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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第三章 城代編(足軽大将格)

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第四十七話 刃を抜かぬ勝利

三日後。


芋粥隊は、十分な休養を与えられていた。


戦の傷は深い。

軽傷と呼べる者は少なく、

包帯を巻かぬ者の方が珍しいほどだ。


それでも――

兵たちの顔色は悪くなかった。


「生きている」


それだけで、戦場を越えた兵には力が残る。



軍奉行の佐久間久六より、次なる命が下った。


軍評定の最後に決めた、

伊勢残存勢力の制圧。


各城を分担し、

速やかに落とせ、というものだった。


担当は三隊。


滝川一益。

佐久間久六。

そして――芋粥秀政。


あの時、

割り当てられた城の名を見て、

秀政は思わず鼻で笑った。


高岡城。

楠城。

椿城。

石薬師城。

庄野城。

亀山口城。

関宿城。

坂下城。

加太城。

野登城。


鈴鹿山麓。

伊勢でも屈指の難所ばかりである。


山城が多く、

谷と尾根が複雑に絡み、

逃げ道はいくらでもある。


籠城されれば、

落とすのに月単位を覚悟せねばならぬ。


「……佐久間め」


秀政は、地図を見下ろしたまま呟いた。


「よほど、恨みに思っておるらしい」


清隆が苦笑する。


「本来なら、

 戦功の褒美として、

 平地の城を割り当てられてもよいはずですがな」


「あぁ、その通りだ。腹が立つ」


秀政は、淡々と答えた。


「怪我人も多い。

 楽な役回りを振られても、

 文句は言われぬ立場だ」


だが――

回ってきたのは、最難所。


「逃げ道も多い。

 最後の抵抗を見せる国人も出るだろう」


「最難所ですな」


「……あぁ」


秀政は、ため息を一つ吐いた。


(まぁいい。

 兵を無駄死にさせねば、それでいい。

 まずは現地にて、様子見だ)



だが。


最初の城に近づいた時点で、

その予想は、見事に裏切られた。


高岡城。


城門の前に、

白布を掲げた使者が現れた。


「高岡城主、

 ここに恭順の意を示します」


秀政は、馬上で眉を上げた。


「……早いな」


城の周囲を見渡す。


兵は配置されているが、

弓は引かれていない。


櫓にも、

戦支度の気配はない。


「城主は申しております」


使者が続ける。


「芋粥備前守様の御威光、

 すでに伊勢中に知れ渡っております」


秀政の眉が気付かれない程度に歪む。


「鬼備前、

 朝明川にて七百を斬り伏せ、

 なお首を取らず、

 生き残った者を帰した将――」


「……さ、左様か」


「その御名を聞き、

 もはや刃を向ける理由なし、と」


清隆が思わず視線を逸らした。


(……話が盛られておる)


秀政は、内心で苦笑する。


(誰が七百だ。

 だが……)


声に出しては否定しなかった。


「城を開けよ」


それだけを告げる。


城門が、

きしりと音を立てて開いた。


血は、一滴も流れなかった。



次も。


楠城――使者。


椿城――使者。


石薬師城――使者。


どの城も、

芋粥隊の幟を見ただけで、

矢を下ろし、

門を開いた。


城主たちが、口を揃えて言う。


「鬼備前に逆らうは、

 死に急ぐに等しきこと」


「朝明川での戦を聞き、

 覚悟は決まりました」


「どうか、城兵の命だけはお助けを」


秀政は、その度に同じ言葉を返した。


「刀を置け。

 城を開けよ。

 無益な血は流さぬ」


それだけだった。



関宿城。


最後に残った、大きな城だった。


ここも、山と街道を押さえる要衝。


本来なら、

激戦必至の城である。


だが――


城門前に並んだのは、

甲冑を脱ぎ、

頭を垂れた城兵たちだった。


城主自ら、土の上で平伏している。


「鬼備前様……」


震える声。


「戦う意思はございませぬ。

 どうか、城と民の命を――」


秀政は、馬から降りた。


城主の前に立つ。


「戦を望まぬなら、

 それでよい」


城主が、恐る恐る顔を上げる。


「……討たれぬのですか?」


「討つ理由がない」


秀政は、淡々と答えた。


「この城は、

 織田の城となる。


 だが、民を苦しめるつもりはない。

 年貢も、今は取らぬ」


城主の目に、

信じられぬという色が浮かぶ。


「生きて、

 城を治めよ。


 それが、お前の役目だ」


城主は、

その場で泣き伏した。



こうして。


鈴鹿山麓の城々は、

一つ残らず、

刃を交えることなく、

芋粥隊の手に落ちた。


「……佐久間の思惑は、

 また外れましたな」


清隆が、静かに言う。


「あぁ」


秀政は、遠く山並みを見た。


「戦わせて、

 疲弊させ、

 評価を落とすつもりだったのだろう」


「だが――」


清隆が続ける。


「戦わずして、

 全て落ちましたな」


秀政は、小さく笑った。


「恐怖は、

 刃よりも強い」


芋粥隊は、

城の掃討戦で、

一人の犠牲を出すことなく、

平定した。


佐久間久六の目論見は、

またしても――

大きく外れた。


そして伊勢には、

一つの名が、

確かに刻まれた。


鬼備前。


刃を抜かずして、

城を落とす者の名として。


(鬼備前、すごい威力だな。

 だが……、一つくらい謀玄の名も、

 出てきても良いものを。


 俺、完全に鬼猛将扱い?!


 こんなに弱いのに!)



滝川勢も佐久間勢も、

多少の犠牲は伴ったが、

もはや戦意が傾きかけた伊勢衆を、

悉く開城せしめた。


こうして、

伊勢北勢四八家の仕置きは、

織田の完勝で幕を閉じた。



尾張への帰還。


芋粥隊は、城下に入ると同時に解散となった。


それぞれが、

久しぶりの我が家へ、

久しぶりの日常へと戻っていく。


包帯を巻いたままの者。

槍を肩に担いだままの者。

だが――

皆、生きて帰った。


それだけで、十分だった。


秀政も、

那古野の屋敷へと馬を向ける。


門をくぐった瞬間だった。


「弥八様っ!」


声と同時に、

お悠が駆け寄ってくる。


その後ろから――

お明とお蘭。


「ちちさま!」


「おかえりなさい!」


秀政は、馬を降りるや否や、

二人を抱き上げ、

お悠をも抱き寄せた。


言葉は要らなかった。


生きて帰った。

それだけで、すべてが伝わる。


だが――

お悠は、少しだけ表情を曇らせた。


「……良かった」


そして、確かめるように言う。


「いつもの弥八様ですね」


「ん?」


「噂では……

 戦場の毒気に当てられて、

 鬼と化したと聞きました」


「……は?」


「鬼備前、だそうです」


「おに……?」


「おにー……?」


娘二人が、

心配そうに見上げてくる。


秀政は、思わず苦笑した。


「あぁ……それか」


頭を掻く。


「中で話そう」



座敷。


話を聞き終えた瞬間、

部屋中に、笑い声が弾けた。


「村瀬様が……!


 五人斬った、十人斬った……!


 あはははは!」


お悠は腹を押さえて笑っている。


「お悠、笑いすぎじゃ」


秀政はむくれる。


「俺が弱い事は自覚しておる。

 鬼とは似つかわしくないこともな」


「いえ、でも、良いではありませんか」


お悠は、くすっと笑って続けた。


「その異名。

 お活かしなさいませ」


「活かす?」


「はい」


穏やかな声で、しかし断言する。


「猛将と言えども、

 将は剣を振るう者ではございません。

 強いか弱いかなど分かりませぬ」


「……」


「そして一度ついた異名は、

 なかなか消えませぬ」


秀政は、はっとした。


「つまり……?」


「良き拾い物をなさいました」


秀政は、考え込む。


「なるほど……」


お悠は、さらに一歩踏み込んだ。


「弥八様の本質は、知将です」


「……うん」


「それを、猛将と勘違いしてもらえれば、

 相手は必ず油断します」


秀政の目が、わずかに見開かれる。


「いずれは、

 知将だとばれましょう。


 ですが――」


お悠は、静かに微笑んだ。


「その時、

 鬼備前という名は、

 忘れ去られるものではありません」


「……」


「知と勇、

 その両方を備えた者として、

 語られるのです」


お悠は、はっきりと言った。


「知勇兼備の名将でございます」


その一言で――


秀政は、

雷に打たれたかのような衝撃を受けた。


(……俺の、唯一の弱点だった武勇を……)


克服、ではない。


覆い隠すのではなく、

盛大に誤魔化す。


それは、

秀政にとって、

まったく新しい発想だった。


(名将……か)


胸の奥で、

何かが、確かに動いた。


芋粥秀政は――


その日、

名将への道を、

一歩だけ、踏み出した。


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― 新着の感想 ―
面白いです。 後世、ゲームでのステータやwikiが愉快な事になりそうですな。
史実でもそんな武将はいたでしょうから。家康とかの武力の値が高すぎな印象あります。
とても面白いです。 応援しています。 書籍化やコミカライズのご予定は?
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