6日目(3)
衝撃の発生。
私の剣の切っ先は、剣に彫られた細いフラーと呼ばれる溝の根を捉えた。
瞬間的に伝導した波形は手の感覚を一時的に鈍らせる。それでも私は剣を振ることをやめなどしない。
──この技は……二撃で決める!
私はラインハルトの攻撃が発せられた直後、彼が剣を強く握り締める手へ触れた。そして、その人並みならざる、ラインハルトならではの暴発した力を受けて、反発力として右腕へと伝達、剣をさらに加速させる。
「──っ!」
そうして発した、乱暴で、しかし緻密な二撃目。
手首をぐりっと内側に回しこみ、剣に貫通力を上乗せする。その結果、剣が立てた音はとても荒々しいものだった。
「ガギン」
「!」
精細さを得た剣がもたらした一撃に、剣は耐えられなかったのだ。
ラインハルトの剣は柄から五センチほどのみをのこしてポッキリと二分した。折れてラインハルトの使役下ではなくなった剣身は、私とラインハルトのどちらも嫌うように、ほぼ直線を描いてアリーナの壁に激突、弾かれて砂を被る。
「どう、ラインハルト?」
しかしラインハルトは、無言で拳を私の腹部に殴りつける。
──私がした攻撃をそっくりそのまま返してくるとは。
だが、その攻撃は容易に避けられた。
──ラインハルトにしては精細を欠いてる?
どこか荒っぽい、脊髄反射的に脳ではなく身体が判断を下して攻撃してきたような。
そこから距離を取ることもなく振るわれた剣戟は、目で見ることがやっとな速度で、しかし正確な剣のラインが目に見えてわかるほど集中し、熾烈を極めた。
私は剣・カイルで圧倒する。
対してラインハルトは、根元まで折れて既に剣の役割を終えたともいえる直剣で防戦する。この絶対的不利な状況にもかかわらず、不思議と当たることは無い。ごく短い剣身など、私の剣線を完全に予測しているラインハルトにとっては、他愛もないネガティブな点だとでもいうのか。
三分。この時間はとても長かった。剣戟の数は、既に数えてなどいられないレベルに達している。
──どこかで終わらせないと、私だけ余計な体力持っていかれる……。
大ぶりなわけではない。踏み込みが多いわけでもない。だが、剣が弾かれて腕に蓄積していった衝撃と、心的に器から零れ落ちるようなストレスは尋常ではない。
だから私は、一つ大きな剣の振りをして、ラインハルトの折れた剣など弾き飛ばしてしまおうと画策した。だからラインハルトは、それを見てから剣を引いた。そして、今まで剣ではじいていたルーチンをやめ、敢えて体的に踏み込んで剣を躱した。
それがラインハルトの攻勢逆転を目指した瞬間だ。
右手で握っていた剣で、私のカイルのフラーを、直剣の柄頭で思いきり叩く。それは私の手首が鈍角近くまで曲がらせられる力だ。それほどの力が強制的に加えられれば、切っ先がラインハルトに向いたところで、彼に主導権を握られることは必至、私が優勢な現況を苦も無くひっくり返されてしまう。
そして、この相手が作り出した刹那では、当然ラインハルトの一撃が私に向かう。短い剣身ながら、すっぱりと切断された面を、首元に突き立てようとして。
一メートル。
そんな、とても短い距離しかない現在では、私は頭の中で選択肢を選ぶ余裕などない。
だから、私は頭の中の浅い位置にこびり付いて残存していた記憶を、腕尽くに引きずり出した。
私はカイルのフラーを叩きつけられた瞬間、時計回りに回る剣から僅かに手を離し、順手に握っていたそれを逆手に持ち直す。と同時に、左手を前差し出して作り出した構え。
既に片足は地面から離れ、それでいて接地している足すらも軸にはなり得ない。だが、これしか思いつかなかった。
──私はここで勝つんだっ!
ラインハルトが私に向かわせた剣、それを握る拳を上から包む。
私は触れると同時に、逆手に持ったカイルの柄をラインハルトの身体に向かって突いた。柄の長さだけで言えば、彼が持つ剣よりも断然短い。
だから私は二撃で決めることを早々に諦め、空中で咄嗟に取った不格好なアクスの構えから、ぐりんと身体を回転させラインハルトの腹部に向かって、柄頭から鈍痛を与えた。
ラインハルトの直剣は私の身体の横を通過。一方、私のカイルの剣の柄頭は彼の腹部に痛烈な一撃を与えることに成功する。
そのまま踏み込んだ一歩、その一歩で痛みを真に感じているであろうラインハルトを押して倒した。
私は刹那だけうつむいたラインハルトの腹部に足を乗せ、剣を突き立てる。ラインハルトに突きさす視線はできるだけ鋭く。
肩で息をする私は、
──降参しろ。
と心中で訴えかけた。
するとラインハルトは私の心情を察してか、はたまたこの状況からの逆転は不可能だと察したのか、小刻みに首を縦に振りながら両腕を肩よりも高い位置に運んだ。その上で、
「わかった、リザインするよ、アリス」
私は唾をのむ。そして緊張を解いて剣と足を退けた。
「これが師匠の剣。思い出すのに五日もかかったわ」
「けほ……っ……ああ。強いなあ、うれしい」
──負けたのに、笑ってる……?
ラインハルトは中空を見つつ、僅かに口角を上げたのだ。
「負けたのよ?」
「そうですね。久しぶりに負けた気がするよ。でも──」
ラインハルトは感情を抑えるように穏やかに、
「初めてまともな、あなたが師匠と慕うこの世界の英雄の剣を見ましたからね、それだけで満足ですよ。それに、普通あの状況から、あの構えにもっていくとは予想しませんでしたからね、焦って剣をはじきすぎたのが僕の敗因ですよ」
そういいながら微笑みを浮かべるラインハルト。
私は足を退かしてから腕を伸ばして引き起こした。
背中一面に付いた砂を払ってから、
「五日前にこれができていれば、何よりもよかったのだけれどね……」
そう私は呟いて落胆した。目指す高みは遠い。
「そうかもしれないですが、少なくとも現時点で、全力の僕はあなたよりも弱いんですから。卒業するときはそう誇れると思いますよ?」
ラインハルトは、私の背中の奥を指さして、
「それに、あそこに証人もいるようですし」
「あそこ?」
ラインハルトが指で示す方向には、学府長室がある。
「よく見えるわね、明かりもついていないのに。魔石が足りない国で生まれたかろこそ持った索敵能力ですよ」
そして、再び口角を少し上げたラインハルトは、私と正対して言った。
「明日は勝ちましょう。その力なら勝てる」
「うん」
そう言って、彼はさっさと翻り、アリーナの破壊された壁面へと向かった。
私は、リベンジは果たせたのだと気持ちを高ぶらせ、それが良い意味でのまとまらない考えを生み出していた。だから呆然とアリーナの中心から彼が去るまで、その背中を目で追っていた。
だが私は気付いた。
月明かりが目に刺さる夜、ラインハルトは壊れたアリーナの上で少々の時間立ち止まる。そして、寮の帰路へ着くべく方向を転換した時、顔の笑い方に先ほどまでの哀愁はない。それどころか、憎み殺すような目と、頬を吊り上げて笑った顔は悪魔のように背筋を震わせるものだった。
「今回の敵は卒試レベルではありません! 去年とは明らかに敵の能力が──」
「わかってます! 私だってそれくらいは。この学府で剣の扱いが上達するとはいえ、たった六日しかアリスたちはいなかった。厳しいことなんて私だって……」
そんな会話が聞こえてきたのは、こっそりと自室に帰ろうと廊下を抜き足差し足で歩いていた時だった。
廊下の向こう側から聞こえてきた聞き覚えのある二人の声。一人はこの学府の長、マリア学府長。もう一人は、私がリューズベルクに戻した隊の一つを率いるルイン騎士隊長だろう。
「だったらなんで──! あの敵ともなれば大隊四つで囲むレベルなんですよ!?」
彼の言葉はだんだんと熱を帯び、怒号に近い声が響きはじめる。
「もしもの時の為にあなた方がいるんです。折角戻ったんですからね」
「で、ですが、今回の作戦を、たった一個小隊で行えなんて何を考えて──」
「ローガン」
──え?
「え?」
私の心情と、ルインのそれは完全にシンクロした。
──なんでそこでお父さまの名前が出てくるの?
「今回、あの敵を倒させろと命じたのは、ローガン国王、その人なんですよ」
「…………なんで」
マリアは「ふふふ」と軽く笑ってから続ける。
「まあ、昔の彼ならそんなことはしなかったと思いますよ? でも、なぜ彼がそうするのか、確かな原因を知っているからこそ、今回の標的について反論はしなかったんです」
十秒ほどの沈黙。
「ローガンは…………彼はいつもアリスのことばかり考えていますからね」
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