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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第六章 伊勢惣奉行編(長島悪化編)

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第八十七話 謀玄の自信

翌朝。


桑名城では夜明けと同時に太鼓が鳴り、

出陣準備が一斉に始まった。


鎧の音。

鉄砲の点検。

兵糧の積み込み。


正月の余韻は一夜で消え失せる。


桑名城二の丸。


秀政は広げた地図の前に膝をついていた。


目は冷静だ。


(松親は、俺が油断していると思っておるな)


苦笑する。


(確かに甘くは見ている。

 多度尚家の名は聞かぬ)


だが。


(甘く見るのと、舐めるのは違う)


ゆっくりと息を吐く。


(獅子は兎を狩るにも全力で爪を振るう)


敵は千。


こちらは七百。


数では劣る。


(数で負けている側が舐めれば、

 被害は必ず出る)


前回の戦いを思い出す。


四百を一直線に突撃させただけ。


あの時はそれで足りた。


(あれは単純な戦だった。

 将は俺一人で事足りた)


だが今回は違う。


七百。


しかも三方向に分ける。


(七百を縦横に動かす。

 敵千を翻弄し、

 最少の被害で打ち破る)


目が光る。


(完勝せしめるのが“謀玄”よ)


だが、そこで眉が寄る。


(将不足が悩ましい。

 こんな時に大河内が居てくれたら)


昨年、井口と共に尾張から千の兵を補充した。


その際、那古野軍権家老・浅野清隆は、

足軽大将・足軽組頭を複数名送り込んできていた。


千を率いるには、

当然ながら部隊長が要る。


(清隆は本当に役に立つ……)


ふっと口元が緩む。


(義父殿にせよ、清隆にせよ、

 尾張は安心できる)


後ろで控えていた村瀬が声をかける。


「殿」


「ん?村瀬」


秀政は振り返る。


「此度の戦、

 本隊三百を俺とお前が率いる。


 右翼二百、左翼二百に分ける」


「は」


「両翼の部隊長となる足軽大将、

 百人隊の足軽組頭を呼べ」


村瀬が少し眉を動かす。


「どんな者かも知らぬままでは始まらぬ、ですか」


「その通りだ」


秀政は静かに言う。


「兵は数ではない。

 動かせるかどうかだ」


村瀬はうなずいた。


「浅野殿が鍛え、その中から選んだ者たちです。

 そこまで役立たずとは思いませぬが」


「俺もそう思う」


だが、と秀政は続ける。


「戦場では“思う”では足りぬ。

 見て、聞いて、判断する」


村瀬は小さく笑った。


「謀玄らしい」


秀政は立ち上がる。


「呼べ。

 実際に見てから布陣を決める」


庭では兵が整列し始めている。


七百。


精鋭。


だが、まだ“秀政の軍”ではない。


(俺が動かす軍に仕上げる)


静かな自信があった。


慢心ではない。


理屈でもない。


勝つための準備をしている、

ただそれだけだ。


だが。


その敵の背後に、

ただの国人ではない者がいることを、

この時の秀政はまだ知らない。


――戦は、思惑の外から牙を剥く。


敵は兎ではなく猛虎だ。



足軽大将二人と、足軽組頭四人が

秀政の前に膝をついた。


鎧は簡素。

だが立ち姿に隙がない。


まず一人。


「芋粥家足軽大将、

 河村兵介正次にござる」


背は高く、骨太。

声は低く抑えられている。


尾張の農家出身。

野盗を槍一本で追い払ったという剛の逸話を持つ。


寡黙で実直。

鉄砲の扱いも上手いと聞く。


その視線は、

必要以上に動かない。


(落ち着いておるな)


次。


「同じく足軽大将、

 大野甚九郎清景にござる」


こちらは対照的だ。


精悍な顔つき。

獣のような気配。


乱戦での突破力から、

浅野に「槍鬼」と称された男。


一歩踏み出した瞬間の圧が違う。


(……なるほど)


秀政は静かに二人を見比べる。


(この落ち着き、目つき、雰囲気。

 一端の武将ではないか)


口元がわずかに緩む。


(俺がブランド集めに拘っている間に、

 清隆め、着々と育てておるわ)


「うむ。

 よろしく頼むぞ」


「は!」


続いて百人隊の足軽組頭たち。


「芋粥家足軽組頭、

 山田小十郎行重にござる」


叩き上げ。


伍長からの昇進で兵の信頼が厚い。

隊列を崩さぬ堅実型。


「同じく、

 堀田甚兵衛清友」


伊賀出身だが、忍び筋ではない槍働きの一派。

兵の扱いに長け、

若いが統率が安定しており、

清隆も期待している。


「森川与一頼武」


尾張森川郷の地侍。

若さが目立つが、

突撃時の瞬発力は目を見張るものがあるという。


「中根三郎正孝にございます」


年は若いが、

視線が冷たいほど静か。


守戦を得意とし、

退き際を誤らぬ男と聞く。


秀政はゆっくりと頷いた。


「うむ。

 その方らにも期待しておる」


内心。


(おいおい、期待以上だ)


視線が河村、大野に戻る。


(清隆……やるな)


これならば。


(被害を最少にできる)


秀政は鋭い目で河村たちを見据える。


「配置を伝える」


全員が顔を上げた。


「本隊三百。

 大将は俺だ。

 副将に村瀬。

 十人の剣豪隊もここに入れる」


村瀬と剣豪衆は今回も俺の護衛を務める。


「左翼二百。

 大将は河村。

 副将に堀田、森川。


 鉄砲足軽十人もここに入れる。

 伏兵として使え」


河村が自信を浮かべながら一礼する。


「右翼二百。

 大将は大野。

 副将に山田、中根」


大野がにやりと笑う。


「荷駄、兵站は農兵百を徴兵。

 村瀬、隊長は師代の誰かを当てよ」


「承知」


秀政は最後に付け加える。


「騎馬十五騎を本隊に編入する」


ざわめきが起こる。

伊勢で騎馬は多くない。

秀政の本気が伝わる。


「騎馬は小母衣を纏い、

 “謀玄”の小旗を背負わせる」


伝令特化、軽騎とはいえ、

派手で目立つ格好だ。


「各隊は小母衣衆の伝令に従い、

 隊を動かせ」


秀政の声が低くなる。


「今回は、動けた者が勝つ」


静まり返る。


河村が低く答える。


「は」


大野が短く笑う。


「任せてくだされ」


六人の目が揃う。


その眼は、

戦を恐れていない。


秀政は満足した。


(良い軍だ)


だが――


その軍がこれから当たる相手は、

ただの国人ではない。


そう、これは――


獅子 芋粥秀政。


猛虎 下間頼廉。


“鋭い爪を持つ軍”同士の戦。


それは、

思ったよりも静かに始まる。

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― 新着の感想 ―
思ったよりは緩んでなかった芋殿、最低限油断デバフはない状態の遭遇戦ぐらいまでは評価値を戻せたか 委任モードというか、苦手分野の現場は下手に口出しせずステータスの高いものに指示だけ与えて丸投げができるの…
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