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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第六章 伊勢惣奉行編(長島悪化編)

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第七十七話 新たな問題

第二次長島一向一揆は、

名だたる将の命こそ奪わなかった。


だが――


濁流に呑まれ、

泥に沈み、

名も残らぬ兵の数は、


織田家中の誰もが

目を背けたくなるほど膨大だった。


芋粥家も例外ではない。


大河内盛恒の戦死は、

家中の心に深い影を落とした。


あの豪放な笑い声は消え、

「殿のお役に立てまする」と胸を張った声だけが、

やけに耳に残る。


兵たちの間にも、

目に見えぬ沈黙が漂っていた。


元亀三年六月。


長島の情勢は、悪化の一途をたどる。


北勢の村々は日々、

炎と濁流に呑まれた。


――それでも。


その渦中にあるはずの桑名には、

奇妙なほど穏やかな空気が流れていた。


まるで、

次に訪れる嵐を知りながら、

海がひとときだけ息を潜めているかのように。


だがその静けさは、

決して平和ではない。


戦の前に訪れる、

避けられぬ犠牲の匂いを孕んだ静寂だった。



滝川一益は、常に走り回っていた。


膨らみ続ける一向宗門徒を、

虱潰しに叩き潰す。


砦を落とし、

村を焼き、

兵を動かす。


だが、その努力とは裏腹に――


一向宗勢力は、

減るどころか膨らむ一方だった。


桑名城二の丸。


秀政、松親、井口が、

桑名・長島周辺の地図を囲んでいた。


×印は、日ごとに増えている。

昨日焼かれた村に新たに×印を付けた。


「……切りがありませんな」


井口が低く呟いた。


「滝川殿も気の毒に」


秀政が応じる。


松親が、冷静に言う。


「何を他人事のように。

 そのうち、我らも前に立ちます。


 今は大河内殿のことがあって、

 滝川殿も気が引けているだけです。


 いずれ、そんな配慮はなくなります」


秀政の眉間に皺が寄る。


(分かっている……

 だが、現実逃避くらいさせてくれ)


井口が、静かに背筋を伸ばした。


「そのために拙者をお呼びになったのですな?」


「あぁ」


秀政は顔を上げる。


「もはや伊勢芋粥も、

 戦に向けて止まれぬ。


 井口。

 お前の熟練の知識が要る」


井口は、深々と頭を下げた。


「ようやく芋粥家のお役に立てまする!」


(やめてくれ……)


秀政は心の中で呟く。


(そう言って大河内は死んだ。

 この時代の事は知らんが、

 世の中には“死亡フラグ”というものがある)


「ともかく、尾張から呼び寄せた千。

 鷺山の五百。


 これが今、伊勢芋粥の全戦力だ。


 井口、お前にはさらに五百を徴兵してもらう。


 朝明郡、鈴鹿郡あたりから、

 一向宗徒と関わりのない者を選べ」


「承知いたしました」


「この千五百はお前に一任する。


 鷺山は治安維持だ。


 ――すなわち、お前が伊勢芋粥軍の要だ」


井口の目が、静かに燃えた。


「大任、必ず果たしまする」


その時だった。


襖が開き、鷺山利玄が入ってきた。


首を傾げている。


「殿、怪しい者からこれを」


手渡されたのは、封のされた密書。


「どうも俺が芋粥の鷺山と分かって渡した様子で。

 必ず殿へ、と」


秀政は封を見た。


宛名――


“鬼備前殿”


(……またか)


苦笑する。


(良いか悪いかはしらんが……。

 俺宛なのは間違いないな)


封を切る。


読み進める。


そして、深いため息。


(あぁ……そうだった。

 伊勢には、もう一つ火種があった)


「如何なされました?」


松親が問う。

秀政がゆっくりと答えた。


「差出人は北畠具房殿」


北畠具房。


父は北畠具教。

名目上の家督は具房にあるが、

実権はなお具教が握る。


「具教殿が、反織田の動きを強めているらしい。


 具房殿は親織田だ。


 伊勢にこれ以上争乱を起こしたくない、と。


 ――鬼備前として武威を持ち、

 慈愛に満ちた芋粥秀政殿を頼りたい、だそうだ」


松親が真顔で呟く。


「武威を持って慈愛に満ちている……」


「そこに引っかかるな」


「失礼」


だが松親の目は、意地悪そうではあるが、

その見つめる先は深い。


「義兄上、どうなさるおつもりで?」


秀政は少し考えた。


(北畠は、この後荒れる。


 長島に全力を注ぐなら、

 南は静かにさせねばならぬ。


 確か今すぐ北畠が火を上げることは、

 なかったはずだが、余計なことに気を回したくない。


 南伊勢は、できれば――

 血を流さずに。


 そのためには今から種を蒔く必要があるだろう)


「介入する。


 具房殿を支え、

 北畠を大人しくさせる」


井口が驚く。


「今、北畠に関わる余裕は……」


松親は否定ではなく、興味で問う。


「なぜ今、ですか?」


「俺の勘だ」


秀政は地図の南を指でなぞる。


「ここで放置すれば、

 伊勢は南も荒れる。


 北と南、双方に火がつく。


 それだけは避けたい」


沈黙。


松親が、ゆっくり頷いた。


「確かに。

 南北同時は最悪です」


「俺が行く。村瀬と……。

 松親、お前もだ」


「……私もですか?」


「失敗できん。


 具房殿を立てるには、

 お前の知恵が要る」


松親は一礼した。


「承知しました」


秀政は、井口を見た。


「俺が不在の間、お前が代理だ。


 滝川殿から支援要請があれば、

 可能な限り応じてやれ」


「は!」


井口の声が響く。


その声の奥に、

戦場の匂いが混じっていた。


「それで、北畠には兵を、

 いくら連れていきますか?」


松親が念のため確認した。


「いや、さっき言っただろう?

 俺と村瀬とお前だけだ。


 北畠とは兵ではなく知恵で戦う」


「はぁ?」


「俺は行政を任された伊勢惣奉行だ。

 だが、北伊勢で内政しても裏目にしか出ん。


 だからな、次は南伊勢だ。


 俺達が内政で具房殿に入れ知恵する。

 南伊勢を具房殿の手で富ませる。


 具房殿を名君に仕立て、

 家督だけでなく実権を具教殿から、

 引き剥がす」


「これは、また……。

 義兄上らしいですが、

 面倒くさいやり方を……」


その言葉を無視して、

秀政は、ふと窓の外を見た。


空は、妙に澄んでいる。


(元亀三年。


 長島では、まだ大戦は起きぬ。

 せっかくの空白期間。


 今年は――北畠だ)

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― 新着の感想 ―
改めて思う 芋粥の血をといって松丸を祀り上げようとしてるけど やってることは千種による芋粥乗っ取りよね
投稿ありがとうございます。 井口さんは周囲から見ても大抜擢ですね。 経験も豊富そうなので鷺山と協力すれば的確な治安維持と滝川一益との連携で上手くこなせれば鷺山も併せて一皮剥けるんじゃ無いですかね? …
〉「この千五百はお前に一任する。  鷺山は治安維持だ。  ――すなわち、お前が伊勢芋粥軍の要だ」 井口さん大抜擢、元の丹羽家ではこれだけの軍勢を預けられたことはないでしょうね。 陣代待遇ですよ。 士は…
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