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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第六章 伊勢惣奉行編(長島悪化編)

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第九十話 多度川の戦い――激闘

山風が一瞬止んだ。

次の瞬間、頼廉の六百が、地を割るような咆哮とともに動き出す。


陣形は鋒矢。

矢じりのように尖った先頭が、まるで“鉄の楔”となって秀政本陣へ向かって突き刺さる。

六百の兵が一団となってうねり、槍の穂先が陽光を反射して白く揺れた。


「来るぞ――!」


秀政本陣の三百は、迫りくる“質量”に思わず息を呑む。


ただの突撃ではない。

鋒矢陣は、兵が兵を押し、さらに後列が前列を押し、全員が“前の一点”へ殺到する陣形。

先頭の五十は、後ろの五百五十に押し出される形で速度を増し、足音は地鳴りとなって大地を震わせた。


槍の穂先が一直線に秀政の本陣へ向かう。


秀政の三百は、数の差ではなく、突破力そのものに押し潰されそうになる。

兵たちは思わず喉を鳴らした。


「……敵将は本物だ。

 ただの鋒矢じゃねぇ」


矢印の先端が迫る。

その一点に、六百の質量と殺意が集中していた。


*


頼廉の鋒矢が迫る。

六百の兵が一つの巨大な矢となり、地を割るような轟音とともに、秀政本隊へ突き刺さろうとしていた。


秀政は馬上で叫ぶ。


「本隊三百、魚鱗の構えだ!

 押し返せ!

 耐えろ!


 さすれば両翼が包み込んで、敵が地獄に落ちようぞ!」


その声に応じ、三百の兵が密集し、幾重にも重なる“鱗”の壁を作り上げる。


まるで一枚の鱗が剥がれても、その下から新たな鱗が現れるように、前列が倒れても、すぐ後ろに次の列が立ち塞がる。

だが――鋒矢の勢いは異常だった。


衝突の瞬間、魚鱗の最前列がまとめて吹き飛んだ。


「ぐあああああっ!」


「押し返せぇぇぇ!!」


秀政隊は討ち取られ、押し潰され、槍ごと地面に叩きつけられていく。


圧倒的だった。


六百の質量が三百を削り取るように進む。


だが――

魚鱗は崩れない。


すぐ後ろから次の壁が現れ、鋒矢の先端を受け止める。

頼廉の鋒矢は三百を穿った。

それでも、魚鱗の“層”が鋒矢の勢いを少しずつ削り取っていく。


やがて、鋒矢の先端が乱れ始めた。


押し出されていた先頭が倒れ、後列が前へ出るが、その動きに乱れが生じる。


乱戦が始まった。


しかし――

それでも頼廉の突破は止まらない。


鋒矢の先頭二百が、秀政を守る最後の五十へ向けて突撃を開始する。


「大将首、もらったぁぁぁ!」


秀政本陣は完全に穿たれた。


本隊の二百弱は分断され、本陣へ戻ろうとするが、逆に四百の敵に囲まれ、乱戦の渦の中で押されていく。


魚鱗は耐えた。

だが、代償はあまりに大きい。


そして、何ら危機は脱出していない。


馬上で鉄砲隊のいる林をみる。

敵伏兵により、ここと同じように阿鼻叫喚の状況だ。


おそらく鉄砲隊は助かるまい。

そして奪われるだろう。


(許せ……)


すぐに意識を目の前に向ける。

敵が迫る。


「村瀬!」


「は!」


「俺が敵を引き寄せる。

 剣豪隊、頼むぞ。


 お前達だけが頼みの綱よ」


「任されよ!」


「小母衣!」


騎馬兵が近づく。


「右翼に伝えよ!

 敵を包囲殲滅する際には工夫をしてもらう。


 大野は山田の隊を率いて鬼のように暴れまわれ!

 そして中根の隊は攻めつつも、冷静に敵を見て、退路を作ってやれ!」


「ん?何故ですか?」


村瀬が問いかける。


「包囲するが、殲滅する必要はない。

 逃げ道がなければ敵は死兵と化す。


 水が流れるが如く、圧は外に逃がさねばならん。


 狙いは大将首だけで良い」


「ふふ、なるほど。安心しました。

 この期に及んでも冷静ですな」


「うるさい、無駄口叩く暇があれば俺を守れ!」


「は!」


秀政の密命を受けて小母衣騎馬の伝令が走る。


「さぁ、後はどれだけ耐えられるかだ。

 剣豪隊、抜刀!」


秀政の号令で一際、眼光鋭い武者たちが刀を抜く。


そして、秀政もなまくらを引き抜いた。

敵が目前に迫る。


そして、秀政は大きく息を吸い、轟かんばかりに叫んだ。


「雑兵ども!

 遠からん者も、よぉ聞け!


 この俺が芋粥鬼備前秀政である。


 挑む勇気のある者からかかってまいれ!


 一太刀、馳走してやるぞ!」


雪崩れ込む敵の目の色が変わる。


「あれじゃ、あれが芋粥鬼備前じゃ!

 討ち取って末代までの誉れとせい!」


一斉にわき目もふらずに秀政に突撃する。


だが、その横から、そして背後から、村瀬や村瀬の剣豪隊が容赦なく敵を一刀のもとに斬り裂く。


無駄がない。

体力を温存しながら最少の斬撃で致命傷を与える。


彼らの斬撃は、まるで風が通り抜けた後に首が落ちるような鮮やかさだった。


「一人十人は斬れよ。

 敵は殿によそ見をしておる。

 藁人形を切るよりたやすいぞ」


村瀬が部下の剣士たちに檄を飛ばす。

剣士たちも余裕の表情で頷く。


秀政は敵の殺意を一身に受ける。


村瀬たちの活躍もあり、敵は届かなかった。


*


本隊の劣勢は明らかだった。


倍の敵と戦っている。

昨夜の疲れもある。


徐々に本陣に近づく敵兵の数が増えてきている。


それでいて、なかなか秀政を討ち取れない。


「何をしておる!大将は目前ぞ!

 謀玄を討ち取れ!」


焦りが見え始めた頼廉が馬上から叫ぶ。


「おうおう、敵将も焦っておるな」


村瀬がにやついて、叫び返す。


「ぬしが相手をしているは、謀玄ではなく、“鬼備前”ぞ!

 この弱兵、何百来ようと、傷一つ付けられぬ!」


それを受けて頼廉が怒りを隠さない。


「ぬかせ!仏の前では鬼など恐るるに足らぬわ!」


そんな中、鬨の声がやや離れた場所から上がる。


「間に合ったか!」


ホッとしたからか脱力した状態で秀政が叫んだ。


両翼が挟み込むように国人衆を攻め立てた。

頼廉は馬上から冷静に辺りを見渡す。


「ち、ここまでか。退くぞ」


そのまま馬をゆっくり進ませて、

秀政が見える位置で止まる。


「貴公が謀玄・芋粥備前か!」


ゆっくりと顔を上げて頼廉を見返す。


「そうだ!貴殿が多度尚家殿か!」


それには答えず、薄笑いをした状況で頼廉が返した。


「謀玄・あっぱれなり!

 此度は痛み分けとしようぞ。


 この決着は次に回そう。


 鉄砲はありがたく頂戴するぞ!」


そこまで叫ぶと中根が作った退路に向けて、駆け出した。


「者ども!包み込め!逃がすな!


 大将を討ち取れ!」


秀政が叫ぶと、一気に芋粥軍が反撃に転じた。


*


頼廉や本願寺の戦僧たちは馬で駆け抜けた。


「逃がしましたな……」


血にまみれた村瀬が呟いた。


「あぁ、仕方ない。

 あれ以上無理をしたら俺の首が飛んでいる」


「まぁ、そうかもしれませんな」


包囲戦が始まってからは、芋粥が押し切った。


結果……。

多度川の戦いの初日。


芋粥勢死者、二百七十余

多度勢死者、四百二十余


結果としては芋粥が盛り返したが、

鉄砲十丁と射手を失った芋粥軍の実質的な敗北と言えた。

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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。 読んでシビれました。 実際に戦場に立ったことがないにもかかわらず、読んでいて臨場感を感じられました。 鋒矢の陣による攻撃力の理由は読んでみて納得しました。 次回も楽しみ…
下間頼廉との勝負、熱い戦いでしたね。 歴史に名が残っている人物ですので、よく渡り合ったと思います。 自分が戦っていた相手が下間頼廉と知ったら自信を持つんじゃないでしょうか。 この戦いがのちの飛躍につな…
芋殿も戰場ではしっかり乱世の男になりましたねえ 鉄砲隊と剣豪隊、徒歩の専科兵種の練度が高いのが芋粥家の特徴になるんでしょうか 下間の名前を知らずに済んだのは吉か凶か……意外と委縮しないで対処できる分、…
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