鏡鳥飛翔
美しい、鏡の鳥
「これ、どこへ行ってるんですか?」
春は尋ねる。車には黒いカーテンがされていて外の風景が見えない。外から車の音が微かに聞こえる、都心からは離れていないだろう。エアコンの風が強くなる、寒い。春は少し体を丸める。
「取調室です。少々複雑なんです、うち」
絵佐野は明るく答えた。そして震え始めた春を見かねて布団を手渡した。
「春、大丈夫だろうか」
統がぼそりと呟く。
「ただいま~」
横から冬の声が聞こえる。冬が伸びをしながら椅子に座った。いつの間に横に...いや、それにすら気付けないほど疲れていたのか。統は床に伏した。
「あれ、春は?」
「蓮千亭の人が取り調べだって」
「ふーん、でどこ行っ...聞いても無駄か。ご飯作るね」
「人の食べるものを作ってくれよ、疲れてるから」
統は言った。
「ぜんしゅします」
「そろそろ着きます」
車は道なき道をずっと走っていた、春は絵佐野の一言に安心した。ここまでずっと空気を沈黙が支配していた、無言の重圧、行先への不安。この二つが春に重くのしかかっていた。その一つが取り払われた。少しは気分が楽になった。車が停車する。
「着きましたよ」
男が降りる、そして後部座席のドアを開ける。春は降りようと、自身を滑らせる。その瞬間殴られる、拳が顔にめり込む。絵佐野は腕を振抜く。鼻を殴られた、鼻から血が出る感覚が伝わる。春は顔を抑える、鼻血が手に垂れて、手が真紅に染め上がる。そのまままた殴られる、今度は反動を抑えきれず椅子に背中をぶつける。
「な...何するんですか」
春は尋ねる、絵佐野はへらへらと笑っていた。恐ろしいほど邪悪に、そして無邪気に。
「やっぱりだ、君には流血が似合うよ」
会話が成り立たない。春は魔力を溜める。
「鏡魔法 鏡翼」
お兄ちゃんの真似、ドアを蹴る。翼を生やして一気に加速し、思い切り絵佐野にタックルする。絵佐野は反応が遅れる、春は黒スーツを吹き飛ばし、外に出る。外には廃墟のような場所が見える。見た感じは洋館、あいつの家だろう。私たちはその前に居た。黒スーツは地面で数回転がって立ち上がる。眼鏡にはひびが入っていた。
「暴力的な春ちゃん...悪くない。ヴァンダリズム的な美しさがある」
絵佐野は眼鏡を捨てる、非対称な眼が妖しく光る。どうする...勝てる...?春には勝てる気がしない、こいつは多分蓮千亭の人間を襲って服とバッジを手に入れ、すり替わったのだろう。奇襲か真っ向勝負かは分からないけど蓮千亭の人間を無力化してる。蓮千亭は謎に包まれているが、一応警察系の組織。勝てなくてもせめて誰かにこの異変を気付かせたい。というかこいつは何なんだ?春の頭に次々疑問が浮かんでくる。
「ふふ...春ちゃん。悩んでる...そんな春ちゃんも良い...」
は呟いた後、後ろかがみになる。魔力が彼に蓄積されていく、禍々しい雰囲気がひしひしと伝わってく絵佐野る。先手必勝、
「鏡魔法 白竜の怒り」
春は翼から硝子を飛ばす。硝子が黒スーツに向かってあらゆる角度から迫る。黒スーツは動かない。ぼーっと突っ立っている。何か結界のようなものでも張っているのだろうか、だが普通に突き刺さる。体中から血が出る、それは黒スーツの黒を紅く彩る。黒スーツの頭がだらんと下がる。勝ったか?春の頭に希望的観測がよぎる。だがそんな希望もすぐ砕かれる。顔がまたこちらを向く。恐ろしくゆっくりと春はその顔に激しい嫌悪感を覚えた。
「はぁ...気持ちいい。春ちゃんの殺意のこもった攻撃...、はぁ...気持ち...いい...♥」
絵佐野は紅潮とした顔で、ふやけた言葉を発する。身体がビクンビクンと痙攣している、その度に喘ぎ声が漏れる。マゾヒストなのだろうか、気持ち悪い、本当に気持ち悪い、普通に気持ち悪い、純粋に気持ち悪い。絵佐野はそんな春の思考を察したのかまた悶える。気持ち悪い...死ねばいいのに。
「さ、次は僕の番だよ」
絵佐野の顔の火照りが一瞬で引く、春は硝子を体に纏わせる。いままでのは前戯だったのだろう、ここからは本気で攻撃してくるだろう。黒スーツは四つん這いになる。
「行くよ」
肉食獣のように黒スーツが飛んでくる。
鏡鳥...風見鶏みたいですね




