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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第二章 郡代編

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第三十話 忍びの影

郡代代官所。


「――お明とお蘭は!?」


秀政が思わず声を荒げた。


「耀に守らせております」


浅野が即座に答える。


「しかし――

 ここに留まるのは危険です。

 急ぎ屋敷へ戻りましょう」


秀政は迷わなかった。


「急げ」



屋敷に戻ると、いつもの喧騒はなかった。


子どもたちの笑い声も、足音も、聞こえない。


――静かすぎる。


秀政の胸がざわりとした。


奥の間。


そこには、部屋で積み木を並べる明と蘭がいた。


「ちちさま?」


明が気づいて顔を上げる。


「ただいま」


そう答えながら、秀政は視線を逸らさなかった。


二人の傍――

ほんの半歩後ろ。


耀が立っていた。


膝を落とし、腰を低くし、全身の神経を研ぎ澄ませた姿、一切の油断がない。


その“気配”、彼女が発する剣気は、素人の秀政ですら容易に気付くほどだった。


(……張り詰めている)


そこへ――


「父上」


耀が清隆を見て、ようやく安堵の表情を浮かべる。


ほんの一瞬。

耀に余裕が戻った。

清隆は間を置かず問いかける。


「姫様方にお変わりないな?」


「はい」


だが、耀は少し間を置き、俯きながら続けた。


「……ですが」


「何があった」


耀は、懐から一枚の紙を取り出した。


「部屋を出た、すぐ外の柱に。

 短刀で打ち付けられておりました」


清隆の表情が凍りつく。


「……あれほど警戒しておりながら」


言葉を探すように、一瞬、視線が落ちた。


「……気づけませんでした」


耀は頭を下げた。

だが、それどころではなかった。


清隆は紙を受け取ると、すぐに秀政へ差し出した。


「……全て、筒抜けですな」


秀政は紙を見下ろす。


そこには、乱れのない筆致で名が並んでいた。


――阿拝五郎兵衛清孝

――耀

――市助

――弥平

――霧隼


五人。


「……何者だ、こいつは」


秀政の声は低かった。


「見当もつきませぬ」


清隆が静かに答える。


「ですが……

 この距離でこの精度。

 相当の手練れかと」


秀政は紙から目を離さなかった。


やがて――

顔を歪める。


「……竹中半兵衛重治」


ぽつりと呟いた。


「……え?」


お悠と清隆が同時に秀政を見る。


「分からんか?」


秀政は紙を指で叩いた。


「俺はこの五人を、一度たりとも同じ場に集めていない。


 もし忍びが調べたのなら――

 なぜ市助と弥平と霧隼の名がここに並ぶ?」


清隆がはっと息を呑む。


「……そうか。

 逆、ですな」


「市助たちが足を付けられ、そこから繋ぎを辿って拙者と耀に辿り着いた……」


「そうだ」


秀政は短く頷いた。


「つまり――

 仕掛けてきたのは半兵衛。


 この忍びは、竹中半兵衛の子飼いだ」


(……くそ)


胸の奥で舌打ちする。


(伊達に知力最上位を張っていない)


「俺が先に忍び調略を仕掛けた。


 そして――

 それは即座に見抜かれた」


秀政は天井を仰ぎ、静かに息を吐いた。


「これは、警告か?


 それとも――

 余裕の牽制か?」


視線が無意識に美濃の方角へ向く。


「……秀吉が危ない」


お悠と清隆が、不安げに秀政を見つめた。


秀政は即座に指示を出す。


「清隆」


「は!」


「お前は引き続き、この屋敷の忍び警戒の頭となれ。


 誰一人、屋敷に近づけるな」


浅野が決意を込めた表情で気合を入れる。


「お悠」


「はい」


「当分、この屋敷から出るな。

 仕事は、すべて内でやれ。


 お明とお蘭を、頼む」


お悠は力強く頷いた。


「耀」


「はい」


「この三人を守れ。

 命に代えてもだ」


「……承りました」


耀の声に迷いはなかった。


「弥八様は……?」


お悠が問いかける。

それに対して秀政は短く答えた。


「俺は美濃へ行く。

 村瀬を用心棒にする。


 秀吉が心配だ。


 いいな?」


秀政は全員を見渡す。


「――絶対に、仕掛けるな。


 守りに徹しろ」


「はっ!」


返事が揃った。



秀政はすぐに村瀬新九郎を呼び寄せた。


路銀を投げ渡し、馬を用意させる。


「美濃へ走る。全力だ」


村瀬は短く頷いた。


「お任せあれ」


そうして――

秀政は、忍びの影を背に受けながら、美濃へと馬を走らせた。


すでに――

静かな知略戦は始まっていた。


美濃へ向かう旅は、恐怖の連続だった。


すれ違う旅商人、旅籠の面々。

誰一人、信用できない。


あの村瀬ですら、忍び相手では神経を擦り減らしている。


(いや……

 殺す気なら、尾張でいくらでも殺せた。

 これは半兵衛が何かしらの意図をもって、俺に牽制を入れてきたに違いない)


全力で馬を走らせる。


(俺が余計なことをしたせいで半兵衛を怒らせた。

 歴史を歪ませた。


 おれのせいで、秀吉と半兵衛が仲違いする。

 その時点で――

 未来はどう転ぶか分からなくなる)


「……まずいことをした」


「殿、何か申されましたか?」


村瀬が、周囲を警戒しながら問い返す。


「いや、何でもない。

 明日には着くな」


「はい。おそらくは」


「急ごう。警戒は怠らないでくれ」


そして――

稲葉山の麓、織田の陣営が見えてきた。

秀政は、馬首を返すことなく言った。


「急ぎ秀吉のもとへ」

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