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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第十一章 伊勢太守編(長政飛躍編)

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第百六十五話 北陸炎上

利家は一つ息を吐き、視線を落としてから秀政に向き直った。


「……備前殿。

 此度の北陸参陣、ただの増援ではない。


 殿も苦渋の決断にございます。

 ――状況が変わったのです」


声に迷いはない。

だが、戦の報せの重さが滲んでいる。


「聞いていただきたい」


そう前置きし、利家は順に語り始めた。


「まず越中。

 未だ上杉より奪い切れておりませぬ。


 能登では柴田様と丹羽様が踏ん張ってはおられるが、

 一進一退で押し切れぬ状況です」


秀政はそれを聞きながら、内心で状況を組み立てる。


(上杉は兵を割いていない。

 関東で北条と戦っておらぬからだ。


 史実であったような浪費がない。

 ゆえに北陸に注力できる。

 ――だから史実より強い織田といえども押し切れぬ)


利家の声がさらに低くなる。


「……そこへ、謙信が動きました」


間を置かず続けた。


「能登、加賀へ、大軍で攻め込んできました」


秀政の視線がわずかに鋭くなる。

利家はその反応を見て、言葉を継いだ。


「だが――

 これには裏があります」


吐き捨てるように言う。


「本願寺です」



「加賀の一向門徒は、昨年まで静かでした。

 北条と上杉が関東で争っていた時は、加賀の国人が勢いを取り戻し、

 門徒と衝突しては崩れ、また衝突するを繰り返しておりました。


 ですが、上杉が関東に出向かなくなり、

 織田と上杉が力で睨みつけるようになってからは

 加賀の国人衆は大人しくなっておりました。


 結果、国人と門徒の衝突はなくなり――

 均衡は保たれておりました」


利家は言葉を切る。


「そこで本願寺はやり方を変えたのです」


視線がわずかに歪む。


「長島の生き残りを加賀へ送り込み、

 そして吹き込んだのです。


 “織田は次に加賀を焼く”」


秀政は無言で聞く。


「根拠などありませぬ。

 だが長島の惨状を聞かされれば――信じるしかありませぬ」


一向門徒にとって、それは理屈ではない。

焼かれるという確信である。


利家はさらに地図を指でなぞった。


「そして越後。

 本願寺は、長島でのやり口を謙信にも伝えました」


秀政の眉がわずかに動く。


「謙信は扇動そのものを好みませぬ。

 だが――」


利家は淡々と言い切った。


「“織田を北陸から追い出すことこそ義”と信じたようです」



「義の男は、時に扱いやすい」


その一言に、全てが詰まっていた。


「門徒は上杉の庇護を期待して蜂起しました。


 謙信はそれを受けた結果――

 全軍で能登を押さえ、加賀を助けるために進軍」


利家は拳を軽く握る。


「柴田・丹羽の戦線は、一気に苦しくなりました。

 能登どころではない状態です。


 能登、加賀が燃えれば、北陸は崩れましょう」


最後に、秀政を真っ直ぐ見据えた。


「……ゆえに殿は、貴公に命じられたのです。

 北陸は今、織田家最大の火種となりつつある。


 今動ける者は数少ない。それが芋粥殿、貴公です」



利家は一歩踏み込む。


「さらに、殿からもう一言預かっております」


声の調子がわずかに変わる。


「鉄砲調達が第一。

 それを果たした上での北陸与力と心得よ」


そして苦笑する。


「鉄砲だけでも頭が痛いというに……

 なかなか厳しいことを申されますな」


利家が秀政のことを心配するが、

秀政は黙したまま聞いていた。


(鉄砲は何も問題ない。

 政成に任せれば終わる)


そこに難しさはない。


(だが――)


内心で吐き捨てる。

損をする。

時間を取られる。

何より――楽しくない。


(出陣が面倒だ。

 とどのつまり――

 嫌なのだ。


 戦より内政がしたい)


それだけであった。


やがて、諦めたように口を開く。


「……承知した。

 鉄砲は必ず集める。


 与力四千も用意しよう」


利家の表情がわずかに緩む。


「そうですか。

 殿にはそのように伝えましょう。

 わしもこの後、向かいます。

 また馬を並べて戦えることを光栄に思います」


それだけ言うと、用件は終わりとばかりに立ち上がり、

足早に去っていった。



静寂が戻る。


上段の間には、秀政、政成、浅野、お悠、長政、鷺山。


秀政は上座へ座り直し、短く吐いた。


「……鉄砲は問題ない」


断定である。


「ただ惜しいのは、

 せっかくの内政の機会を潰されたことだ」


間を置く。


「嫌だな」


結論であった。


「その一言に尽きる」


政成もお悠も、苦笑すら浮かべぬ。

いつものことである。


秀政はそのまま話を進めた。


「さて、此度の出陣だが、致し方なし――」


いつも通り、秀政を総大将として鷺山を連れて行く――

これしか芋粥家に手はない。

それを言いかけたところで、


「義父上!」


長政が声を上げた。


場の空気が止まる。


「此度の出陣、私を総大将としてください」


秀政は目を細めた。


「……は?」



長政は迷わず続ける。


「義父上は鉄砲調達――

 いえ、どちらかと言えば内政にございます。


 ならば伊勢に留まり、そちらに専念いただくべきです」


一歩も引かぬ。


「それに……出陣は、お嫌なのでしょう?」


言い切った。


「ならば、私が参ります」


秀政は眉を寄せる。


「待て。

 いくら嫌だと言うてもお前を危険に晒す方がもっと嫌だ。

 上杉謙信は越後の龍と称される男だ。


 まだお前では危うい」


(手取川の戦いが再現しないとも限らない)


はっきりと否定した。


だが長政は退かぬ。


「ご安心ください。

 無理は致しませぬ。


 私は――帰ります」


“家族にとっては、名を残すよりも生きて帰ってきて欲しい”


この言葉がはっきりと脳裏に浮かぶ。


「這ってでも」


その言葉に、空気が変わる。


「帰りを待つ者のために、

 生きて帰る戦を致します。

 死んでなるものか!


 見苦しくとも生きて帰ります」


秀政は言葉を失う。



長政はさらに踏み込んだ。


「そして北陸には、父――

 丹羽長秀が居られます」


静かに言う。


「私は芋粥の婿養子です。


 芋粥の名を背負う者として、

 総大将を務める姿を、父にも見せたい。


 芋粥として父の隣で共に戦いたいのです」


わがままであった。

だが――逃げではない。


秀政は黙る。


その沈黙を破ったのは鷺山であった。


「任せてやればよろしいのでは?」


あっさりと言う。


「殿があまりにも嫌そうな顔をしておられるから、

 若が気を利かせたのでしょう」


「なんだそれは!

 まるで俺が駄々っ子親父ではないか!」


秀政が顔をしかめる。


鷺山は笑った。


「冗談でございます。でも御自覚があるようで?」


そして真顔になる。


「さて、若が出るならば――この鷺山玄蕃。

 命に代えても守り抜きましょう」


その言葉は軽くない。



秀政は、ゆっくりと息を吐いた。


(……丹羽殿がいる戦場か)


条件としては悪くない。

無理はさせぬこともできる。

歴史は大きく変わっている。

手取川の敗戦が起きるとは限らないのだ。


やがて、決断した。


「……良かろう」


静かに言う。


「血気に逸らぬと誓うならば、

 総大将を任せる」


長政が力強く頷く。


「は!」


秀政は即座に編成を決めた。


「赤鬼四百、青鬼四百、黒鬼鉄砲百、黒鬼騎馬三百。

 常備兵二千、農兵千。


 総勢四千二百」


間を置かず続ける。


「総大将――長政。


 副将兼青鬼将――鷺山玄蕃。


 赤鬼将――福島市松。


 黒鬼将――加藤虎之助」


鷺山が笑う。


「羽柴殿の若造どもも連れていくか」


秀政は頷く。


「この陣なら戦える」


だが、すぐに釘を刺す。


「前線には出るな。

 あくまで丹羽殿の補佐だ」


「はい!」



こうして決まった。


芋粥家にとって初めて――


秀政が出ぬ大規模戦。


内を固める者と、

外で名を上げる者。


役割が分かれた。


それは偶然ではない。


戦を秀政一人で回す段は終わった。


将を立て、任せ、戻す。


芋粥は、そういう家になり始めていた。

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― 新着の感想 ―
若く血気に逸った加藤・福島を御するのは大変そうだな… もしかして丹羽か鷺山が没るかもしれない? 更に織田の窮地とみて武田や本願寺、義昭が動いたら本当に織田家は天下取りから後退する可能性も。ここで内政で…
最近静かなあの人がここで長政がいなくなるようにする流れだったら嫌やなw
上杉が動いたのは本願寺絡みでしたか、てっきり武田絡みかと思ってましたが、損得での判断でない分退かせるきっかけを作るのが難しい戦になりそうですね… 総大将長政、脇を福島正則と加藤清正が固めたと考えると…
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