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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十一章 伊勢太守編(長政飛躍編)

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第百六十六話 十年先の軍

出陣の沙汰が下ってから、鈴鹿城内は一気に慌ただしさを増した。


兵の編成、兵糧の積み出し、馬の手配。

出る者と残る者の振り分けも急がれる。


桑名城代を日根野に任せた鷺山は鈴鹿に残り、

長政の出陣準備を主導していた。


福島市松と加藤虎之助は初陣である。

しかも鬼兵を預かる将としての出陣。


気負いは隠しきれず、

鍛錬場ではいつも以上に声が張り上げられていた。



その夜。


秀政は鈴鹿館の奥の間に政成と浅野を呼び寄せた。


月がよく出ている。

縁側に面した座に三人が並び、静かに盃を交わす。


しばらく無言が続いた後、

秀政がぽつりと漏らした。


「……戦を、息子に押し付けてしもうた」


酒を置いたままの言葉であった。


浅野は少し間を置いてから口を開く。


「押し付けた、ではございませぬ。

 任せた、でございます。


 若殿も、もはや一軍を預かる器にございます」


慰めではない。

評価である。


政成も静かに続ける。


「はい。

 これは適材適所にございます。


 戦場での指揮は、若殿でも務まりましょう。

 ですが鈴鹿の街造りとなると――

 殿でなければ回りませぬ」


秀政は苦く笑う。


「頭ではわかるのだがな」


それでも納得しきれてはいない。


浅野が盃を置き、少し身を乗り出した。


「若殿が勝って戻られた時に、

 鈴鹿が一回り大きくなっておればよいのです。


 戦の勝ちだけでは国は強くなりませぬ。

 殿にしかできぬ勤めを立派に果たしたことになりましょう」


そこまで言ってから、

話題を切り替える。


「ところで殿。

 何やら内政の妙案があると仰っておられましたが?」


秀政の表情が変わる。


先ほどまでの曇りが消えた。


「あぁ、ある。

 ちょうど良い。浅野もおるしな。

 十年先の軍のことよ」


盃を置く。


「馬だ」


唐突である。


「浅野。

 世の中には、常の馬とは別物の馬がいることは知っておるな」


「はい。

 将軍家や大大名が持つ、家宝級の馬にございますな。

 武士たる者、あのような馬を使いこなせれば大見栄を張れます」


「ははは、その通りだ。


 あれはな……南蛮馬だ。

 南蛮船から手に入る」


浅野の目がわずかに見開く。


「南蛮は、人だけでなく馬も違うのですな」


「違う。

 そして――作れる」


「作る……?」


政成も首を傾げる。


「政成。

 伊勢で馬生産の牧場を作りたい」


話が一気に現実に落ちた。


政成はすぐに考え始める。


「牧場自体は問題ございませぬ。

 伊勢は古来より馬の産地。

 朝廷にも献上していた由緒ある産地です。


 鈴鹿郡、河曲郡、多気郡、度会郡――

 湿地と草地が混在し、水もある。

 放牧には理想の地形にございます」


少し間を置いて続ける。


「さらに鈴鹿を開発するにあたり、

 治水整備したこともあって草地が増えております。

 餌には困りませぬ」


秀政は即座に頷いた。


「ならば決まりだ。

 鈴鹿川沿いに三か所、河曲に三か所、多気と度会にも三か所」


迷いがない。


浅野が現実面を補う。


「常備兵の家族を飼育に回せますな。

 芋粥は兵農分離が済んでいるゆえ、労働力には困りませぬ」


「よし、すぐに動かせ」


「はい、承知しました。

 黒鬼兵や白鬼向けに馬はいくらでも必要でしょう」


そこで政成が本題へ戻す。


「……ですが殿。

 巨馬を“作る”話とは、どう繋がるのですか?」


秀政は少し笑った。


「血統を支配する」


短い。


だが中身は重い。


「実は南蛮馬にも種類があるのだ。


 アラブの馬、アラビアン――

 速さと持久力があり、気性も良い。

 過酷な環境にも強く、骨が太くて丈夫だ。

 改良馬の基礎になる馬だ。


 イスパニアの馬、アンダルシアン――

 体格が大きく、瞬発力がある。

 気高くも従順、王侯貴族の馬だな。


 そして北アフリカのバルブ――

 気性は荒いが、機動と跳躍に優れる。

 これはポルトガル王国経由になるやもしれん。

 少々高くつくようなら諦める」


政成と浅野が驚いた表情のまま呟く。


「と、殿は相変わらず博識にございますな」


情報量を処理するだけで精一杯だ。


「この三種はサンパイオ商会でも入手できることは、

 木村新兵衛を通じて確認済みだ。


 この三種を血統として掛け合わせる。

 伊勢にいる日本馬とだ」


ようやく意図が見える。


「まさか……繁殖させるのですか?」


「そのまさかだ」


即答であった。


「既に手は打った。

 サンパイオ商会に依頼して、

 三歳のアラビアン牡馬を十頭、運ばせている」


政成が止まる。


「……いくらで?」


「一頭八十貫だ」


空気が止まった。


「八百貫か」


政成が呟く。

常識外れである。


浅野が思わず声を荒げた。


「武将が羨む良馬でも十貫しませぬ!」


「血統を買うのに、たったの八十貫で済んだのだ。

 いずれ安い買い物をしたと気づく。


 言っておくが、半数は途中で死ぬ覚悟で頼んだ。


 数が揃うまでは頼み続けるつもりだ。

 場合によっては千六百貫ほどにまで膨らむやもしれん」


政成が大口を開けて驚いた。


それを無視して秀政は淡々と続ける。


「これより三年、毎年五十頭の伊勢牝馬と掛け合わせる。

 血統はすべて記録しろ。


 どの馬がどの血統の仔か、父母、祖父母の代まで遡って、

 徹底して管理しろ。


 血が濃くなりすぎれば病を生む。

 人と同じだ」


政成の目が鋭くなる。


「……帳面を分けて管理いたします」


「そして三年後、アラブ馬の血を引く一次生産牝馬が、

 繁殖の場に登るだろう。

 その牝馬でさらに回す。


 しばらくは種は純血で足りる。

 中途半端な牡馬は騎乗用に回せ」


浅野が頷く。


「黒鬼・白鬼の馬として十分でしょう」


「ただし、気を付けろよ。

 アラブの血が入った牡馬は第一世代と言えども、

 体は大きい。訓練が要るぞ」


「は!」


「そしてここで一手加える必要がある。

 濃くなりつつある同血を薄めるために、

 定期的に新しい純血牡馬を買う。


 あくまで純血の他血を加えることで、

 アラブの血を濃く、血統としては薄くする。」


「……なるほど、より純粋なアラブ馬に近づけつつ、

 血統を健全に保つのですな」


「そうだ。

 それになアラブ馬にも系統があるのだ。

 速さ、持久力、体格、気性。


 毎回違う系統のアラブ牡馬を伊勢馬との相性を見ながら

 掛け合わせることで最適な血統を固定することもできる。


 ゆえに純血の種牡馬は多いほど良い」


浅野が呟く。


「……もはや伊勢馬の原型はなくなりますな」


「ふふふ。

 そして六年後だ。

 そこでようやく体が整う」


秀政は指を二本立てた。


「そこへアンダルシアンとバルブを十頭ずつ入れる。


 第二世代の牝馬とそれらと組み合わせることで、

 アラブ馬の基礎を持ち、アンダルシアンの体格と瞬発力、

 あるいはバルブの機動力と跳躍力も上乗せできるだろう。


 それ以降は改良伊勢牝馬と適宜、純血牡馬を組み合わせながら育て続ける。


 十年もすれば純血でなくとも、改良伊勢牡馬も種牡馬に使えよう」


沈黙が落ちる。


「……家宝が量産されますな」


政成の言葉に、秀政は笑った。


「それだけではないぞ」


浅野の方を向く。


「芋粥は最強の騎馬隊を持てるやもしれん。

 またカラコールもこの馬なら可能になるだろう。


 そして政成の言う通り、余った馬は去勢でもして、

 他家に高値で売りつけてやればよい」



しばらく沈黙が流れる。


浅野が汗を拭く。


「いつもながら殿の熱量には圧倒されますな」


政成がふっと笑った。


「なるほど。確かにこれほど面白い考えがあれば、

 戦になど行っている暇はありませぬな」


秀政も笑う。


「そうだろう?

 戦という不毛な時間よりも、馬の血統を支配する方が、

 どれほど将来の銭になるか」


即答である。


「いやいや、これは面白い商材です。

 すぐに牧場を作り、伊勢牝馬を集めます。

 そして馬の管理に長けた者、血統管理ができる几帳面なものを集めまする」


「頼むぞ」


三人の酒が進んだ。

つまみを持ってきたお悠がその様子を見て、

微笑みながら呟いた。


「あら、何か良いことでもございましたか?」

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― 新着の感想 ―
10年後は無理でも150年位後には競馬文化の輸出が始まりそう。平地が少ない日本で馬術や乗馬が流行らせられるかどうか。これは北海道の開発が進まないと無理かな。 ドイツ人は車バイク自転車だけでなく乗馬が…
転生前の芋粥君、きっとウイポかダビスタにもはまっていたに違いない
この時代の馬に去勢はまず無い 武士が家を継ぐため子孫を残すのを責務としているから 去勢するくらいなら首を落とす
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