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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第五章 伊勢惣奉行編

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第六十九話 静かな不一致

桑名へ赴任してから、二ヶ月ほどが経とうとしていた。


伊勢惣奉行としての大仕事は、すでに家臣たちが動き始めている。


南條は湊の改修に夢中になり、松親は治水の指揮に奔走した。

神崎は文書の検討に余念がなく、荒木は治安隊の編成に忙殺されていた。


秀政だけが、ぽつりと屋敷の縁側で於菟が差し出した茶を啜っていた。


「……なんか意外と俺だけ暇だなぁ」


そんな独り言をこぼした。


「良いではありませんか。

 芋粥家が上手く回っている証拠にございます」


於菟が冷静にそのぼやきに返事をした。


「それはそうだが、これでは窓際族ではないか。

 なんかこう……暇すぎて憂鬱だ」


「窓際族とは?」


「いや、何でもない。」


その時――


「ひ、秀政様ぁぁぁぁ!!」


門前で馬の嘶きと共に、砂煙を上げて早馬が飛び込んできた。

那古野からの使者である。


屋敷の中にいても聞こえる声。


慌てて走り込んできて、部屋の前で傅いた。


「も、もう、申し……」


「落ち着け、息を吸え。一大事か!?」


使者はゆっくりと深呼吸してから顔を上げた。


「若子様、御生誕!!」


秀政は茶碗を落としそうになった。


「なにっ!? おお!!

 で、お悠も無事か!?」


「はっ!奥方様もご健康であそばされます!

 そして……奥方様は男子をお生みになったことを殊の外お喜びに!」


秀政は安堵し、喜んだ。

だが、同時に嫌な予感も覚える。


(お悠、まだ気にしていたんだな。

 だが、この芋粥に男子、女子は関係ない。


 ……万丸は明の婿だ。

 兄弟で協力できるように仲良く育てないとな!)


自分でそう言い聞かせるように頭を振った。


「よし、今すぐ那古野へ向かう!

 伊勢は――松親に任せた!


 供は村瀬だけでよい!急げ!」


「ははっ!」


秀政は馬に飛び乗り、伊勢の春風を切り裂くように那古野へと駆け出した。


その頃、同じ早馬の報せを受けた松親は、汗を拭きながら誰にも見せぬように、拳を握りしめていた。


(でかした、姉上……。

 ここからが千種の正念場よ。

 何がなんでも万丸ではなく若子様を世継ぎに――)


この時、義兄弟の間に初めて“意思の不一致”が生まれた。


*


那古野の千種政成の屋敷に到着した秀政は、馬を降りるや否や息を切らせたまま奥へと駆け込んだ。


案内も待たず、産室の襖を勢いよく開ける。


そこには――生まれたばかりの若子とその隣で疲れた顔ながらも、満ち足りた笑みを浮かべるお悠が並んで横になっていた。

秀政の姿を見るや、お悠は慌てて身を起こそうとする。


「弥八様……!」


「良い良い、そのままで」


秀政はすぐに手を伸ばしてお悠を制し、若子のそばに静かに座り込んだ。

小さな産着に包まれた赤子は、小さな手を握ったまま眠っている。

秀政は、込み上げる喜びを抑えきれず、そっとその頬に触れた。


「……お悠、よくやってくれた。可愛い若子だ」


お悠は誇らしげに、しかしどこか照れたように微笑む。


「はい……!」


秀政はしばらく赤子を見つめ、口を開いた。


「この子は――“松丸”と名付ける」


お悠の目がぱっと輝く。


「良き名を……ありがとうございます」


秀政は頷き、松丸の小さな手を包み込むように握った。


お悠は遠慮がちに問いかけた。


「芋粥の世継ぎは……?」


「いや、万丸だ。

 万丸は信長様の偏諱もいただいている。

 そう易々と扱えば信長様の名の価値が落ちる。


 それに、丹羽殿を使って我らを縛ろうとする意図が垣間見える。


 それに逆らうのは芋粥として、得策ではない」


お悠の顔に影が落ちる。


「そう気を落とすな。

 明も蘭も松丸も、俺にとっては等しく可愛い。

 松丸を寺に出したりもしない。


 松丸は万丸と明を支えて、芋粥の柱となるのだ」


「は……はい」


「万丸と明に若子が産まれたら、俺とお前の血は確かに次代に繋がれるのだ」


「そうですね……」


「しかしめでたい。本当によくやってくれた。

 募る話もある。

 少し長居するぞ」


「はい!」


秀政は現代人だ。

だからこそ血の意味を軽視し過ぎている。


ここで初めて、秀政とお悠、政成、松親との間に意見の相違が生じた。

だが、この三人はそれを表には出さない。


松丸――後に芋粥秀文と名乗ることになる。


*


松丸の名付けを終え、秀政はしばらく赤子の寝顔を眺めていた。


そこへ廊下から控えめな足音が近づく。


襖が静かに開き、千種政成が深々と頭を下げた。


「秀政様。お帰りなさいませ」


「義父殿、久しぶりだな。

 那古野は変わりないか?」


「はい。おかげさまで。

 伊勢の方も順調と聞き及んでおります」


二人はしばし、伊勢と那古野の情勢について簡単に言葉を交わした。

だが、政成の視線は時折、松丸へと向けられている。

政成は意を決して切り出した。


「秀政様……ひとつ、お願いがございます」


「なんだ?」


政成は膝を進め、深く頭を垂れた。


「松丸様の守役を――この政成にお任せいただけませんか」


秀政は驚いて眉を上げたが、すぐに笑った。


「ん? それは良い。

 義父殿ほど適した者は他にいない」


政成の顔に抑えきれぬ喜びが浮かぶ。


「ありがたき幸せ……!

 この芋粥を支える若武者に必ず育て上げてみせます」


「頼んだぞ」


秀政がそう言って政成の肩に手を置くと、政成は深く頭を下げたまま思う。


(松丸様こそ、芋粥の世継ぎに……

 千種家、そして千種屋の全てを注ぎ、立派な嫡男に育て上げる。


 その後で――

 大殿にも、殿にも、松丸様こそ芋粥の正統世継ぎと認めていただく……)


政成もまた、秀政とは異なる未来を思い描き始めていた。

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― 新着の感想 ―
ほんとここら辺は現代人と戦国人との認識の相違が出てるよなぁ。
もし仮に秀政が大名にでもなった時家の全てを一人が握るんだよね。 民主主義の現代人だといまいちピンとこないけど正しく独裁者なんよな。 何千とか何万の軍のトップであり、政治外交のトップでもあり場合によって…
後継者問題は現代でも難しいからなぁ 昔だから怪我や病気で亡くなる確率が高いから そして不慮の事故もね・・・
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