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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第六章 伊勢惣奉行編(長島悪化編)

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第八十八話 獅子と虎の対峙

多度山の裾野に、緩やかな野が広がっている。


多度は北勢国人の本拠。


また、長島門徒が密かに出入りしやすい土地でもある。


中央を多度川がゆるやかに流れ、川沿いには雑木林が点在する。


見晴らしは悪くない。

だが、林と川が絶妙に視界を切る。


伏兵を置くには十分。

渡河戦にも持ち込める。


(動ける兵が勝つ)


そう予言した秀政にとって、ここは格好の野戦地であった。


だが、それは頼廉にとっても同じことであった。


*


芋粥軍は川の南側に布陣。


多度尚家軍――

否、実質は頼廉の軍は、北側の林を背に布陣している。


日はすでに傾き始めていた。


決戦は明日。


河村、大野を呼び寄せ、軍議を開いた。

秀政は立ったまま敵陣を見ていた。


やがて、あることに気づいて表情を変える。


村瀬が横目で見た。


「殿、どうされた?

 腹でも壊されたか?」


秀政は答えない。

秀政は少し考えてから問う。


「村瀬……奴らは本当にただの国人か?」


「は?」


村瀬が眉をひそめる。


「事前の報では、将足りえる者は多度尚家くらいにございます。

 奴は紛れもなく、ただの国人」


「……だとしたら」


秀政の視線は敵陣から離れない。


「この違和感は何だ」


「違和感? 何がです」


秀政は指で敵陣を示す。


「敵は千と言ったな」


「はい」


「七百ほどしかおらぬぞ」


河村が目を凝らす。


「確かに……」


村瀬が言う。


「井口殿が数を見誤ったか」


秀政は即座に首を振る。


「それはない。

 井口は堅実な男だ。

 調べ上げた上で報せている。


 あれが七百を千と見誤ることはない」


大野が口を開く。


「では、多度が誇張して吹聴したのでしょう」


秀政は再び首を振る。


「それもない」


秀政は続ける。


「他国との侵攻や防衛ならば、誇張は常とう手段だ。

 敵の戦意を折るため、数を盛ることはある。


 だがな」


秀政は断言する。


「七百を千と誇張したところで、戦意もくそもない。

 織田が兵を増やすだけだ。


 国内の反乱で、戦いを回避することはない。

 反乱側が誇張しても自ら首を絞めるだけだ」


村瀬が腕を組む。


「……では、殿の出陣を知り、三百が離散したか」


秀政は静かに笑う。


「それもない」


敵陣を指差す。


「あの布陣を見よ」


河村と大野も目を凝らす。

整然としている。

陣幕の張り方、兵の間隔、物見の位置。


「離散するような士気の低さがあるか?」


誰も答えず、秀政が続けた。


「どちらかというと……、漏れ出でるほどの闘気がある」


風が一瞬止んだ。

村瀬が低く言う。


「では?」


秀政は答える。


「三百は伏兵として、既にどこかに置かれている」


「伏兵!?」


河村が目を見開く。


「あぁ。それしか考えられぬ」


(ただの国人が、そこまでやるか?

 多度が千をまとめられるかも疑わしい。


 それがこれほど布陣を固め、伏兵まで用意するか?)


秀政は警戒を強め、即断した。


「河村、大野」


「は」


「今宵は夜襲を警戒せよ。

 方円陣に組み直す」


河村がうなずく。


「明日の戦もある。

 交代で休ませろ。


 だが――」


秀政は念を押す。


「一時たりとも油断するな」


「は!」


「ここは敵が地の利を活かせる場所だ」


大野が歯を見せて笑う。


「承知しました」


秀政はなおも敵陣を見つめる。


「こんな不気味な奴らとは、早々に一戦交えた方がよい。

 余計な気を擦り減らすだけだ」


振り向く。


「夜明けと同時に仕掛ける」


全員が顔を上げた。


「陣太鼓と同時に雁行陣へ移れ。

 まずは射撃戦だ。


 弓をありったけ撃ち込め」


「は!」


「鉄砲隊は林に隠せ。

 ここぞという時に撃ち込め」


河村が頷く。


秀政は続ける。


「鉄砲の音に釣られて敵が左翼に突撃したなら、防衛に徹しつつ、伝令を待て」


少し間を置いて続ける。


「頃合いを見て偃月陣へ移行。

 西へ後退しながら包み込む」


村瀬が感心したように言う。


「殿、いつになく本気ですな」


「あぁ」


秀政は答える。


「多度尚家……ただの凡将とは言えぬ」


内心。


(歴史は勝者が刻む)


名将であろうと、凡将として塗り潰されることもある。


あるいは――

ゲームにすら採用されぬほど、徹底的に歴史から消されることもある。


(多度尚家という名の歴史に埋もれた名将が、実際には居たとしても何ら不思議はない。

 松親にも、油断するなと言われたな)


秀政は改めて警戒した。


その夜、両軍は川を挟んで陣を構えた。


*


敵本陣。


粗末ではないが、国人らしい質実な陣幕の中。


大将の座には、多度尚家がいる。


鎧は立派。

家柄に相応しい威厳もある。


――だが。


軍議の場において、尚家に発言権はほとんどなかった。


隣に座るのは下間頼廉。

動作に無駄がなく、落ち着いた様子で軍議を仕切っていた。


その周囲を固める百人隊長たちは、いずれも頼廉配下の戦僧である。

百人隊長たちは、いずれも頼廉の指示を待って姿勢を崩さない。


尚家は、ただそこに“座っている”だけであった。


頼廉は敵味方の状況、兵の編成、大まかな方針を告げ終えると、続けた。


「さすが謀玄・芋粥備前」


声は低い。


「我らの伏兵に気づいたか」


林の奥、密かに潜ませた三百。

秀政は見抜いた。


頼廉は笑う。


「方円陣で今夜は守りを固めるようだな」


尚家が恐る恐る口を挟む。


「では、夜襲は……?」


頼廉は首を横に振った。


「せぬ」


短い一言。


「焦る必要はない」


頼廉の指が地図をなぞる。


「二十の兵を徹夜組として出せ。

 林で物音を立て続けよ」


百人隊長が頷く。


「は」


「焚火は散らせ。

 兵の動きを悟られぬ程度にな」


「は」


頼廉は続ける。


「奴らを休ませるな。

 夜通し伏兵を警戒させろ」


尚家が息を呑む。


「夜を削るのだ。

 決戦は明朝。

 その間に我らはゆっくりと休息する。


 明日の陣形は敵を見て決める」


即断即決。


百人隊長たちが一斉に応じる。


「は!」


兵の大半は伊勢国人だが、実際の指揮系統はすでに頼廉と本願寺の戦僧たちが握っていた。

頼廉は最後に言った。


「謀玄か……。その智謀、とくと味わってみようか」


その瞳はまるで血に飢えた虎であった。


*


その夜。


林の奥で、小枝が踏まれる音が断続的に響いた。

芋粥軍の陣では、兵が何度も目を覚ます。

本格的な戦闘の前から、頼廉は芋粥軍の休息を削り始めていた。


そして、秀政はまだ知らない。

目の前の千の国人の背後に、本願寺きっての名将がいることを。


獅子と猛虎が明日、その爪を競う。

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― 新着の感想 ―
通じないかもですが、信長の野望の風雲録を思い出しましたᕙ(@°▽°@)ᕗ夜と雨の日は隣にならないと相手の隊がわからないのです(+_+)ドキドキさせる方の芋さんがドキドキさせられてますね(┛◉Д◉)┛彡…
どちらが獅子で猛虎かはわかりませんが、芋殿はどっちかといえば狐、それもお稲荷様系統の方が実態に近そう この戦で見事謀玄評価を勝ち取れるかどうか……村瀬が側にいるからまた鬼備前の名前が上がる可能性もあり…
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