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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第六章 伊勢惣奉行編(長島悪化編)

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第七十四話 忍びの首

桑名城、二の丸。


雨上がりの湿った空気が、城下を重く覆っていた。


秀政は地図を前に、静かに言った。


「……軍備に舵を切る」


松親は、何も言わず頷いた。


「鷺山と大河内に伝えよ。

 各二百、常備兵を増やす」


「四百、増強ですね」


「そうだ。ただし――」


秀政の目が鋭くなる。


「一向宗門徒は絶対に入れるな。

 必ず素性を洗え。

 血縁、寺との関係、村の評判まで確認しろ」


松親は即答する。


「承知しました。

 利玄殿と盛恒殿には、慎重に選抜させます」


「今は少しの混入が命取りになる。

 兵は多ければよい、ではない。


 質を担保せよ、と」


「はい」


「それと既存の兵も念のため、

 門徒との関係を洗い出しておけよ」


「確かにそうですね。

 そういう意味では、那古野にも伝えておきます」



短い沈黙。


「そうだ」


秀政は、もう一つの指示を口にした。


「雲雀を引き揚げさせよう」


松親の目が、わずかに動く。


「……殺しは止めさせる」


「確かに。

 今は、気が立ちすぎています。」


「宗教熱が高まっている。

 こんな時に下手に手を出せば、

 火に油だ」


「承知しました」


「撤退だ。

 もう十分に削った。

 これ以上は危険だ」


松親は一礼する。


「於菟を薬師として長島へ向かわせます。

 凪へ指示を繋がせます」


「頼む」



長島。


とある井戸端。


桶を囲み、女たちが噂話に花を咲かせている。


ここでは華と名乗る凪も、その中にいた。


「この間の雨で川がまた溢れてねぇ」


「ほんに、今年は水が多いわ」


そこへ、柔らかな声。


「薬はいらんかえ?」


於菟だった。ここでの名は颯。


「あらお颯さん。ちょうど欲しい物があってね」


女たちがわいわいと取り囲む。


薬草の話、子の熱、腰の痛み――

日常の会話。


その中で、ひとりの女がふと思い出したように言った。


「そういえばさぁ」


「なに?」


「この頃、強気だったお坊様が、

 何人も身をくらませてるでしょう?」


「ああ、出奔かと思ってたけど?」


「違うらしいよ」


声を潜める。


「夜な夜な、

 織田の忍びが殺しては、

 川に捨ててたんだって」


場が一瞬、静まる。


「こわぁ……」


「恐ろしいわねぇ」


凪と於菟は、無表情のまま固まった。


女が続ける。


「でもその忍びも、

 昨夜討ち取られたそうよ」


凪の指が、わずかに止まる。


「二番通りに、その首が晒されてるんだって。

 気持ち悪いから、早く片付けてほしいわ」


「そうねぇ」


凪が自然に相槌を打つ。


その声は、普段と変わらなかった。


内心では。


(雲雀……)


同じ里で生まれ、同じ里で育った。

忍びとはいえ、大事な仲間。

その雲雀の首が――

晒された。


それは於菟にしても同じだった。


於菟がそっと近づく。


「お華さん。

 前に言ってた薬、持ってきたわ」


小さな包みを渡す。


凪は受け取る。


中には乾燥薬草と、

小さな紙片。


『雲雀は自重。撤退せよ。

 凪は引き続き、情報を集めよ』


一歩遅い。


凪の指先が、わずかに震えた。


於菟が低く言う。


「お華さん。

 あまり無理しちゃいけないよ。

 気を付けな。

 また薬を届けるからね」


凪は、ゆっくり頷いた。


「……ええ、お颯さん、ありがとう。」


表情は変わらない。


だが、胸の奥に冷たい穴が空いていた。


帰り際、於菟は雲雀の首を一瞥する。

心の中で念仏を唱えた。


その後、何事もなかったかのように、

桑名湊への船便に乗り込んだ。



桑名城。


松親は、静かに報告した。


「……間に合いませんでした」


秀政は目を閉じる。


「雲雀は――

 討ち取られて、

 そのまま長島に晒されたと」


沈黙。


「……遂に、家中に犠牲が出たか」


秀政は、静かに言った。


「犠牲を皆無にすることはできん。

 だが……残念でならん」


松親は、頭を下げた。


「はい。

 もう少し早く動けていれば、と」


「いや。

 責めるべきは俺だ」


秀政は、地図から目を離さなかった。


「殺しを命じたのは、俺だ。

 元々危険な任務だ」


重い言葉。


「清隆にも雲雀のことは伝えておいてくれ」


「はい」


「それと、阿拝監物に見舞金を送ってくれ。

 そして新たな忍びを送るように伝えてくれ。

 操船が得意な者がいると良いが」


「分かりました」


「犠牲はつきものとはいえ、

 阿拝監物を悲しませることになるな」


松親は、神妙に頷いた。


だが、その胸中は別だった。


(犠牲は、つきもの……

 その通りです、義兄上。


 これから始まる地獄の戦。

 誰がどう犠牲になるかは分かりません。


 もし仮に井口が、この激戦で死ぬことがあっても。


 そのせいで万丸の後ろ盾が弱まったとしても。


 ……それは致し方ないこと)


松親の目は、静かだった。


感情は揺れない。


合理。


選択。


淘汰。


秀政はまだ気づかない。


戦が始まる前に、

すでに家中の中で、

別の戦が始まっていることを。


外では、

濁った川が静かに流れていた。


長島は、

確実に牙を研いでいる。


そして桑名もまた、

血を流し始めていた。


――戦は、もう始まっている。

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― 新着の感想 ―
上手くいかない時は全てが裏目に出る嫌な流れですねぇ 広げた手を一度縮めて次に備えるのが一番だけど、主筋の動きがそれを許さないだろうし、ここで動きを留めてしまうと信長の勘気に触れそうだし 裏で身内の爆…
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