第百三十六話 城ではなく、国を作る
軍議が終わりかけた頃、
秀政が政成を呼び止める。
「義父殿。
松之助に南蛮大砲の調達は急ぐように頼んでくれ。
訓練も必要だ。
最初の一門はなるべく早く必要だ」
政成は眉を上げた。
「南蛮大砲……。
かしこまりました。
ただし、あれは貴重品です。
大砲は南蛮国家にとって、国家機密の武器です。
正規の方法では買えませぬ。
欲深い商人から直接買い入れるしかありませぬ。
千種屋の矜持として、粗悪品は扱いません。
質の良いものを揃えるとなると――
時間が必要です」
「どれほどだ?」
「ニヶ月、いただけますか?」
「一門先に手に入れば、後はそれで構わん。
弾も火薬も揃えられるか?」
「はい。千種屋の名にかけて」
「費用は“つけ”にしてもらってくれ」
政成が苦笑する。
「……また殿はそういうことを。
松之助が泣きますよ」
秀政は肩をすくめた。
「泣かせておけ。
どうせ後でたんまり利益をくれてやる」
政成は深く頭を下げた。
「承知しました」
秀政は軍議場に向き直り、声を張る。
「聞いたな、皆の衆!
出陣は二ヶ月後だ。
出陣組は準備を怠るな。
留守組は――
開発を止めるな!
良いな!」
「「ははっ!!」」
軍議は解散となり、家臣たちが散っていく。
*
「義父殿、村瀬は残れ。話がある」
「何でしょう?」
「奥の間に行くぞ」
奥の間に政成と村瀬が通される。
「村瀬、悪いが番をしてくれ。
気を研ぎ澄ませて誰も寄せ付けるな。
軒下、天井裏、全てだ。
忍びが居たら問答無用で斬れ」
「承知! さては悪巧みだな?
良い良い。
殿と筆頭殿ならきっと面白いことを
考えているのであろうな。
任せよ。
何ぴとたりとも邪魔させぬ」
秀政が苦笑いして、政成に向き直る。
「義父殿、座ってくれ。
……力を借りたい」
政成は姿勢を正す。
「私でよければ、なんなりと」
「三つある。一つ目は開発の仕上げだ」
秀政は鈴鹿城予定地の地図を広げた。
「政庁総構えとして、
鈴鹿に作る施設の素案をまとめたい。
俺の考えを形にしてほしい」
政成の目が輝く。
「ほぉ……。面白くなってきましたな」
秀政は指で地図をなぞりながら語る。
「まず行政として、本丸・二の丸予定地だ。
中央官庁ともいえる――
国を動かす場所を作る。
評定・裁判・年貢割付を行う政務局。
朱印状・黒印状を扱う文書局。
芋粥の勘定を司る会計局。
南蛮商人や千種屋と交渉する商務局。
それに加えて――
治水・道路・建築を司る土木局。
石高管理の検地局。
治安維持の警邏局。
これらを置きたい」
政成は即答した。
「良いですね。
ここまで構想が固まっておられるなら、
具体化は容易です。
日の本の首都でもお作りになるのですか?」
「いやいや、考えすぎだ。
次にいくぞ。
軍事だ。二の丸に置く」
秀政は続ける。
「兵糧、武具、火薬庫。
これは芋粥の命だ」
政成も真顔になる。
「はい」
「城内に大蔵を大きく取る」
「承知しました」
「馬屋、厩舎、騎兵訓練場。
鉄砲の訓練場。
足軽の訓練場も必要だ。
今後は芋粥も強兵にならねばならん。
鬼兵が弱兵では笑いの種だ」
政成は頷きながら覚書に書き込む。
「なるほど。これもすぐに形にできます」
「三の丸には大学、医局、技術工房、
専門集団たちの宿舎を置きたい。
だが、これは“人”が必要だ。
まずは学びたい者を堺に留学させる。
費用は芋粥家が持つ。
少なくとも二年以上はしっかり学ばせるぞ。
ゆえにこの大学区は急いで作る必要はない。
そして学を得た者の中から、
鈴鹿に戻る者を誘う。
さらに言うならば、
見どころのある者を連れてこさせる」
政成は目を細めた。
「それは……面白い。
“学問を買う”のではなく、
“育て”、“拾う”のですな。
手配いたします」
秀政はさらに続ける。
「政庁総構え以外にもやりたいことがある」
「何でしょう?」
「鈴鹿の商業区画に“常設大市場”を作りたい」
「松之助に頼めばすぐですな」
「では頼む。
他には、湊に大倉庫を作る。
湊税と倉庫料で収入が増える」
「まさにその通り」
「千種屋を――
銀行にしたい」
「ぎんこう……?」
「あ、いや。両替所だ。金貸しだ。
商いを始めたい者に利子を取って、
投資もしてやってほしい。
ただし、計画の精査はしっかりやれ。
優秀だが、金だけがない者を救済する。
画期的な商売も見込みがあれば認めてやれ」
政成は笑った。
「城下の経済が一気に回りますな」
「技術工房での新技術開発とは別に、
産業生産力の向上も図りたい。
職人町も作る。
鍛冶、鋳物、木工、染物……
工房と居住区をまとめ、技術を集積する」
「はい、良き案かと」
「湯屋も作りたい。
疫病対策にも、疲労回復にもなる」
「民が喜びますな」
「市場の傍に飲食区も作る。
屋台、茶屋、飯屋、老舗の名店……
“ここに来れば何かしら美味い物がある”
そんな場所にしたい」
「実に面白い。
千種屋も投資のし甲斐があります。
良いですね」
「町奉行所、火消しも充実させろ」
政成は深く頷いた。
秀政は政成を見つめた。
「どうだ?
俺が大和に行っている間に、
これらの“新しいこと”にも挑めるか?」
政成は一拍置き、力強く答えた。
「――やってみましょう」
秀政は満足げに笑った。
「頼んだぞ、義父殿。
鈴鹿は……ここからだ」
「はい!」
「二つ目、良いか?」
政成が苦笑する。
「あぁ、一つ目の話が大きすぎて忘れておりました。
三つもあるのでしたな」
「あぁ、二つ目は簡単だ。
義父殿の優れたる所は多いが、
その一つに人を見る目がある」
「そこまで褒められるとむずがゆくなりますな。
たまたまでございますよ」
「いや、南條達のような逸材を、
たまたまで見つけられるなら世の中苦労はしない。
高禄を与えても良い。
人を集めよ。これから鈴鹿は大きくなる。
奉行になれるような政が得意な人材を集めてくれ。
二十万石もあるのだ。
高禄は惜しむな」
「は、仕官を広く募ります」
「急いでくれ。
このままではお悠が倒れてしまう」
「あの子は無理を隠しますからな。
勘定奉行から優先して有能なものを採ります」
「頼む、武官は浅野に任せている。
浅野も人を見る目があるからな。
今、芋粥は人材不足が甚だしい。
頼むぞ」
「はい、お任せを」
「では、三つ目だ」
「はい」
「南蛮人と直接取引したい。
堺ではなく、この伊勢でだ」
「それは湊に南蛮船を呼び寄せたいと?」
「そうだ」
「難しゅうございますな。
商いならば堺などの既存の湊が最適です。
わざわざ伊勢に来ることはありませぬ」
「そうか……」
「ですが、一つだけ手はあります。
南蛮船の修理用の湊を作るとよろしいかと。
南蛮船は日本近海でよく損傷します。
大型船でも修理が可能な湊はそう多くありません。
紀州や勢州に修理できる湊があれば、
南蛮人は必ず寄ります」
「それは良い案だ。
南蛮人と直接交渉したいが……
殿の目もある。派手にはできん」
「鳥羽の湊を“応急修理湊”に見せかけて整備します。
志摩の名船大工を常駐させ、
伊勢の良木で格安で修理してやるのです」
「なるほど……南蛮人は自然と寄るな」
「はい。
壊れた船は、修理するか捨てるしかありませぬ。
帰国旅費を肩代わりすれば、
積み荷――大砲ごと買い取れます」
「ふ、義父殿。
俺はただ交渉したいと申しただけだぞ。
やはり義父殿が味方で良かった。
あれだけ伝えただけで、俺の真意を読んだか」
「長い付き合いですからな」
「応急処置の湊であれば、殿に怪しまれんか?」
「派手にやらねば、誰も気にしません。
勢州以外にも応急修理の湊は存在するとも聞きます」
「よし。鳥羽に修理湊を築いて、
堺に噂を流してくれ。
鳥羽で応急修理ができる湊が出来たとな。
あくまで密やかに修理業を開業するのだ」
「はい」
(一所懸命、土地を守るためには命を賭けねばならん。
それほど重要なことだ。
戦だけでは国は守れん。
国を強くするのは――
技と金だ
この鈴鹿を守るためには、
南蛮技術を積極的に取り入れなければならん)




