Unchain
「鏡崎の奴、どこ行った?」
絵佐野がぼそりと弱弱しく漏らす。しばらく走り回ったが全く見つからない。おまけに飛んでいるので足跡も無い。この辺りの地理はある程度把握しているが、ここまで距離を離されてはそれもあまり役に立たない。どちらにせよ場所を悟られないように動かなければ。いや、数の利で素早く見つけるか。
「 塊魔法 骸影」
地面から5人自分の分身が生えてくる。そして走って散らばっていく、これで鏡崎を見つけやすくなった。
「早く見つけんとな」
絵佐野は走り出した。
「春遅いな」
統がぼそりと呟く。春が連行されてから2時間程たったが、何の連絡もない。冬の作った食べられないこともない料理を食べ、空腹というものが頭から無くなると春への心配の情ばかりが浮かぶ。
「取り調べだからしゃーない」
冬が呑気に言った。その後大きな欠伸をする、冬はいつも通りの能天気な調子だ。俺も少しは見習わなきゃな。そういう前向きな姿勢。
「そういえば、誰が来たの?」
冬が屈伸しながら聞いてくる。
「絵佐野っていう人だった」
「そいつの眼何色だった?」
「確か...右目が青だった」
呑気な顔から一転、顔が真剣になっていく。
「し...知ってるのか?」
心配になった統が尋ねる。
「だいじょーぶ、あの人は本物の蓮千亭の人だよ。ただ」
「胸騒ぎがする」
春は東に向かって走っていた。あれからどのくらい経ったかは覚えてない。でも太陽が沈んできているってことはかなりの時間あいつから逃げ回ったと思う。闇夜の中であんな化け物とかくれんぼはしたくない。幸い絵佐野の影は見えない。とにかく進行方向と逆に、あいつがどのような感じで追いかけてきているかは分からないが少なくともあいつからは離れているだろう。喉が渇いた、川の水でもなんでもいいから飲まなきゃな。
ベキッ
「ひっ!?」
春は慌てて近くの木に隠れる。何かが...何かが木を踏んだ。とても力強い音で、あれは絶対人間だ。後ろをそっと覗いてみる。眼があった気がした、すぐに見るのを止める。黒い人間がこちらに歩いてきていた。手に何か棒のようなものを持って...銃だ。持ち方、形からしてあれ絶対銃だ。絵佐野だ、絶対絵佐野だ。怖い怖い怖い怖い怖い嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ殺される殺される殺される殺される。春は震えが止まらない、さっきの魔法を見てからは彼と闘える気がしない。彼と闘っているときは...どこか気分が高まっていて恐怖なんて感じなかった。でも今は、落ち着いてしまった今は...逃げなきゃいけないのに...口はパクパクと必死に何かを求める。それが何かは分からないでも動きを止められない、足もすくんでしまって動かない。
ザッザッ
音が近づいてくる。もう振り返る勇気も無かった。
ザッザッ
「ひっひっ...グスッ...うっ...うっ...」
涙が出て来た。何で自分ばっかりこんな目に合うんだろう、普通に生きて来たのに。何でその”普通”を邪魔するの...?誰にも迷惑かけずに一人で生きて来た、邪魔だと言われれば消えたしうるさいと言われれば黙った。なのに何で?答えてよ...お願い誰か答えてよ...少女の小さな疑問は泡のように生まれ消えた。
ザッ
音が止まる。
「ん?お嬢ちゃんこんなところで何やってるんだい?」
絵佐野の声じゃ...ない?春はすぐにそちらを見る。そこには防寒着を着こみ、右手に猟銃を持ち、左手に死んだ兎を持った老人が立っていた。
「暗いな...戻れ。捜索は俺一人でやる」
絵佐野は分身を消す。そしてため息をつく、姿どころか痕跡一つ見つからない。何が悪かったのだろうか、彼は自問する。彼のとった作戦は分身に春を探させ、それに並行して自分も春を探すというもの。一見良さそうな作戦に見える、単純に考えれば探す人物が増えるのだ、悪手であるわけがない。だが違う、この作戦が悪手である由縁は範囲だ。彼の分身は少し特殊だ、無から自分を創造するのではなく。周りの物質、例えば石、土、水などを集合させるといったものだ。戦闘には向いている、敵の不意をつくことができる。わざわざ周りの土や石を警戒しながら戦う者は居ない。だが探索には向いていない。普通の無から創られる分身は宿主から独立しているため、広い範囲を捜索することができるが、絵佐野の分身は物質を”繋ぎ止めて”いるだけ、要は自分の魔力が無くなると機能しなくなるのだ。これは普通の分身にも言えることだが絵佐野の場合”繋ぎ”という余計なものが入る。だから常に魔力を供給し続けなければならない、供給しなければものの数十秒で分身が機能しなくなる。だから魔力の届くところでしか分身は動き回れず、結果的にあまり遠くを探すことができなくなる。春は幸運にも早い段階で捜索範囲から抜けることができた。もちろん絵佐野は”捜索限界”のことは知っている。だが、春。鏡崎という垂涎の果実に頭を侵されそこまで頭が回らなかった。
「さて...どうするか...」
絵佐野は深呼吸して呟く。辺りには月の光が満ちていた。




