第二十九話 内政目標
郡代代官所。
四区の代官――
泉川清允、荒木重直、南條利昌、木曾与英。
全員が揃い、座敷には緊張が満ちていた。
秀政は、上座で静かに口を開いた。
「一年で――
税収と収穫量を倍にせよ」
一瞬。
四人の表情が、目に見えて歪んだ。
「……」
「……それは……」
誰も、すぐには言葉を継げない。
だが――
秀政は、すぐに続けた。
「――とは、俺は言わん」
空気が、わずかに緩む。
だが同時に、
「では、何を言うのか」という戸惑いが走った。
秀政は、ゆっくりと四人に向けて、視線を巡らせる。
そして立て続けに口を開いた。
「まずだ。
目標を、具体化せよ」
「そして、
課題を洗い出し、
“最も効果のある一点”を見定めろ」
「いきなり数字を追うな」
「何を動かせば、
結果が連鎖するかを考えろ」
静かな口調だったが、
言葉は重い。
「新田開発と収穫量」
「水利の改善による反別の増加」
「村ごとの人口と労働力」
「荒地の割合」
「交易量の推移」
「……何でもいい。
だが、
“自分の区にとって最も効く一手”を選べ」
一同、息を呑む。
最初に口を開いたのは、
北区代官・木曾与英だった。
「……なるほど。
しかし、
いきなり申されましても、
正直、迷いますな」
秀政は、頷いた。
「そうだろう」
一拍。
「木曾」
「はい」
「北区の村は点在し、
人口は少ない」
一息おく。
「物流は細く、
情報も遅い」
「……事実でございます」
「ならばだ」
秀政は、淡々と言った。
「“情報の整理”と
“人の流れの可視化”はどうだ?
誰がどこにおり、
何が動いているのか。
それが見えれば、
人を増やす手も、
物を通す手も打てる」
木曾の目が、わずかに見開かれる。
「……人口を増やせば、
区は、自然と栄える。
……なるほど。
その通りでございます」
次に、秀政は南條へ視線を移した。
「南條」
「はい」
「南区は――
四区の中で、
最も“銭が政治を動かす”場所だ」
指を折りながら一つずつ挙げる。
「水利」
「検地」
「年貢」
「余剰米」
「投資」
「商業」
「……この中から、
三つ選べ」
南條は、思わず身を乗り出した。
「三つ……!
はい」
「欲張るな。
三つに絞れ。
それを、
徹底的に磨け」
「……承知しました」
他の二人も、
無言のまま頷いていた。
そして東西にも同様の助言を与えた。
秀政は、最後に全員を見渡す。
「一年で――
“成果”を出せ。
三年で――
“形”にしろ。
十年で――
“郡を変えろ”」
その言葉に、
四人の背筋が伸びる。
だが――
秀政は、さらに続けた。
「ただし……
同時に、
“下の者を育てろ”」
四人に向けて視線を流す。
「お前達でしか出来ぬようには、
するな。
お前達には他に仕事がある」
一瞬、空気が固まった。
「……それは」
泉川が、思わず口を挟む。
「どうせなら、
最後まで我らに
任せていただきとうございます」
秀政は、首を横に振った。
「いや、俺が、
いずれ城主になれば――
お前達は、
郡代にならねばならん。
俺が国持ち大名になれば、
城代だ」
静かな断言だった。
「もし――
後継を作らねば、
いつまでも
お前達は“代官”のままだ」
四人が目を見開いた。
「それで、
いいのか?」
誰も、答えられなかった。
秀政は、少しだけ声を和らげる。
「期待している。
成果を出せ」
四人の顔が引き締まった。
「そして――
それを、
盤石にせよ」
秀政が微笑んだ。
「……共に、
駆け上がろうぞ」
四人は、揃って頭を下げた。
「はっ!」
*
一年後。
愛知郡は既に富んでいた。
それゆえに――
今まではこの状況が限界だと思われていた。
だが――、
目に見えて変わり始めていた。
村に人が戻り、
水が通り、
銭が巡る。
まだ“完成”ではない。
だが――
確実に、
上へ向かって動き出していた。
それこそが、
秀政の望んだ内政だった。
秀政がお悠と郡の財政について語り合っていた。
「弥八様、これをご覧ください。
随分と良くなりました。
四代官が良くやってくれています」
「そのようだな、
やはりあの者らは優秀だった」
「いえ、これも弥八様の政の才のおかげです」
「そう思いたいところだが俺は何もしていない。
さぁ、それより兵農分離だな。
俺専用の常備兵を囲いたいが、
予算的に五十人が限界か……」
そこへ浅野が慌てて乗り込んできた。
「清隆、どうした?」
「殿、奥方様、ご用心ください」
「ん?」
「忍です」
「どういうことだ?」
「ここ数日前より急に忍びの影が強くなりました。
間違いなく、殿を探る、あるいは狙っております」
「俺が標的?たかが郡代だぞ?」
「えぇ、それも……
それがしですら、追えぬほどの手練れです!」




