻撃法を考える時間が欲しい。
──早く……!
後目でグリフォンの様子を確認すれば、腕を引き上げて、私たちの身体を今にも真っ二つにしようとしている。
──……だめだ、これじゃあ間に合わない。
たった二歩。私たちの数十歩はたったそれだけで詰められる。リルとラインハルトも時間稼ぎするべく攻撃をしているが、そんな二人には目もくれず、逃げている私たちにまっしぐらなのだ。
「逃げきれない……っ」
「! でも逃げないとこのままでは──」
私たちは見合わせた。そして口端を噛んだ。
そんな状況も続かず、純真なイリーナの眼差しに目は泳いだ。その時視界に入った一つのもの。イリーナの背中に担がれている大きな物体。つい数十秒前に私を助けてくれた大剣だ。
「ごめんイリーナ、これ、借りるね」
彼女の持つ剣に手をかけ、盾とする。地面に突き刺し、衝撃に備えた。
しかし、音もなくやってきた衝撃は、まるで「私たちの思考など意味をなさない」という言葉を持っているよう。それほどに強く、脳内の回路は短絡した。
「っああぁああ!」「ぐううぅ……っ……」
空は青い。意外とそう見える時間が長かった。ふわっと浮きあがり、空中で何か柔らかなものに触れる。その瞬間は悪くはない時間だ。
全身に痛みが走ったのはその直後だった。
「っあ……う……ったあ」
「アリス、イリーナ!」
数度地面に転がって、どうにか片膝をついて上体は起こしたままを保った。しかし──いや、やはり空中で接触した感覚はイリーナのものだったようで、彼女は身体を捩るばかりでまともに動ける様子はない。
「っ──このォ!」
リルはそんな私たちの様子を見て、双弓ハリオンから二本の矢を発した。
オレンジと黒紫色、二色の炎が互いを引きあって螺旋を描き、一直線に向かっていく。
魔力量は相当なはずだ。矢が纏う炎の直径はメートル単位、矢の先にポッと灯がともっている程度の矢とはわけが違う。パンデモニウム下層のゴブリンであれば、触れた瞬間に焼け焦げて絶命しても、何ら不思議はない威力を持っているのだ。
それをたった一つの火球で打ち消す、グリフォンの攻撃の威力は計り知れない。何せ、火球は二本の矢を消し去っただけでは飽き足らずリルに直接向かっていったが、彼女は熱に中てられる近さでよけて火球は地面に衝突した。しかしその爆風ともいえる風圧で、リルは二十メートル以上吹き飛ばされ、それがようやく静止したのは倒れるイリーナにぶつかった時だった。
それほどまでに強大な敵に、ラインハルトもたった一人でいつまでも相手をしていることもできず、剣で防いだとはいえ爪の攻撃を浴び、私よりも更に後方まで吹き飛び、やはり地面に伏す。
──どうすれば倒せる? 目の前の敵は!
私は師匠にもお父さまにも足らない頭を回した。
そして辿り着いた結論は、やはり魔剣による一閃を与えるというものだった。
そうとなれば、私が手にすることのできるそれを能力を使って探す。
・魔剣
・魔剣
・魔剣
その中で、ある魔剣の名前に目が留まった。
・魔剣
──魔剣・レックス? どこかでこの名前を聞いたことが……。
私はふと我に返って、その名前をどこで聞いたのか思い出す。
──レックス?
「お父さまの…………魔剣?」
──この状況で、お父さまの魔剣が手に届くところにあるというの?
お父さまの愛剣・レックス、それは既に何代目の剣かは不明なほど、同じ型の剣を愛用している。それどころか、剣の魔力が切れたときには、もとより使っていた剣を溶かし、新たな魔剣と融合させて新たな剣を打つほど。どれほどの敵を斬り、どれほどの仲間を救ったかはわからない。しかしお父さまはその剣で、お父さまが十五歳になってから、今現在まで約二十二年もの間リューズベルクという大陸の要で最前線に立って国を、ひいてはこの世界に安寧をもたらしてきた。それは明らかな事実だ。
私は、私の能力・神託は絶対に過ちを起こさない能力だと確信していながらも、それが事実だとは思えず疑った。
だから後方を確認し、それが存在するのかどうかをこの目で探した。
そして、レックスは確かに存在した。それは、機械的に運ばれてきたわけでも、ましてやお父さまが出向いてきたわけでもない。マリア学府長が大事に手に腕に抱えている。
私と目が合った学府長はほのかに微笑む。
そして、相当の距離があるなか呟いた。口の形から推測する。
「ローガンからの、贈り物です!」
マリアはマリアの剣でレックスの柄頭を叩く。それは私に向かって一線に飛び来る。
そのまま私の顔横を過ぎ去ろうとしたところを、剣の側面を撫でて減速させ、この手に収める。それはいままで持ったことの内容な重さと、魔力量を持つ剣だ。
──これなら。
私は手にした剣をじっと見つめてから、膝を叩く。そして、地面にかかとを二回叩きつけて、足の具合を確認した。
──お願い、動いて……。
地面につくたびに針が刺さったような感覚があらゆる関節からする。
──立って、倒さないと……!
私は俯きつつ前に倒れ、その力で身体を起こして立ち上がろうとする。私が今まで使い続けた剣を左手に、お父さまの剣・レックスを右手に持って。
「あ…………り、ス」
ささやくような声。誰のものだ、そこまで意識を持たせる余裕もなかった。そして、その声が何の意味を成すのかも。
「ま……え」
再びの声。そして気付いた目の前の光景。
世界は明るかった。銀色の世界だった。目が痛くて、耳も痛くて、思わず両手の剣で視界を塞いだほどに。
それは紛うことなき火球。リルもこんな気持ちで吹き飛ばされたのか。
「……っ」
左手の剣は砕け、四人が固まって地面の味を知る。
当然そんな瀕死の相手を前にして、グリフォンは息の根を止めに来る。
悠々と、地に己の存在を響かせて。そしてようやくその歩みを止めたとき。その漆黒の翼をもって上半身を浮き上げ、右腕を大きく引く。
その動きの意味は明らかだ。
砂を握った。それを撒き散らすだけの動きをすることすらも痛みを伴う。この身体のどこが悲鳴を上げているかもわからないほど、全身から叫喚が聞こえてくる。
それでも、まだ立ち上がろうと身体を動かす。
──約束を……果たさなくてはいけないの。三年前の約束を!
私はこの国の、このリューズベルクの王になる。皆に慕われる力をもって、皆が悪地での戦いで背中を守ってくれる瞬間を求めて。
少なくともお父さまはそれを実行してきた。それを見てきた私からすれば、皆の信頼を得る方法なんて、私が強くなる以外には知らないのだ。
「ッ……アリス…………だめだ。それ以上は、僕も君もただじゃすまされない!」
「……それでも、私は戦うの。戦わなくてはいけないの」
「なぜ…………なぜ君はそうまでして戦うんだ……!」
私は肘を立てて、膝をついて、悔恨の念から地面をたたき視線を前へ向けた。そして、立ち上がる。ガクッと身体は力が抜けて揺れつつ、最終的には両足でしっかりと地面を掴んで、敵と正対する。
そして答える。
「アリス・リューズベルクは、人間だから」
気持ちを持たない魔獣とは違う。皆を助けられる、暖かい人間でいたい。
「……」
ラインハルトは少々の間をもった。その後「ザッ」と砂を一度だけ鳴らして。
「そう、か。……理解したよ」
そう発してから立ち上がり、私と、今にも攻撃を放とうとしているグリフォンとの間に割り込んで、剣を右手でグッと強く握る。
「何してるの、ライン──」
「君は──」
私の言葉の続きを奪ってラインハルトは発する。
「君は僕のことを信用していないことは知ってる。でも、僕も人間だ。君に隠し事をするのはもう疲れたよ」
「隠し事?」
「そう。だから、今ここにいる人にだけ見せてあげよう」
ラインハルトは、完全に意味を取りきることのできない、大いに含みを持った言い方で、私たちに言葉を掛ける。
「来るぞ! 衝撃に備えろッ!」
ルイン騎士隊長の声が辺り一帯を包み込んだ。
Twitter : @square_la




