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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第九章 伊勢太守編(伊賀・大和攻略編)

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第百三十四話 止まらぬ伊勢

政親を見送り、秀政はすぐに鈴鹿館へ戻った。


上段の間には、すでに家臣たちが集められている。


秀政は座るなり、短く告げた。


「信長様より、大和攻めの命を受けた」


わずかなざわめき。


だが、それを抑えるように続ける。


「それと――

 先ほど政親から聞いた織田を囲む情勢を伝える」


多くは語らない。


必要なことだけを、淡々と。


戦に疎い文官にも分かるよう、

言葉を選びながら。


そして――

語り終えた。


沈黙。


誰一人、口を開かない。


理解したのだ。


それがどういう状況か。


絶望――。


言葉にせずとも、

全員が同じところに辿り着いていた。


秀政は、その空気を見渡す。


そして――

敢えて、いつも通りの調子で口を開いた。


「皆、行動する前から悲嘆するな」


静かに。

だが、迷いなく。


「諦めたら、そこで思考が止まる」


一度、全員を見る。


「我らの本質は何だ?」


間を置かず、答える。


「開発だ」


顔が上がる。


「大和攻めは俺が行く。


 長政、村瀬、鷺山軍団を連れて行く。


 そして、伊勢の守りは浅野に任せる」


浅野が頭を下げる。


「他はこれまで通りだ」


言い切る。


「開発を止めるな。


 伊勢だけは――

 変わらぬ」


沈黙。


だが先ほどとは違う。


政成が、静かに頷いた。


「……その通りにございますな」


お悠も続く。


「私どもの務めは変わりませぬ。


 私達では戦には出られません。


 それよりも鈴鹿を――


 伊勢を発展させることで、

 軍備を後押しすることこそが、

 この難局を打開する鍵!」


空気が戻る。

秀政は小さく息を吐いた。


(これでいい)


秀政は微笑んで見せた。


「そうだ、その通りだ。


 では俺が留守中にやってもらいたいことを伝えるぞ」


空気が締まる。


「政親が復興させた分の二万石を加えると、

 今、我らは十八万石だ。


 だが、まだ足りぬ」


静かに言い切る。


「二十万ではなく――三十万を見据える」


ざわり、と空気が揺れた。


「まず鈴鹿の開墾は区画最大までに至った。

 だが開墾は引き続き進めよ。

 次は河曲郡の区画最大まで広げよ」


「は!」


「次に、北勢。

 桑名・長島は“元に戻っただけ”だ。


 ここから先が本番だ」


視線を落とし、地図を指でなぞる。


「揖斐川、長良川、木曽川――」


「この三つを使い、外縁の開発を進めろ。


 堤を厚くし、低い所は二重に守れ」


短く命じる。


(今の日本の堤防は“一本で止める”発想だ。

 だから決壊したら終わる。


 だがオランダ式は違う。


 外堤防で受けて、内堤防で守る。

 二段構えだ。


 これだけで洪水リスクは激減する。


 しかも――

  避難する時間も稼げる)


政成がゆっくりと口を開いた。


「……なるほど」


顔を上げる。


「外で受け、内で守る、でございますな」


秀政は頷き、政成が続く。


「一本で止めるから破れる。

 ならば段を分ける、という理。


 気付けばなんてことはありませぬが、

 最初に気づくのは難しゅうございますな」


「まだあるぞ。さらに合流点」


指が三川の交わる地点を叩く。


「ここは“受けるな”。

 逃がせ」


「つまり?」


「水は、逃がす道を作れば暴れぬ。

 堤は全てを高くするのではなく、

 わざと低いところ、“越流堤”を決めておくのだ。


 そしてその先に遊水地を複数作っておく」


「越流堤に遊水地……」


「長島の外縁に広い湿地帯を残し、

 普段は牧草地・漁場として使う。


 洪水時はそこに水を逃がす。

 水が引いたらまた使える」


南條が目を見開く。


「なるほど。

 三川の合流点は暴れる時は一気に水が来ます。


 そして一気に引く。


 ならば切れる前提で行動するという訳ですな?


 普段は魚や貝、水鳥や牛馬の草地にすると、

 無駄がない」


「さらにもう一工夫できるぞ」


「あ、いや、お待ちを。考えまする。


 ……環状排水路。


 違いますかな?


 越流堤から入った水を

 外へ戻すための逃げ道 をあらかじめ作る。


 長島の外周に沿って大きな排水路を掘り、

 そこに水を集めまする。


 揚水車で川に戻せば……。


 普段は農業用水路としても利用できます」


「ふっ……一を聞いて二知る。

 南條、お前は本当に優秀だな」


「ありがたきお言葉!」


「羽根の角度や水路の勾配――

 最適化が要るが、出来るか?」


「もちろん!お任せあれ!」


「うむ、この地は肥沃な大地だ。

 安定して使えれば、一万石は見込めるかもしれん」


「そして干拓だ」


場の空気が変わる。


「水を抜いて、土地を作る」


ざわめき。


干拓――

その言葉の重さを、

この場にいる全員が理解していた。


水を敵に回すことの恐ろしさ。


だが同時に、

水を味方につけた時の莫大な利益。


秀政は、ざわめきを手で制した。


「静まれ」


空気が締まる。


「干拓と言っても、

 いきなり海を埋めるわけではない」


秀政は地図の上に手を置いた。


「まずは“外縁”だ。


 長島の外側――

 三川が土を運び、勝手に作った浅瀬と湿地帯。


 あれを“人の手で整える”」


政成が息を呑む。


「……つまり、

 自然が作った土地を、

 人が“仕上げる”ということですな」


「そうだ」


秀政は頷いた。


「水を抜き、土を締め、塩を抜き、

 草を植え、牛馬を歩かせる」


村瀬が腕を組む。


「……踏ませて固めるのですな」


「そうだ。


 湿地は“踏み固める”ことで強くなる。

 そして――」


秀政は指で円を描いた。


「外縁排水路で囲めば、

 そこはもう“陸”だ」


南條が目を見開く。


「……それは……

 まさしく“新しい地”!」


秀政は静かに言った。


「長島の外縁は、

 すでに半ば陸だ。

 だが、洪水で使えぬ。


 ならば――

 洪水を逃がし、

 水を抜き、

 人が使える地に変える」


政成が深く頷いた。


「越流堤で水を逃がし、

 遊水地で受け、

 外縁排水路で戻す……


 その上で――

 干拓」


「そうだ」


秀政は言い切った。


「これをやれば――

 一万石では済まぬ。

 下手をすれば二万、三万石が転がり込む。」


空気が震えた。


三万石。

それは一国の石高に匹敵する数字。


玄道和尚が静かに口を開いた。


「秀政様……

 これは、ただの開発ではございませぬ。

 “国を作る”御業にございます」


秀政は頷いた。


「だからこそ、

 俺が大和へ行っている間に進めてほしい」


政成が前に出る。


「任せてくだされ。

 長島を、必ずや“伊勢の難物”から、

 “伊勢の宝”に変えてみせます」


南條も続く。


「排水路の角度、

 水車の羽根の形、

 堤の高さ……

 すべて最適にいたします!」


村瀬が笑った。


「湿地の踏み固めは俺の弟子たちに任せよ。

 兵を使えばよい。

 牛馬も連れてこよう」


お悠が静かに言った。


「鈴鹿の開墾も止めませぬ。

 伊勢は、秀政様が留守でも前へ進みます」


秀政は、

その言葉に胸が熱くなるのを感じた。


(……これだ)


戦に行く者。

留守を守る者。

土地を作る者。

民を支える者。


全員が、

同じ方向を向いている。

秀政は立ち上がった。


「よし――

 伊勢は止まらぬ。

 俺が大和を攻めている間も、

 伊勢は前へ進む」


そして、

力強く言い切った。


「三十万石を目指すぞ。

 伊勢を――

 反織田の脅威に負けぬ国とする」


家臣たちの声が、

上段の間に響き渡った。


「おう!!」

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― 新着の感想 ―
芋殿の手が必要なコンセプトやグランドデザインの要素がここで一端区切れるのは開発急いだ甲斐がありましたね 後ろを固める家臣団が盤石なのは心強いですが、前線にもう一人ぐらい将が欲しいですねえ……鷺山を動か…
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