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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第三章 城代編(足軽大将格)

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第三十八話 退く勇気

朝明川下流。


川幅は広く、流れは緩やかだが、

ところどころに浅瀬と中洲が点在している。


両岸は平野が開け、

田畑と集落が点在し、

遠くには低い丘陵が連なっていた。


「……悪くない地形だ」


秀政は馬を降り、

川岸に立って、じっと周囲を見渡す。


野戦ができる。

だが同時に――

伏兵も、奇襲も、容易な土地だ。


「川を背にすると退路が限られる。

 だが、川を挟めば敵の動きも制限できる」


清隆と並び、

簡素な地図と実景を照らし合わせる。


「殿、ここから上流にかけては、

 渡河できそうな浅瀬が五か所ございます」


「下流は?」


「ぬかるみが多く、

 大軍の移動には向きません」


秀政は頷いた。


(つまり――

 ここが戦場か)


「陣を敷くなら、

 川に対して斜めだな」


「左右どちらかに寄せ、

 挟撃を警戒する形ですか」


「そうだ。

 問題は……」


言葉を切り、

秀政は空を仰ぐ。


(敵が、本当に集まるかどうか。

 それに敵の状況で、

 柔軟に切り替えることも必要だ)


こちらは五百。

相手が結束すれば三千前後。


理屈では「来る」。

だが――

理屈通りに動くとは限らない。


「敵の出方次第……か」


そこまで考えた時だった。


蹄の音。


土煙を上げて、

一騎の早馬が駆け込んでくる。


「――芋粥様!」


馬上から声が飛んだ。


「総大将・滝川左近一益様より、

 ご指示をお伝えします!」


秀政の眉が、わずかに動く。


(……早いな)


馬を止めさせ、

使者の言葉を待つ。


「『留まるのみでは、

 敵は策を疑い、動かぬ』」


秀政の表情が、硬くなる。


「『各城を小勢に分散して攻撃しているように

  見せかけよ。』」


嫌な予感が、胸をかすめた。


「『羽津城。

 田原氏の居城を攻め立てよ』」


一瞬、

周囲の空気が凍った。


(……防衛の策を練る時間すら、

 与えぬつもりか)


理屈は分かる。

理屈は、分かるが――


(拙速だ)


秀政は、

感情を表に出さず、短く答えた。


「……承った」


使者は一礼し、

再び馬を走らせて去っていく。


その背を見送りながら、

秀政は深く息を吐いた。


「羽津城か……」


清隆が、低い声で言う。


「川を背にしつつ、

 敵地へ踏み込め、ということですな」


「そうだ。

 完全に“動け”と言っている」


秀政は、すぐに切り替えた。


「市助」

「弥平」


呼ばれると、

忍び二人が音もなく姿を現す。


「朝明川の渡河点を洗い出せ」

「伏兵に使えそうな林、畦道、

 挟撃されやすい場所もだ」


「承知」


「羽津城を今落とす必要はない。

 敵を誘き出すのが狙いだ。

 退路を確認して、報せよ」


「はっ」


二人は即座に散った。


「霧隼、敵の動きを探れ。

 少しでも集結の動きあらば

 すぐに伝えよ」


「は!」


四十八家、どこの家とも見える雑兵に紛れた

霧隼がゆっくり歩きだした。


自家の者ではないが、他家の友軍兵らしく見える

……絶妙な変装だ。


秀政は、清隆に視線を向ける。


「清隆」


「は」


「今回は、お前は俺の傍にいろ」


一瞬の沈黙。


「……承知しました」


清隆は、深く頷いた。


秀政は再び地図を見る。


(攻めるふりをして、

 誘きだす。理屈は通る)


だが――


(これは、

 俺が考えていた“余地”を、

 すべて削り取るやり方だ)


朝明川の流れが、

静かに音を立てている。


その音が、

妙に大きく聞こえた。


「行くぞ」


秀政は言った。


「羽津城へ向かう。

 霧隼からの知らせを受ければ。

 すぐに先ほどの場所に戻る。

 敵の奥地で囲まれるわけにはいかん」


胸の奥に残る、

言い切れぬ違和感を抱えたまま。


芋粥勢は、

ゆっくりと――

だが確実に、

次の局面へと踏み出した。



羽津城は、低い丘の上にあった。


堀も浅く、

石垣も簡素。


力攻めに出れば、

一日とかからず落とせるだろう。


だが――

それは、今回の目的ではない。


「囲め。

 だが、詰めるな」


秀政の号令に、

芋粥勢が静かに動く。


板盾を前に出し、

矢を散発的に放つ。


踏み込み――

すぐに引く。


城兵に「攻められている」と思わせる程度。

だが、「落とされることはない」とも伝わる、

ぎりぎりの圧だ。


(これでいい。

 城を落とせば、国人は散る。

 集めたいのは――

 城ではなく、人だ)


城内からは、矢が返ってくる。

だが、本気ではない。


二日。

その小競り合いが続いた。


三日目の夜明け前。


陣の外れに、

一つの影が、音もなく滑り込んだ。


「――殿」


霧隼だった。


秀政は即座に立ち上がる。


「報告せよ」


霧隼は淡々と告げた。


「伊勢国人、集結を開始しました」


清隆が、息を呑む。


「ほぼ全ての家から動いています。

 兵数――

 およそ三千五百」


秀政は、短く息を吐いた。


(……来たか)


霧隼は続ける。


「こちらの五百を一気に撃破し、

 その勢いをもって、

 後着の織田本隊を、

 地の利で叩く算段のようです」


(最悪だな)


頭の中で、

状況が一気に組み上がる。


(敵は、こちらを“囮”と見抜いた。

 だが――

 それでも来た)


秀政は即断した。


「本隊へ早馬を飛ばせ。

 我々は川向いへ撤退する」


清隆が、即座に応じる。


「川を挟んで対峙、ですな」


「ああ。

 本隊の到着を待つ。

 ――それまで、絶対に噛み合うな」


背後を衝かれる前に動く。

それが、生き残る唯一の道だ。


「遅れるな!」


号令と同時に、

芋粥勢は整然と動いた。


あらかじめ洗い出しておいた渡河点へ、

一直線に向かう。


撤退は迅速だった。


追撃は――

来なかった。


だが、そこから数日。

川を挟んだ向こう岸には、

次々と兵影が集まってくる。


松明。

槍。

幟。


数は――

明らかに三千を超えている。


三方を囲むように、

伊勢衆が布陣し始めた。


(……挟撃態勢だ)


清隆が、低く言う。


「確実に……

 明日には、来ますな」


秀政は、頷いた。


夜の帳が下りる。


焚き火の数は、

圧倒的に向こうが多い。


秀政は、

川を挟んだ敵陣を見つめながら、

静かに言った。


「……退こう」


清隆が、驚いて目を向ける。


「佐久間の恨みに、

 巻き込まれるわけにはいかん。


 出世が遅れる?

 だから何だ。


 我を通して、

 兵を無駄死にさせるのは――

 愚の骨頂だ」


少し間を置いて、続ける。


「今夜、援軍が来なければ、

 明朝――

 敵が動く前に……退く」


清隆は、静かに答えた。


「……よろしいかと」


秀政は、清隆の表情を見て、

不思議そうに言った。


「その顔はなんだ?

 不可思議か?


 武士は、

 名を惜しむべきか?」


首を振る。


「くだらん。


 命さえあれば、

 またやり直せる」


清隆が、わずかに笑った。


「……殿らしゅうございますな」


秀政も、小さく息を吐く。


「本隊は来ないだろう


 奴らは、

 俺を貶める気だ」


秀政が吹っ切れた笑顔を見せる。


「だったら――

 俺は逃げる」


「は!」


(五百で三千五百は無理だ。

 策でどうこうできる差ではない)


「いつでも退けるよう、

 準備を進めろ」


「承知しました」


夜が、深まる。


その時だった。


遠方に、

新たな松明の列が見えた。


数は――

伊勢衆に、匹敵する。


「……?」


清隆が目を凝らす。


やがて、

伝令が駆け込んできた。


「織田本隊――

 三千五百、

 到着しました!」


秀政は、

思わず息を止めた。


(……来た!?

 この状態では伊勢衆も、

 もはや逃げられん。

 野戦だ……)


胸の奥が、熱くなる。


(滝川一益……!

 私怨では動かん男か)


思わず、心中で呟いた。


(……やっぱり、

 かっこいいな)


夜の朝明川を挟み、

二つの大軍が対峙する。


戦は――

避けられなくなった。

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― 新着の感想 ―
佐久間は譜代としてある程度の時期までは過去の実績で残してもらえてましたが、今回はマイナス評価要因をどこからか暴露されて放逐されるのが早まりそうですね
囮役は果たしたといえるが、手柄とは呼べないですね。
銀英伝の中でヤンがユリアンに敵少集団を一箇所に纏めて倒すって提案に、アイデアは良いが敵が纏まるまで待つ必要は無い、何点か改善点を指摘するエピソードをこの話読んで思い出した、軍略って深いなー
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