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新武将・芋粥秀政  作者: 得生
第九章 伊勢太守編(伊賀・大和攻略編)

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第百三十二話 伊賀、静かに

天正三年四月半ば。


霧山御所の整理も一段落し、

伊勢はようやく落ち着きを見せ始めていた。


そして――

次に手を伸ばす先は、伊賀である。


力でねじ伏せれば、いずれ必ず禍根を残す地。

ゆえに今回は、戦ではなく調略をもって臨む。


その役を任されたのが、浅野であった。



伊賀。


山深く、外の者を拒む土地。


その中心に座する上忍家――藤林、百地、服部の者達は、

一人の客を迎えていた。


伊賀三上忍の他、堀、堀内、森、大西といった有力者も後ろに控える。


その客とは浅野清隆。


藤林分家の中忍の出。

そして今は、芋粥家三番家老。


伊賀の者でありながら、武家の中枢にいる男。


その立場ゆえ、

上忍家は浅野を「外の者」としてではなく、

「伊賀から出て武家の中枢に至った者」として扱った。


応対は丁重だった。


だが――

その丁重さこそが、浅野の胸を締めつけていた。



「……此度は、芋粥家の意を伝えに参った」


浅野は座を正し、言葉を選びながら口を開く。


伊賀側の鋭い目線が浅野を貫く。


「伊賀に対し、年貢は求めぬ」


上忍たちの目がわずかに動く。


「また、代官も置かぬ。

 伊賀の内政には芋粥は一切関与せぬ」


静かな空気の中、浅野は続ける。


「伊賀の敵あらば、芋粥がこれを防ぐ。

 ただし――」


一瞬、言葉を区切る。


「今後、忍び働きは、

 芋粥ならびに織田が独占する。

 また伊賀道、甲賀道は我らが管理する」


そして最後に。


「伊賀との窓口は、この浅野が務める。

 よそ者は関与させぬ」


すべてを言い切った。


場は、静まり返る。


上忍たちは互いに顔を見合わせた。


やがて、そのうちの一人が口を開く。


「……この条件、伊賀にとって悪い話ではない」


別の者が続ける。


「いや、むしろ破格と言えよう」


それが本音だった。


断る理由は、ない。


だが――


その沈黙の時間が、浅野の胸を締めつけた。


(……まだ足りぬか)


かつて身を置いた伊賀の序列。


上忍を前にした時、

どうしても“中忍の自分”が顔を出す。


慎重な表情。


静かな視線。


それらすべてが、浅野には


「疑われている」


と映ってしまった。


本来であれば――

ここで盟約を結ぶべきだった。


だが。


「……よ、よくお考えくだされ」


自ら言葉を引いてしまう。


「一度、持ち帰りにて……」


そのまま頭を下げた。


交渉は、終わった。



浅野が去った後。


上忍たちは、しばし沈黙した。


やがて、一人がぽつりと呟く。


「……今ので終わりか?」


「条件は良い。断る理由はない」


別の者が眉をひそめる。


「だが、浅野殿は何を恐れておる?」


静かな違和感が広がる。


「裏があるのか?」


「……あるいは」


一人が低く言う。


「伊賀者である浅野殿が、それを伝えようとしたのか」


拍子抜けとともに、

わずかな疑心が芽生えた。



その報を受けた秀政は、

内容ではなく、別のところに目を向けた。


「……浅野、珍しく委縮しておるな」


短く呟く。


「伊賀の前では、まだ中忍の自分が出るか」


条件は通っている。


だが、自らそれを通さずにいる。


ならば――


「長政を行かせる」


即断だった。


「名代として同行させよ。

 芋粥の“格”を見せる」


「は」


自らの不甲斐なさに、声を落としつつ、

浅野が答えた。



二度目の交渉。


同じ場に、同じ上忍たち。


だが、そこに加わった一人の存在が、

空気を変えていた。


芋粥家嫡子――長政。


若き武家の後継。


その来訪に、上忍たちはわずかに姿勢を正した。


ただの交渉ではない。


“家と家の話”であると理解する。


長政は静かに座り、

一切の迷いなく口を開いた。


「我らは、伊賀に従属を求めぬ」


はっきりと言い切る。


「家格の差により外には従属と伝えるが――

 求めるは盟約のみ」


場が引き締まる。


「伊賀の内には、一切関与せぬ」


一拍。


「伊賀と芋粥を繋ぐは――」


視線を、隣へ向ける。


「伊賀の血を引く浅野殿、ただ一人。


 芋粥はあくまで相互の協力のみを求める。

 万事、浅野と貴殿らにて上手く図られよ」


その言葉は、まっすぐだった。


飾りがない。


だからこそ、重い。


そして――

その重さは、浅野の胸に突き刺さった。


(……若殿が、ここまで)


ここで引けば、それは芋粥の恥。


もう、逃げるわけにはいかない。


浅野はゆっくりと顔を上げた。


「上忍殿方」


声は、もう揺れていなかった。


「芋粥家の意に、裏はござらぬ」


はっきりと。


一語一語、刻むように。


「伊賀を尊び、伊賀を守り、

 互いの利を図るための盟約にございます」


前回とはまるで別人のように、

堂々と言い切った。


その瞳は誠実に前を見つめる。


場が静まる。


そして――


上忍の一人が、深く頷いた。


「……浅野殿の言葉、確かに承った」


視線が長政へ移る。


「この盟約――伊賀として受けよう」


静かに。


だが確かに。


伊賀は、落ちた。


戦うことなく。


史実では天正伊賀の乱として、

伊賀が焦土となる悲劇は未然に回避された。


そして、伊賀者は伊賀に残り、

伊賀忍術の拡散が行われることはなかった。



伊賀との盟約が締結された。


戦うことなく、伊賀を抑えた――

その意味は大きい。


伊勢・志摩・伊賀。


南方は、これでほぼ盤石となった。


その報が岐阜へ届いた、

ほどなくして急使が鈴鹿へ走る。


「至急、岐阜へ参れ」


短い命だった。



秀政は、悪い予感はしていなかった。


(伊賀を戦わずに抑えたのだ。

 さすがに今回は褒められるだろう。


 この世界の人間にはわかるまいが、

 信雄様に任せていたら大苦戦するところだ)


そう思っていた。


だが――

岐阜城に入った瞬間、空気の違いに気づく。


重い。


静かで、張り詰めている。


(……何だ?)


広間に通される。


信長がいた。


いつもと変わらぬ顔。


だが、その視線は冷えている。


「伊賀――

 見事であったな」


短く言う。


「は」


それだけだった。


間が続かない。


そして、すぐに本題に入る。


「筒井順慶が、本願寺と通じているという報が入った」


唐突だった。


秀政は、わずかに眉を動かす。


(……そんな話は聞いていない)


一瞬で思考が巡る。


(これは“難癖”だな)


信長は淡々と続ける。


「大和の統治、順慶には荷が重い」


言い切る。


「本願寺と繋がる者を、置いておくわけにはいかぬ」


結論は出ている。


理由は後付けだ。


秀政は悟った。


(順慶を切るつもりか)



信長は間を置かず、次を告げる。


「松永と組め」


秀政は顔を上げる。


「筒井領を攻め取れ」


松永久秀。


大和の地理を知り尽くし、

筒井と長く争ってきた男。


(なるほどな……)


これは戦ではない。


「処分」だ。


順慶を切り、大和を作り直す。


そのための手だ。


秀政は静かに頭を下げた。


「承知いたしました」


だが――

信長はそこで、さらに言葉を重ねた。


「ただし」


視線が、突き刺さる。


「芋」


その呼び方に、わずかに空気が変わる。


「筒井領は、お前にはやらん」


秀政の胸が、わずかにざわつく。


信長は続ける。


「伊勢の開発に励んでおると聞く。

 伊勢は取り上げぬ」


一拍。


「その代わり、大和を攻め取れ」


そして――

核心を告げた。


「大和は、信雄・信孝に与える」


淡々と。


当然のように。


「そのための“領地”を、お前が作れ」


沈黙。


「異存はないな?」


逃げ道はない。


秀政は一瞬だけ考える。


(伊勢を取り上げられるくらいなら……)


答えは決まっている。


(大和くらい、いくらでも取ってみせる)


表には出さない。


ただ、深く頭を下げる。


「ははっ」


それで終わりだった。



岐阜を出た後。


秀政は馬上で、ふと息を吐いた。


(大和、か)


ここまでの戦を思い返す。


伊勢は周辺から押さえて押し切り、

志摩は海を押さえてまとめ、

伊賀は戦わずに取り込んだ。


どれも――


“やりようがあった戦”だった。


(大和も同じだろう)


そう思っていた。


だが、その考えは甘かった。



大和は違う。


山が多く、道は細く、城は散らばる。


一つ落としても、終わらない。


郷士の力が強く、

筒井の地盤は、簡単には崩れぬ。


松永との協力も、一筋縄ではいかない。


あの男は、知略に優れる。


そして――

本願寺。


その影が、深く根を張っている。


さらに、寺社勢力。


伊勢や伊賀とは、比べ物にならない。


(……面倒だな)


その時の秀政は、そう思っただけだった。


だが、後に、振り返ることになる。


(大和を、甘く見ていた)



戦は、次の段へ進む。


今度の相手は――

これまでとは違う。

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― 新着の感想 ―
後年秀長が上手に統治できた一因は本人の優れた政治力さることながら、幕府、三好、松永、筒井、寺社、が入り乱れ疲れ果てた状態だったのも要因でしょうから苦労することになりそうな予感。
>先ほどとは別人のように、 >堂々と、言い切った。 明確に時間軸書いてないですけど、これって出直しは同じ日にしているのでしょうか? 勝手なイメージですがある程度距離あるところを報告しに戻ってから出直し…
信雄信孝に大和をやるとしたら、手を結ぶ予定の松永をどうする予定なのでしょうね。そこからして芋さんは困ってしまうだろう。何とか頑張ってほしいな。
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