第六十四話 家臣団補強
滝川一益との会見を終え、
秀政は桑名の屋敷へと戻った。
玄関をくぐると、
松親、村瀬、南條、荒木の四人が待ち構えていた。
誰もが、結果を察している顔だ。
秀政は足を拭きながら、短く告げた。
「――決裂した」
一瞬、空気が張りつめる。
「……やはり、ですか」
南條が低く呟いた。
秀政は座に着き、続ける。
「だが、滝川殿はどこぞの譜代とは違う。
内政は俺に任せると明言した。
無論、独自に動くとも言っていたがな」
村瀬が腕を組む。
「直接、邪魔はせんが――
結果として噛み合わぬ、というわけか」
「そういうことだ」
秀政は頷いた。
「方向性の違いで、足を引っ張られることはあろう。
だが、正面から潰しに来ることはない」
「表立って邪魔されぬだけ、まだ救いですな」
荒木の言葉に、秀政は小さく息を吐いた。
「あぁ。
だからこそ――
今のうちに、
こちらもやれることはやる」
秀政は視線を巡らせる。
「村瀬。
伊勢にも道場を開け。
門下を増やす」
村瀬が目を見開く。
「伊勢で、ですか?」
「そうだ。
人は力だ。
剣を振れる者は、いくらあっても足りぬ」
秀政は松親を見る。
「建設費は――どうにかしろ」
「はい?!
……はぁ。
兄上に掛け合ってみます」
松親が苦笑し、それを横目に村瀬が気合を入れた。
「承知した。
こちらでも、新陰流の精鋭を育ててみせよう」
「南條、荒木」
二人が背筋を伸ばす。
「お前たちは、那古野で既に実績を上げている。
俺が細かい指図はせん」
秀政は断言した。
「好きにやれ。
伊勢を富ませろ」
「「はっ!」」
「松親」
「はい」
「商人とのつながりを、徹底して作れ。
伊勢は、まず“金の流れ”を押さえる」
「承知しました」
秀政は立ち上がる。
「今日はここまでだ。
皆、疲れただろう」
一拍置いて、穏やかに告げた。
「明日から、本気で働いてもらう」
「「ははっ!」」
*
しばらく経って、
秀政は一人、松親の屋敷を訪れた。
「あぁ、義兄上。
言ってくだされば迎えを出しましたものを」
「いや、いい。
ぶらりと立ち寄る方が性に合う」
屋敷を見回し、秀政は苦笑した。
「……それにしても、
俺より良い所に住んでいるな」
(ん?
このセリフ、俺も秀吉に言われたな……)
松親が慌てて首を振る。
「とんでもない。
伊勢は荒れておりますし、
住みやすいとは言えません」
「まぁいい。
上がるぞ」
「はい」
*
座敷に落ち着くと、
秀政は真顔で切り出した。
「松親。
南蛮にはな、“ブランド”という言葉がある」
「……ぶらんどぅ?」
「そうだ。
ブランドというのはな……
“看板の信用”のことだ。
南蛮では、
長年かけて築いた評判そのものを
ひとつの名として扱う」
「ほぉ」
「たとえば千種屋の米なら間違いない。
そう思って買う者がいるだろう?」
「えぇ」
「あれと同じだ。
物そのものより、
その名に積み重なった信用を買う。
だが、実際も千種屋は、
良質な米を売っている。
それがブランドの質であり、
民衆が求める看板だ。
それを南蛮では“ブランド”と呼ぶのだ」
「なるほど……
屋号そのものが値打ちになる、ということですな」
「そうだ。
物の値打ちではなく、
“名の値打ち”を買うのだ」
「面白い考え方ですね。
今度兄上にも伝えておきます。
して、その"ぶらんどぅ"とやらが
今回のご訪問の件ですか?」
「そうだ。
滝川殿に対抗するには、
我ら芋粥は家臣が足りぬ」
「確かに」
「そこで、今から俺はブランドで人材を揃える」
松親が不思議そうな顔をした。
それを意に介さず、秀政は続けた。
「実はかねてより清隆に命じて、
伊賀忍者どもに人材を探させている。
忍びどもが方々を探し回って、
名のある者どもの素性と居場所を、
調べ上げてくれた」
「ほぉ、いつの間にそんなことを」
「家臣不足は常々考えていたからな。
ここに挙げられた者たちは、
どいつも清隆の眼鏡にかなった者たちだ。
外れはあるまい。
だがな……このどんぐりどもの中から
少数を選ぶのは難儀する」
「会ってもないので、
決め手がございませんな。
仮に会ったとしても、
ある一定以上の能力を持つ者の中から
さらに優秀な者を見出すのは大変困難です」
「そうだな。
そこで"ブランド"よ」
「ぶらんどぅ、
……人にもあるのですか?」
「あるとも。
物に屋号の信用があるように、
人にも“家の信用”がある。
つまり血だ。
武家でも商家でも、親の才は子に宿る。
絶対ではないが、期待して損はない。
だから俺は、この者どもを選ぶ。
名家、名将の血を引く者は、
才を土台にして、それなりの教育を受けており、
それだけで“当たり”の確率が上がる。
これが人材のブランドだ」
「なるほど……
では、有名ぶらんどぅに該当する者を、
お聞きしても?」
「あぁ、一人目はこれだ。」
清隆の一覧の中から一人目を指さした。
「六角友清。
六角義賢の側室腹の庶子だ」
松親が息を呑む。
「母は申次衆の家系。
幼少から文書・記録・調略を学んでいる。
六角没落後、伊勢に潜んでいる、と」
秀政が楽しそうに微笑む。
「六角定頼の血を引く。
政治に聡いという噂もあるそうだ。
期待しかない」
「名門六角家の庶子ですか。
織田に恨みはございませんかな?」
「あるかもしれん。
だが、六角家内で居場所のなかった男だ。
義理立ては薄い」
「なるほど」
「次は……。
斎藤玄蕃利玄。
これもたくさんいた義龍の庶子の一人だ。
斎藤滅亡後に浪人になっている。
蝮の血を引く。
それだけで俺は使いたい」
松親は苦笑する。
「分かりやすいですね」
「次は北畠行家。
北畠具教の遠縁にして庶流・分家筋の枝葉だ。
若い頃から和歌・礼法・公家作法を学んでいたそうだ。
伊勢支配、ならびに京の接点として
喉から手が出るほど欲しい人材だ」
「まだ北畠は健在ですが……?」
「こいつは庶流の末端だ。
北畠が凋落してから、
既に家として体面を保てていない。
礼を持って迎え入れれば、
従ってくれよう」
「……確かに」
「次は、日根野正勝。
斎藤家の重臣日根野弘就の庶子だ。
父の戦死後、浪人化している。
槍術・鉄砲に優れ、
斎藤家の奇襲戦・夜襲戦を熟知しておる。
芋粥家は槍働きが少ない。
故に欲しい」
「日根野は名が通っております」
「最後だ。
大河内 盛恒。
北畠家の山岳戦・奇襲戦を得意とした、
盛房の子だ。
第二次伊勢侵攻で盛房戦死後に没落、
浪人になっている。
伊勢国大河内谷の土豪だが、
これも槍働きをさせたい」
「なるほど……。ぶらんどぅの意味が分かりました。
確かに期待できそうです」
「これより俺とお前で支度金を持って、
手分けして登用しにいくぞ」
「私も、ですか?」
「お前は口が立つ。
手伝え」
「芋粥家のため、粉骨砕身して走り回ります」
「頼んだぞ」
秀政は立ち上がり、心中で呟いた。
(半分でも当たれば上出来だ。
家臣不足は、待ってはくれん)
伊勢を変えるために――
まず、家を強くする。
それが、芋粥秀政の出した答えだった。




