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学園もの【桜色のアーチの下で】

家の近くにある桜並木。いつもはウキウキで、ステップでも踏みながら歩いているその道を、俺はずーんと落ち込んだ気分で歩いていた。

春色の桜のアーチ。

隣を歩くのは幼馴染の名波。ナナは小さくて可愛くて、でも元気一杯で頑張り屋。

皆に慕われて、俺の自慢の幼馴染。

そのナナが恋をした。

可愛い女の子ならば、いっそ諦めが付いた。俺は女の子じゃないし、デカいし筋肉付いてるし、男前でもなければ可愛くもない。

俺もナナの隣に立てるくらいのカッコ良さや可愛さがあれば良かったのに。

そしたら、行動できたのに。

「あ、先輩!」

ナナが嬉しげな声を上げる。

その声に、恥ずかしそうにうつむき加減の顔を上げる男は、俺と同じくらいの長身で、白にブルーのラインのスタイリッシュな筈の詰襟は、むしろ男の野暮ったさを全面的に押し出していた。

同じ制服でも、ナナが着るのと男が着ているのは雲泥の差だ。

「良かった。先輩、ここで会えたのも何かの縁です。一緒に登校しましょう!」

にっこりと笑う天使の笑顔に逆らえる奴はいない。

もちろん、先輩と呼ばれた男も逆らえる筈はなく、ナナにまとわりつかれるまま、学校への道を辿った。


今までナナと俺はずっとセットだった。ナナの隣にいるのは俺で、可愛いナナを妙な虫から護るために編成された親衛隊も、俺だけは特別扱い。

「春海は僕の一番大事な親友だから」

そう連中にも紹介してくれた。

「春海を傷つける奴は容赦しないからね。覚悟して」

背の低いナナが皆を見上げて云うのに、俺は噴出しそうになるのを必死で堪える。ナナが容赦しないなんて凄んでも、ちっとも怖くない。

でも、そのナナの気持ちが嬉しかった。

「せめて、可愛い女の子だったらなぁ」

俺の口から何度目かのため息が漏れる。ナナの隣に今いるのは、朝あった野暮ったい先輩。今どきの高校生がいがぐり頭ってどうよ?

ナナにサンドイッチを差し出されて、真っ赤になってうろたえている。

周囲の親衛隊も知らん振りだ。

「あ~あ、馬鹿じゃねーの」

「ホントにね」

後ろからした声に、びっくりして振り返る。そこに立っていたのは、ナナの親衛隊の一人だ。

「春海ちゃんは何がご不満なのかな?」

「ちゃん、止めろ」

俺みたいな大男がちゃん付けで呼ばれて嬉しい筈が無い。むしろ不気味だ。

「あんたこそ、いいのかよ? ナナにあんな男で」

「名波が選んだんだ。俺たちにはどうしようもない」

自信たっぷりに言い放つ男は、ナナの親衛隊の中でもとびきりの美男子だ。顔良し頭良し、ついでにスポーツ万能で、俺たちと同じ高校生とは思えない落ち着きっぷり。

オヤジ臭いとかっていうんじゃねーぞ? 大人の男みたいな感じってことだ。

「ナナが選んだなら、あんなんでもいいって訳?」

「当然だろう。人の心は誰にも自由には出来ない。幸い、名波を利用しようとかは欠片も考えて無さそうな馬鹿だ。名波が飽きるまでならいい玩具だろ?」

さすがにカチンと来た。何だ?その言い草は。

「ナナはそんなことしない! 本気なんだろ。応援してやろうって気は無いのか?」

「あんな男が名波に似合うとでも? 君だって、そう考えてただろう? 春海」

図星を指されて、俺がぐっと詰まった。

確かにナナの隣を取られて面白くなかったよ。それは認める。でも、ナナが選んだ人間を玩具扱いされるのは、さすがに嫌だ。

それに、ナナがいかにもあの恋愛慣れしてない先輩をもてあそんでいるような言い草も許せない。

「じゃあ、春海は応援するんだな? 草間先輩と名波を」

「当たり前だ! ナナが幸せになるなら、潔く振られてやらぁ!」

振られるも何も、気づいてももらえなかったけどな。でも、純情そうな先輩(草間という名であるのを、俺は初めて知った)は、きっとナナ以外は目に入らなさそうだ。

先輩はナナが差し出す昼飯を、うつむき加減で食っている。でもうつむいている首筋まで真っ赤で、照れているのは丸わかりだ。俺にも一回くらいはしてほしかったけど、未練がましく眺めているのは止めだ!

ナナと先輩に背を向けて、俺は立ち上がった。

ナナと一緒にいたくて、何処にも入らなかったけど、何処か部活でも入ろう。

それでナナと決別するんだ。



男らしいがさつな動作で歩いていく春海は、何を考えているのか丸判りだ。

あの先輩といい、春海といい、どうしてこんなに愛らしいのだろう。同じ男子高校生としては問題がある気がする。

「久遠」

後ろから掛けられた声にギクりとして振り返った。

こぶしが俺の耳元すれすれを掠める。

「どうも姿が見えないと思ったら。春海に何の用だ?」

先輩の前で見せていた可愛い振りは何処へやら。目の前の名波は殺気さえ伴って俺を睨みつけている。

小柄で可愛い容姿に騙される人間が多すぎて、すっかりそれが板に付いているが、実は名波の性格は凶暴凶悪喧嘩っ早いときている。

親衛隊などといって、名波の周りを囲んでいる連中は、実は名波の逆の意味での護り役なのだ。

名波がやりすぎる前に止めに入るか、名波の前に手を出して、名波のやる気を削ぐか。そうでなければ、名波はとっくに犯罪者だ。

「いやだな。名波の味方だぜ。俺は。春海ちゃんが名波と彼のことを認めてくれるように、ちょっと助言しただけさ」

実際、あの単細胞なら操るのは簡単。春海のストレートさが可愛い。

「余計なことを」

「何時までもお前がぶってるからだ。春海はすっかり可憐で可愛いと思い込んでる。実際は、草間先輩の方が狼に目を付けられたひつじちゃんだってのに」

「春海?」

何時の間に呼び捨てするような仲になったと、睨まれた。

「ちゃん付けは止めろってさ」

「遊びは許さないからね?」

「春海相手にそんなことはしない。本気さ。ただ、可愛いからね」

俺が迫ったら、どんなにうろたえるだろう? 騙すのは簡単だ。春海を丸め込むくらいは朝飯前。

でも、そんなことはしちゃいけない。

「春海を騙したら、殺すぜ?」

「もちろん」

仁王立ちの名波に云われるまでも無い。やっと見つけた俺の可愛い相手。

存分にお相手するよ。俺の全てを掛けて君をいとおしむ。

桜のアーチの下で名波を見つめて幸せそうに、はかなそうに笑った春海。

今度こそ終わりのある恋なんかさせないよ。

俺のそばでずっと笑っていて。



<おわり>

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